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スリランカ同時多発テロと利他的懲罰(2019)

スリランカ同時多発テロと利他的懲罰
Saven Satow
Apr. 23, 2019

「かつて私は『セレンディップの3人の王子』という童話を読んだことがあるのですが、そのお話において、王子たちは旅の途中、いつも意外な出来事と遭遇し、彼らの聡明さによって、彼らがもともと探していなかった何かを発見するのです。たとえば、王子の一人は、自分が進んでいる道を少し前に片目のロバが歩いていたことを発見します。なぜ分かったかというと、道の左側の草だけが食べられていたためなのです。さあ、これで『セレンディピティ』がどのようなものか理解していただけたでしょう?」
ホレス・ウォルポール

 2019年4月21日、スリランカで起きた同時多発テロはこれまでの文脈と異質である。従来、キリスト教徒がテロの対象になることがなかったからだ。スリランカでは1983年から26年間、内戦が続いている。これは最大の少数派であるタミル人の分離独立派「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」と中央政府との紛争で、従来のテロはこの文脈に位置づけられる。

 スリランカは、1948年2月4日、イギリスからセイロンとして独立する。当初は英連邦の一員で、議院内閣制と小選挙区制を採用している。72年に国名をスリランカ、さらに、78年、現在のスリランカ民主社会主義共和国へ解消する。その年、議院内閣制から大統領制へ移行、選挙制度も比例代表制に改まる。なお、南アジア諸国における「社会主義」は「公正」程度の意味であり、イデオロギーではない。

 スリランカの政党システムは統一国民党とスリランカ自由党をそれぞれ中心とする政党連合による二大政党制である。前者が中道右派、後者は中道左派であるが、いずれにもシンハラ・ナショナリズムの傾向がある。

 スリランカは南アジアにおいて競争的民主主義が比較的機能している。与野党共に選挙結果を受け入れ、全般的に見て、政権交代も平和裏に行われる。しかし、そのために、少数派に不満が募り、それがテロや内戦へ発展した一因である。

 外務省のデータによると、民族構成はシンハラ人(74.9%)、タミル人(15.3%)、スリランカ・ムーア人(9.3%)である。また、宗教構成は主にシンハラ人の仏教徒(70.1%)、主にタミル人のヒンドゥ教徒(12.6%)、ほぼムーア人のイスラム教徒(9.7%)、キリスト教徒(7.6%)である。

 スリランカの人口の4分の3がシンハラ人である。選挙結果は彼らの投票行動によってほぼ決まり、少数派の影響は限定的である。だから、二大政党は多数派の好む選挙公約を掲げたり、政策を実施したりする。競争的民主主義であるが、少数意見が尊重されない。多元的な自由民主主義とまでは言い難い。

 こうした事情により、最大の少数派であるタミル人がシンハラ人中心の体制に対して分離独立運動を展開、それを阻止しようとする中央政府との間で内戦が繰り広げられる。通常、スリランカのテロはこの文脈に関連する。ところが、今回のテロがイスラム主義者によるものとすると、宗教の人口比で3番目のイスラム教徒が4番目のキリスト教徒を狙ったことになる。

 実は、近年、スリランカでは少数派のイスラム教徒に対するヘイトスピーチやフェイクニュースがSNSで拡散、ヘイトクライムも発生している。サウジアラビアによる形成的・宗教的影響力がスリランカに及び、国内のシンハラ人・仏教徒の間でムーア人への反感が強まる。そうした感情を背景に、シンハラ・仏教ナショナリストがハラスメントを含む暴力的行動を起こす。

2002年、エルンスト・フェール(Ernst Fehr)とサイモン・ゲヒター(Simon Gächter )が『ネイチャー』誌に発表した「人における利他的懲罰(Altruistic punishment in humans)」を用いるならば、利他的な懲罰に基づく協力関係がこうしたヘイトクライムやテロにつながったとも考えられる。

 この論文は認知心理学・行動経済学の実験とその分析である。詳細は省き、抽象的な話として紹介する。人々は、利益を分けるゲームに臨む際、合理的な協力関係から始めるが、ただ乗りの誘惑がある。だから、自分が犠牲になるのは嫌だと協力関係は急速に崩れていく。ところが、ここで最も貢献していないプレーヤーを罰するために、利益の一部を使う提案があると、急激に協力関係が強化される。この利益を経済だけでなく、環境や文化などにも拡張できよう。

 先に述べた通り、スリランカは少数派の意見が尊重されにくい。従来はシンハラ人とタミル人の間の対立だったが、ムーア人をめぐる環境が近年変化している。多数派による利他的懲罰の対象に彼らが選ばれてしまう。

 多数派によるヘイトスピーチやヘイトクライムにも当局の対応は甘い。襲撃の扇動があっても、警察は事前に取り締まることをしない。迫害はエスカレートし、2019年3月6日には非常事態宣言が発動される事態に至る。

 この日、中部州の複数の町で、イスラム教徒の多い地域を数百人のシンハラ人が襲撃、モスクや商店などを破壊・放火され、少なくとも1名が死亡している。スリランカ政府は、これを受け、10日間の非常事態を宣言する。夜間外出を禁止、フェイスブックなどSNSを遮断している。けれども、その後もイスラム教徒へのヘイトクライムが後を絶たず、4月21日を迎えることになる。

 このような経緯をたどっても、なぜ今回キリスト教徒が狙われたのかは釈然としない。ただ、犯行の手口が国際的なイスラム主義グループの方法に類似している。それに影響・協力を受けた可能性もある。

 スリランカは競争的民主主義が機能してきた国である。だが、J・S・ミルが危惧した多数派の暴政に関しては十分な配慮がなされていない。多元主義によって多数派が暴走しないように抑制する自由民主主義が未発達である。最近のスリランカの情勢を世界の右傾化と関連することは必ずしも適切ではない。競争的民主主義が実施されているものの権威主義に近い非リベラル・デモクラシーが国際社会に伸長している。むしろ、これまでのスリランカの状況がそうした流れと共鳴しやすいと見るべきだろう。
〈了〉
参照文献
堀本武功他、『現代南アジアの政治』、放送大学教育振興会、2012年
六辻彰二、「スリランカは『右傾化する世界の縮図』─ヘイトスピーチ規制の遅れが招いた非常事態宣言」、『ニューズウィーク日本版』、2018年03月13日18時00分更新
https://www.newsweekjapan.jp/mutsuji/2018/03/post-19.php
外務省
https://www.mofa.go.jp/mofaj/index.html
Ernst Fehr & Simon Gächter, ‘Altruistic punishment in humans’, “Nature”, volume 415, pages137–140(2002)
https://www.nature.com/articles/415137a
https://www.researchgate.net/publication/11552998_Altruistic_Punishment_in_Humans

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