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円高と産業の空洞化(2012)

円高と産業の空洞化
Saven Satow
Feb. 14, 2012

「言葉や文章には嘘があっても、製品には嘘がない」。
本田総一郎

 歴史的な円高水準が続く中、2012年2月、日本が48年ぶりに貿易赤字に転落したと政府が発表する。東日本大震災やタイの洪水など自然災害もその一因であろうが、欧米の不景気と円高の影響が大きいと見られている。この為替レートの水準が続けば、国内から工場が消え、産業が空洞化すると主張するエコノミストもいる。

 しかし、産業の空洞化は円高を主因にしてもたらされるわけではない。むしろ、国際競争力の如何によって生じる。国際競争力のない企業が海外に生産拠点を移しても、概して、業績向上にはつながらない。

 1980年代後半、日本の製造業は幅広い分野で国際競争力を誇示する。そのため、リスク・プレミアムを必要としなくなった製造業は銀行からの融資ではなく、市場からの直接投資を大幅に増やしている。お得意様を減らした金融機関は不動産投資に貸し出し先を求め、バブルへと向かっていく。多くの企業も、時代の空気に飲みこまれ、本業をおろそかにし、財テクに浮かれる。ところが、バブルがはじけた90年代に入ると、IT関連や家電を始め多くの分野でその優位さを失う。日本は、それに伴い、貿易だけでなく、投資によっても国際収支を稼ぐようになっている。

 近年、日本メーカーのテレビ事業の不振がしばしば伝えられている。しかし、アジア諸国での日本のテレビの顕示比較優位指数は90年代から一貫して下落傾向である。今に始まった話ではない。なお、「顕示比較優位指数(RCA)」は世界への平均的な輸出比率と比較した際の対各地域輸出の比率の大きさを財ごとに示した値である。

 ただ、すべてで国際競争力が低落したわけではない。光学機器では依然として圧倒的に強いし、自動車部門でも、落ちてきたとは言え、高い競争力を維持している。また、半導体の販売はともかく、その製造に必要な材料や機械は日本企業が優位である。

 付け加えると、確かに、80年代の製造業は国際競争力を誇示していたが、それは欧米のキャッチアップにとどまっている。90年代に入ると、国際競争力が低下しながらも、日本初のオリジナル製品が続々と登場する。液晶パネルや大型テレビ、光ディスクなどが代表である。しかし、これらはアーキテクチャがモジュルラー化することで、世界市場に普及すると共に、後発国にシェアを奪われる。この当時、日本政府は、アメリカの経験があったにもかかわらず、イノベーションの成果をプロパテント政策によって保護することをしていない。ただし、完成品はモジュラーでも、それを階層構造で見ると、インテグラル・アーキテクチャの部品や材料が数多く含まれている。

 経済産業省を始めとして各種の機関が国際競争力と工場の海外移転に関する統計を公表している。それを照らし合わせると、国際競争力のない企業が円高や労賃の高さを理由に海外進出しても、成功しない傾向があることがわかる。

 自動車産業の関連企業が海外に工場進出する場合、その主な理由は市場立地である。円高はきっかけとして作用しているだけだ。80年代、日米の間で激しい貿易摩擦が起きている。民主党政権が日米関係を最悪にしたというのは事実誤認である。この時期の方が険悪だったと言ってよい。しかも、85年にプラザ合意が成立し、急速な円高ドル安が進んでいる。こうした状況下、大企業が先に海外に進出し、その後、部品供給の中小企業を呼び寄せている。

 他方、90年代の日本の製造業の海外進出には、国際競争力の低下を為替レートや人件費によって補おうとした企業が少なからず見られる。各種のイノベーションによって国際競争力を回復しなければならなかったのに、それを怠り、円高や人件費の高さのせいにしたというわけだ。これは経営陣の保身以外の何物でもない。こうした企業が海外に進出しても業績の向上は望めない。

 90年代後半から自民党を中心とした連立政権は多くの労働規制を緩和する。その際、経営者の団体から、国際競争力を保持するために、人件費を下げる必要性が説かれている。さもなければ、海外に出ていくしかないとも付け加える。しかし、そうした企業の国際競争力は、お望み通りになったにもかかわらず、統計が物語っているように、回復してはいない。

 無責任で無能な経営者にとって「人件費」は魔法の言葉である。確かに、現在、生産コストに占める日本の平均人件費の比率は30%であるのに対し、アジア諸国では数%である。業績不振の理由の切り札にいつでも使える。

 すり合わせの要る自動車のようなインテグラル型製造は日本が強いけれども、パソコンを始めとするモジュラー型製造は後発国に有利さがある。これは確かに一理ある。モジュラー型では現場よりもマネジメントの力が試される。これでは日本の製造業の財産とも言うべき現場の強みを生かせない。

 けれども、モジュラー型の覇者は別の見方をしている。2001年、スティーブ・ジョブズはiPodの開発・販売の際にSONYの動向にナーバスになっていたと伝えられている。もしSONYが携帯音楽プレーヤーを始めるのであれば、自分たちではかなわないから、撤退する腹積もりでいる。石橋を叩いて渡る慎重さで、SONYが参入する気がないと確信して彼はようやく市場に新製品を投入する。偶然もあったけれども、その際、ヘッドフォンのカラーをホワイトにしている。ブラックはSONYのカラーだからである。それほどまでにジョブズはSONYに怯えている。現在のアップル社の事業展開とステータスは80年代のSONYに似ている。

 そのSONYは、2005年、1999年から本社の経営陣に加わっていたハワード・ストリンガーをCEOに就任させるが、彼はまさに「ビジネス界のジョー・ペピトーン」である。懐かしい名だ。7年間の体制のうち、後半4年間は連続赤字、おまけに、顧客情報の流出で信頼感を失墜している。にもかかわらず、11年3月期の総報酬額は前期比4650万円増の8億6300万円である。この給料泥棒を解任できなかったことがSONYの現状をよく物語っている。SONYは自滅したのであって、後発企業の有利さに脅かされたわけではない。

 ただ、技術革新による国際競争力の向上に関して、2000年代前半、SONYに限らず、日本社会が必ずしも向き合ってこなかったことは否定できない。堀江貴文ライブドア元社長がもてはやされたのもその現われだろう。IT産業はすでにWeb2.0の時代に突入している。この10年あまりの間に、WikipediaやYouTube、Digg、Facebook、Twitterなどが次々に登場・定着し、GoogleもGoogle EarthやGoogle Map、Google Street Viewといった意欲的なサービスを提供している。まさにコンピュータ・オタクや若者ならではのアイデアが社会を驚かせている。ところが、堀江が熱中していたのは企業買収である。「貧乏恵比寿」こと横井秀樹を思い出してしまう。国際競争力の向上に貢献しないこんな古臭い人物をちやほやしているようでは、世論の現状認識は甘かったと言わざるを得ない。

 産業の空洞化に話を戻すと、今聞こえてくる海外移転も強化であって、新規ではない。今頃、為替レートの差益分を人件費の安さに求めて海外進出しても、業績の向上は望めない。制度や法律、習慣、言語、文化の違いを踏まえて、技術力のある労働者を育成し、高い品質を確保することは難しい。

 国際競争力のある企業は賢明な分業を採用している。安易なことはしない。何を海外工場で生産し、どれを国内に残すかの選別を十分に検討している。最先端の機械や技術を必要としない部品の生産には労賃の安い海外に工場を移しながらも、主力部品に関しては国内を存続する。こうなると、売り上げが伸びれば、国内工場も活性化する。

 言うまでもなく、企業活動への円高の影響は過小評価できない。急激な円高はスポーツでの突然のルール変更のようなものだ。野球でこのボールは飛びすぎるから、今からもっと飛ばないボールに変える。これを毎日繰り返されたのでは、プレーヤーはたまったものではない。

 しかし、円高を主要因にして産業の空洞化は起きない。国際競争力を従前の産業が回復したり、新たに出現したりしなければ、空洞化に陥る。製造業が海外流出しても、「脱産業化社会」の到来が楽観的な未来をかつて期待させたが、その展望は幻想にすぎないことが明らかとなっている。サービス業は製造業の代替にはなり得ない。後者が衰退すると、前者も苦しくなる。国際競争力の獲得は技術革新の推進と新産業の勃興にやはりつきるだろう。官民共にそれに真摯に向き合えば、製造業にはまだまだ底力がある。早とちりは禁物だ。
〈了〉
参照文献
経済産業省
http://www.meti.go.jp/
財務省貿易統計
http://www.customs.go.jp/toukei/info/index.htm
日本-ジェトロ
http://www.jetro.go.jp/world/japan/
統計局ホームページ
http://www.stat.go.jp/index.htm

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