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酔いどれ雑記 108 横浜で別れた白耳義の男


重い話が続いたので、軽めの話でもしましょうか。

もうかれこれ16年くらい前、私は旅行をするためだけに生きていたような時期のことです。当時、ジャパン・フォーラムだとかそんなような名前のサイト、日本が好きな外国人と日本を紹介したい日本人が情報交換をする場がありました。観光地や交通などの実用的な情報が掲載されているほか、フォーラムで質問や意見交換をしたり、ペンパル(メールですが)募集のコーナーもありました。サイトを通じてメールが来るのでメールアドレスは公開されませんしこの人はちょっと......という場合は無視しても問題ないという。また恋人探しのサイトではないので、そのような文面を掲載することは不可でした。

で、そこに載っていたか私が載せたかは忘れましたが某欧州の国の男性とメル友になりました。日本に関心があるというより、所用でマレーシアだかシンガポールだかに行くことになったのでついでに(!)日本にも寄ろうかなと思ってサイトに参加したといっていました。

別に趣味が合うわけでもなかったけれども、日常の出来事を数日に1度とかそんな感じでゆるいメール交換をしばらく続けていたのですが、いよいよ彼が日本に来るというので会おうか、ということになりました。彼は鎌倉で寺を観てみたいというのでそのつもりでいました。わたくしは全然鎌倉のことを知らないのですが(さすがに何度か行ったことはありますよ)、まぁ何とかなるべと思って。

そして......鎌倉に行くというのに何故か数寄屋橋のソニービルの1階で待ち合わせしようと言われ。実際会うまで写真の交換をしていなかったので(!)、彼は「僕は背が低くて黒髪だから、もしそれらしき人を見つけたら声かけるか携帯鳴らして」と。う~ん、背が低い、ねぇ。かの国は背の高い人が多そうなんですけど、低いとはどのくらいなのだ!?とは訊きませんでした。まぁなんとかなるだろうと。

ソニービルに約束の10分前に着いてそれらしき人を探すと、白人で黒髪の男性がいました。背......う~ん、確かに低いかも。この人かな?いや、あと10分待とうじゃないか......と考えているうちに、サルトルとボーヴォワールの出会いのエピソードを思い出していました。ボーヴォワールに興味を持ったサルトルが彼女を呼び出そうと「僕はどこどこのカフェにいます......僕は不細工の小男です」という手紙を人づてに渡し、それを読んだボーヴォワールは気乗りしなかったのか妹に様子を見に行かせたら、不細工の小男は二人いたのでどちらだか分からなかったという。10分経っても他に西洋人は現れなかったので、その黒髪の背の低い男性に声を掛けました。やっぱり彼で間違いありませんでした。

その後、電車に乗って鎌倉へ向かう......はずだったのですが、みなとみらいの遊園地が車窓から見えた途端「あれ何?」と彼が訊いてきました。「ああ、普通のよくある遊園地だよ、私も中学生の頃遠足で行った」と答えたら「あそこに行きたい!」と。正気か!?君は鎌倉に行きたかったのではなかったのか。しかもあの遊園地と秤にかけるわけ?古都鎌倉と!? え、かけてすらいない?本当にいいのか?せっかく日本に来たのに!??と思いつつ、桜木町で下車......。遊園地に入り(入場は無料だったはず)、ぶらっと一周するも何も乗り物に乗るでもなし、ただ見ているだけ......。楽しんでいるのかそうでないのかも謎だ。ああ、そうか、わたくしのことが気に入らないとかそういうことか?でもそんなこと知らないわ!鎌倉にだって一人で行こうと思えば行けるでしょ、なのに私と一緒に行きたいといったのはあんただぞ......。どうしたらいいんだ、これ。

そこから何故かワールドポーターズの方に歩く2人、無言。中に入ると「夕飯にしよう」だと。もうそんな時間だったのか。確かに暗くなっていた。はぁ、苦痛だ。嫌なら嫌と言ってくれ。何か日本らしいもの食べる?と訊くとお好み焼きを食べてみたいというので店に入ろうとすると「やっぱこっちでいいや」とフードコートっぽい感じのいんちきイタリアンみたいな洋食屋を選ぶ彼。まぁいいや、私が観光に来たわけじゃないし~。と思いつつ普通に会話する我々......。

もうさすがに帰るか?そもそもこの人、どこに宿とってるんだろう?まぁどうでもいいやと駅に向かおうとするとランドマークタワーを指して「あれ何?」だと。ショッピングセンターとか展望台とかあるけど?と答えると「あそこに行きたい!」マジかよ、本当に彼の意図というか気持ちが全く分からん(笑)。まぁ暇だしいいかとついていく私も私か。そして「バーでも行く?」と言うのでせめて綺麗な夜景でも見ますか、わたくしの愛する故郷の港を見るのも悪くなかろう.....と入ろうとすると「今日はもう満席でして......」。彼は「なんだ、がっかりだ」と言い、仕方なく別のバーへ。そちらからは港は見えません。もう、何を喋ったか何を飲んだかも覚えていませんわ。

バーを出てすぐに「これで帰るよね?」って私は訊きました。さすがにこんなことしてられませんから。私もつまらないし奴も楽しんでるのかどうか分からない、そんな時間を共有していいことなんてちっともない。奴は「最後に、ネットカフェに行きたいんだけども......」と言うのでどうせ帰り道だしと横浜駅で降りて交番でネカフェが近くにあるか訊きました(当時はスマホなんてありませんでしたし、ネカフェも人知れずなところにありました)。幸いそばにあるというので「そこにあるって、そのビルの2階」と教えたら「日本語が分からないから店に入れないかも知れない」などと言い出す。面倒くせぇな~、もう沈みかかった、いえ乗り掛かった舟だと一緒に行きました。当時よくあった、仕切りで区切られただけのブースのネカフェ。奴は私が彼のお国の言葉を読めないのをいいことに堂々と、隠すことなく(読まれて困る内容だったかすら分からんが)タッタカタッタカとキーボードをたたいていました。その姿を横目で見ながら鎌倉に行かなくて本当に良かったのか?と思っていましたが口には出しませんでした。

その後、奴をJRの改札まで送ったけどどこに行ったかは知らない。そういや、最後まで一言も日本語を発しなかったね、あなた。