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Zへのメッセージ(6)(2022)

8 文学とAI
 もっとも、文学における散文フィクションへの偏重はAIの普及に伴い、最高は促されるように思います。対話型AIのチャットGPTは、ご承知の通り、指示すると、それに応じた文章を生成することができます。命令文だらけのプログラムによって動作するコンピュータは融通が利きませんから、杓子定規に論理的というイメージがあるかもしれません。けれども、実際には必ずしも論理的ではないのです。

 AIは相関性から計算結果を導き出します。ですから、因果性に弱さがあります。つまり、論理的飛躍が伴うのです。質と量を兼ね備えたデータを深層学習させてもAIは見逃してきたパターンを発見できても、隠れた変数を見出せません。因果性が弱くては分析には不十分ですが、AIはその辺りが柔軟なフィクションに向いていることになります。

 試しに、チャットGPTにボリス・ジョンソンとソクラテスが出会う短編小説を要求したところ、次のようなドキュメントを表示しています。

 ロンドンの晴れた日の午後、ボリス・ジョンソン首相は自分自身にとても満足していた。彼は内閣との会議を成功裏に終えたばかりで、自宅でリラックスした夜を楽しみにしていた。
 ダウニング街を歩いていると、突然後ろから声が聞こえた。「やあ、ボリス!」と声がした。
 ボリスは振り返って、誰が彼に話しかけているかを確認し、今まで会ったことのない男性を見て驚いた。その男は背が高く痩せていて、長いあごひげと鋭い目をしていた。
 「あなたは誰です?」とボリスは少し用心深く尋ねた。
 「私はソクラテスです」と男は笑顔で答えた。「古代ギリシャの哲学者ですよ」。
 ボリスはショックを受けた。「どうやって来たのですか?」と彼は尋ねた。
 ソクラテスは苦笑した。「ああ、私には私のやり方があるんですよ」と彼は不思議そうに言った。 「でも、私のことはもう十分です。もっとあなたに興味があります。首相としての役割をどのように楽しんでいますか?」
 ボリスは少しためらったが、正直に言うことにした。「時には圧倒されることもあります」と彼は認めた。「しかし、全体として、私は挑戦を楽しんでいます」。
 ソクラテスは思慮深くうなずいた。「リーダーシップは決して簡単ではありません」と彼は言った。「しかし、それは崇高な召命です。常に真実を求め、人気のあることや簡単なことではなく、正しいことを行うようにしてください」。
 ボリスはソクラテスのアドバイスに感謝し、そのような賢明で思慮深い男との予期せぬ出会いに感謝し、二人は別れた。

 これは英文をグーグル翻訳で日本語に変換し、修正を加えたものです。ちなみに、原文は次の通りです。

 It was a sunny afternoon in London, and Prime Minister Boris Johnson was feeling quite pleased with himself. He had just finished a successful meeting with his Cabinet, and he was looking forward to a relaxing evening at home.
 As he was walking through Downing Street, he suddenly heard a voice behind him. "Hey there, Boris!" the voice called out.
 Boris turned around to see who was speaking to him, and was surprised to see a man he had never met before. The man was tall and thin, with a long beard and piercing eyes.
 "Who are you?" Boris asked, a bit wary.
 "I'm Socrates," the man replied with a smile. "I'm a philosopher from ancient Greece."
 Boris was shocked. "How did you get here?" he asked.
 Socrates chuckled. "Oh, I have my ways," he said mysteriously. "But enough about me. I'm more interested in you. How are you enjoying your role as Prime Minister?"
 Boris hesitated for a moment, then decided to be honest. "It can be a bit overwhelming at times," he admitted. "But overall, I enjoy the challenge."
 Socrates nodded thoughtfully. "Leadership is never easy," he said. "But it is a noble calling. Just be sure to always seek the truth and do what is right, rather than what is popular or easy."
 Boris thanked Socrates for his advice and the two men parted ways, with Boris feeling grateful for the unexpected encounter with such a wise and thoughtful man.

 「どうやって来たのですか?」とボリス・ジョンソンに尋ねられたソクラテスは「ああ、私には私のやり方があるんですよ」と答えています。論理が飛躍していますが、この作品はフィクションですから、特に問題にはなりません。

 AIの生成する文章の特徴を理解するために、もう一例を示しましょう。宮本武蔵とダルタニヤンの「友情(Friendship)」をめぐる短編小説を依頼すると、チャットGPTは次のような作品を生成しています。

 宮本武蔵とダルタニャンは、世界の異なる地域から来た 二人の偉大な戦士でした。二人とも戦闘での技で名声と評価を得ていましたが、ある運命の日まで会うことはありませんでした。
 武蔵は、自分の技を試す新しい対戦相手を探して、日本からフランスに旅しました。彼はフランスの伝説的な剣士のことを聞いていましたが、到着したとき、その男はすでに亡くなっていたことを知りました。しかし、武蔵はそう簡単にあきらめたわけではありませんでした。彼はフランスに留まり、価値のある対戦相手を探し続けることにしました。
 一方、国王近衛の銃士であるダルタニャンは、潜在的な脅威から宮殿を守る任務を負っていました。彼は武蔵の到着を聞いており、日本の剣士の評判に興味をそそられました。彼は武蔵を探し出し、彼に決闘を挑むことにし、あした。
 二人の戦士はパリ中心部の静かな路地で出会いました。彼らは冗談を交わし、剣を抜きました。決闘は激しく、何時間も続きました。武蔵はダルタニャンの技と忍耐力に感銘を受け、ダルタニャンも同様に武蔵の精度と技術に感銘を受けました。
 最終的に、二人の戦士は休戦を呼び、座って話をしました。彼らは、境遇が異なっていても、格闘技への深い情熱と、互いの能力に対する相互の敬意を共有していることに気付きました。
 その後数週間、武蔵とダルタニャンは多くの時間を一緒に過ごしました。彼らは一緒に稽古し、一緒に試合し、一緒にパリの街を探索しました。ダルタニャンが盗賊のグループから宮殿を守る必要があったときや、武蔵が彼の宿が焼失した後に滞在する場所が必要だったときなど、彼らは必要なときにお互いに助け合いました。
 彼らの友情は日を追うごとに強まり、彼らは当時の最も偉大な戦士としてパリ​​中で知られるようになりました。結局、武蔵は日本に戻らなければならりませんでしたが、彼は新しい友達と連絡を取り合うことを約束しました。
 何年も経ち、武蔵とダルタニャンは約束を守り続けました。彼らは手紙や贈り物を交換し、いつか再会する計画さえ立てました。彼らの友情は国境、文化、言語を超えており、それは人々を結びつける武道の力の証でした。

 グーグル翻訳前の原文は次の通りです。

 Miyamoto Musashi and D'Artagnan were two great warriors from different parts of the world. They had both gained fame and recognition for their skills in combat, but they had never met until one fateful day.
 Musashi had traveled from Japan to France in search of new opponents to test his skills against. He had heard of a legendary swordsman in France, but when he arrived, he found that the man had already passed away. However, Musashi was not one to give up easily. He decided to stay in France and continue his search for worthy opponents.
 Meanwhile, D'Artagnan, a musketeer of the King's guard, was tasked with protecting the palace from any potential threats. He had heard of Musashi's arrival and was intrigued by the Japanese swordsman's reputation. He decided to seek Musashi out and challenge him to a duel.
 The two warriors met in a quiet alleyway in the heart of Paris. They exchanged pleasantries and then drew their swords. The duel was intense and lasted for hours. Musashi was impressed by D'Artagnan's skills and perseverance, and D'Artagnan was equally impressed by Musashi's precision and technique.
 Eventually, the two warriors called a truce and sat down to talk. They realized that despite their different backgrounds, they shared a deep passion for martial arts and a mutual respect for each other's abilities.
 Over the next few weeks, Musashi and D'Artagnan spent a lot of time together. They trained together, sparred together, and explored the streets of Paris together. They even helped each other out in times of need, like when D'Artagnan needed to protect the palace from a group of bandits or when Musashi needed a place to stay after his inn was burned down.
 Their friendship grew stronger with each passing day, and they became known throughout Paris as the greatest warriors of their time. Eventually, Musashi had to return to Japan, but he promised to keep in touch with his new friend.
 Years went by, and Musashi and D'Artagnan stayed true to their promise. They exchanged letters and gifts and even made plans to meet again someday. Their friendship had transcended borders, cultures, and languages, and it was a testament to the power of martial arts to bring people together.

 死んだと聞いていたダルタニヤンと武蔵がなぜ決闘できたのかの経緯に関する説明が欠けています。それはともかく、AIは要求されたテーマである「友情(Friendship)」を作品内に語句として記してします。確かに、谷川俊太郎のように短い詩でもその語を触れる詩人もいます。けれども、この程度の長さであれば、力のある作家ならその語を使わないで、読者がテーマを暗に読み取れるように書くことでしょう。けれども、AIはレトリックを理解できませんので、主題の語句を明示します。これも限界の一つです。

 AIは文脈を理解しません。ですから、ポストモダンの理想の具現でもあります。恣意的な結びつけなら人間の想像力を上回ります。二つの例はいずれも構成が似通っています。また、メッセージも一般論の域を出ません。AIは学習した構造に指定された設定を当てはめ、それにまつわる一般論を加えて仕上げています。

 AIの生成するフィクションは物語など構造が明確で、設定に意外性があるものの、メッセージは一般論というものです。このような小説は近年の日本文学に往々にして見受けられます。村上春樹が好例です。政教分離に伴い、近代では価値観の選択が個人に委ねられています。それは価値観の多様性をもたらします。文学は活性化するために、従来と異なる価値観の作品の登場を期待し、意外性を求めるのです。作家のみならず編集者も読者も意外性を独創性と勘違いしているからでしょう。しかし、そうした作品は価値観を持たないAIにとって代わられるものでしかないのです。

 AIに全面的に書かせないまでも、部分的に生成文章を導入することは今すぐでも容易です。AIの不完全さをめぐるニュースを参考に、過去の文学作品をそれにより再構成すればよいのです。大江健三郎の『奇妙な仕事』やエドガー・アラン・ポーの『Xだらけの社説』などすぐに思い浮かびます。もっとも、そんな作品を書いたとすれば、もはや野暮でしょう。

 チャットGPTは学習した知識をもっともらしくまとめて文章生成してきます。間違いを含む場合も多々あります。学生は楽をしたいですから、AIを利用するに違いありません。禁止したり、AI生成文章検知アプリを使ったりする対策も学校当局はとることでしょう。しかし、せっかくですので、それは試験問題にするというのも面白いものです。

 ドイツ文学の授業で、「チャットGPTが生成した次の文について論じなさい」という期末試験を出したら効果的かもしれません。

 ローベルト・ムージルの『特性のない男』は、その型破りな構造とオープンエンドの結論で知られる小説である。この小説は、人生の意味と目的を探し求めているウルリッヒの性格を追っており、アイデンティティと人間性の複雑さを探求している。
 『特性のない男』の結末はややあいまいで、解釈の余地がある。小説の最後のページでは、ウルリッヒが過去数年間の経験と出来事を振り返っているのが見られる。彼には、自分の可能性を十分に実現できていないという不完全感と感覚が残っている。
 同時に、ウルリッヒは自分の周りの世界が変化していること、そして自分がその変化の一部であることにも気づいている。彼は未来が不確実であり、自分のやり方でそれを形作る機会があることを認識している。
 小説は、ウルリッヒが彼の過去から離れて未知のものに向かって歩き、読者に彼の未来がどうなるか疑問に思うことで終わる。一部の批評家は、この結末を人間の状態と意味と目的の探求についての解説と解釈し、他の批評家は、人生で私たちが利用できる選択肢と機会についてのより個人的な反映と見なしている。

 Robert Musil's "The Man Without Qualities" is a novel that is known for its unconventional structure and open-ended conclusion. The novel follows the character of Ulrich, a man who is searching for meaning and purpose in his life, and explores the complexities of identity and human nature.
 The ending of "The Man Without Qualities" is somewhat ambiguous and open to interpretation. In the final pages of the novel, Ulrich is seen reflecting on his experiences and the events of the past few years. He is left with a sense of incompleteness and a feeling that he has not fully realized his potential.
 At the same time, Ulrich is also aware that the world around him is changing and that he is a part of that change. He recognizes that the future is uncertain and that he has the opportunity to shape it in his own way.
 The novel ends with Ulrich walking away from his past and towards the unknown, leaving the reader to wonder what the future holds for him. Some critics have interpreted this ending as a commentary on the human condition and the search for meaning and purpose, while others see it as a more personal reflection on the choices and opportunities that are available to us in life.

 『特性のない男』は未完の作品です。ところが、問題文はそうした記述がなく、完成した作品のように扱っています。近代小説は近代人、すなわち自由で平等、自立した個人を等身大として描きます。「特性のない男」は等身大をよく物語っています。ただ、この作品はサタイヤの傾向が強く、登場人物はナチス前夜のウイーンにおける諸々の思想を表象する記号です。しかし、この文章は主人公だけに焦点を合わせ、教養小説として論じています。この読解は内容以前に、かの大作に対して視野が狭すぎます。

 なお、『朝日新聞』2023年3月21日5時00分配信「中国版チャットGPT、百度が開発 党と異なる見解、表示できぬ弱み」によると、その相関的推論の精度は確認していませんが、文学作品の続きの内容を示すAIも登場しています。

 中国の検索大手の百度(バイドゥ)は16日、対話型の人工知能(AI)「文心一言(アーニーボット)」を開発したと発表した。世界的に注目を集める米オープンAIの「ChatGPT(チャットGPT)」の中国版とされる。米国への対抗を掲げる習近平(シーチンピン)指導部の下で中国IT大手も開発を急ぐなか、中国ならではの問題も指摘されている。
 同日の発表会で、百度創業者の李彦宏会長が文心一言のデモを披露。「有名な小説の続きを書くならどんな内容にするか」「企業のプレスリリースを書いて」などの問いかけに、数秒以内で次々に回答していた。

 AIには批判的思考がありません。フィクションを生成しても、批評はできないのです。批評は小説に比べて抽象的ですから、理解には個人差が生じやすいものです。商業主義的に考えるなら、批評を文学産業は疎ましく思います。日本は批評を排除・否定する傾向が90年代以降顕著です。ネットには論拠や因果的論理展開が不十分な感想に溢れています。大手の文芸誌は、休止を含め、批評を対象とした新人賞を募集していません。人間の創造性の放棄の方向に進んできたというわけです。ルネ・デカルトは人間とそれそっくりの機械とを区別する方法としても、かの有名な命題を提示しています。「コギト・エルゴ・スム」は依然として重要な問いです。

 このように、散文フィクションにたいした価値を見出さなかった時代や社会もあるのです。物の見方を広げたり、人間の機微を考えたりすることは、別に小説でなくても可能です。かつての中国人が想像力貧困だったということはありません。偉大で多様な漢詩や歴史、思想があれば、散文フィクションは要らないというわけです。小説が文学を支配する状況は、むしろ、異常とも言えるでしょう。それも一つの「意匠」、すなわちイデオロギーなのです。

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