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「少年戦記の会」が警察に疑われた時代(2015)

「少年戦記の会」が警察に疑われた時代
Saven Satow
Sep. 29, 2015

「お仕事中失礼致しました。しかし、あの人騒がせな看板だけはいただけはいけませんなあ」。
『ゲゲゲの女房』

 2010年3月から放映されたNHKの連ドラ『ゲゲゲの女房』には、時代背景を知っていると、理解が深まるシーンが少なからずあります。その一つが第6週「アシスタント一年目」に含まれる少年戦記の会のエピソードです。

 舞台は1961年、夫妻の結婚1年目です。終戦から16年が経ち、少年たちの間で戦記マンガが流行しています。水木しげるは貸本向けの戦記マンガ専門誌『少年戦記』を編集、そこに戦記マンガを掲載しています。一般の戦記マンガが冒険活劇の一種であるのに対し、彼のそれは自身の戦争体験を元にした重苦しく、悲惨な内容です。水木マンガの中では人気があり、「少年戦記の会」というファン・クラブを結成します。玄関先にその看板も掲げます。

 ところが、「少年戦記の会」の看板を表に出すと、近所から通報があり、刑事が水木宅の内偵を始めます。後をつけたり、郵便を調べたりしています。刑事は夫妻に危険な政治団体か怪しい思想集団ではないかと問いただします。水木しげるは右翼と疑われたわけです。彼のマンガに目を通すと、刑事は問題なしと去っていきます。その一人がサイパンで従軍していた経験があったからです。そこで描かれた戦争は自分が体験したものと重なり、その作者が右翼のはずがないと確信しています。

 「少年戦記の会」という看板を掲げたくらいで、なぜ過激な政治団体と疑われるのか今の視聴者はピンときません。十分に理解するには、当時の時代背景を知る必要があります。

 1960年から61年に亘って、右翼テロが横行します。60年10月12日の浅沼事件や61年2月1日の嶋中事件が有名です。右翼のターゲットは政治家や労組幹部、出版人など広範囲に及んでいます。岸信介前首相も襲われています。狙われている人物には護衛がついたり、国会見学の際にも金属探知機をくぐらなければならなかったりと総統物騒です。

 右翼団体は派手に活動しています。本部に看板を掲げ、街角に宣伝ビラを貼りまくり、街頭でアジ演説を繰り返しています。こうした活動に刺激を受け、全国から共鳴者が参加していきます。その中には従軍経験のない未成年者もいます。実際、浅沼事件と嶋中事件を起こしたのはいずれも17歳の少年です。参加者には右翼思想の学習会や武術訓練などが施されます。

 右翼テロは言論封殺であると各方面お団体が抗議運動を展開します。テロを未然に防げなかった警察に対する世論の藩王は厳しいものです。国会でも、国家公安委員長が野党議員より資金源から断つことをしないのかと追及されています。こうした声に押されるかのように、警察も団体の家宅捜査をするなど取り締まりを強化しています。

 当時の状況はニュース映画で確認することができます。ニュース映画は歴史を知るための貴重な史料です。なお、戦後しばらくは「世論」は「よろん」ではなく、「せろn」と読まれます。

 こうした時代背景のため、看板を掲げた「少年戦記の会」が右翼団体と疑われたわけです。右翼には少年が集まり、団体は看板を大胆に表に示しています。世間も警察も右翼の活動にはピリピリしています。時代の空気が暗黙の前提となっていますので、それを調べないと、このエピソードの意味が十分に理解できません。

 小説や映画、ドラマ、マンガに接しても、具体的・個別的な視点から描かれますから、全体像がつかめませんので、歴史を十分に知ることはできません。ただ、それを他の文献や史料で調べた上で、向き合うと、同時代の雰囲気を実感できるものです。

 半世紀余り前は、「少年戦記の会」の看板を玄関に出しただけで、警察が内偵を始める時代です。右翼テロが横行していたことはさまざまな機会を通じて知っていても、その時代の気分まではなかなかわからないものです。しかし、こうした空気を感じられた時、その歴史を同時代として認識できます。頭のみならず、体でも歴史を理解したという具合です。歴史を知ろうとする際に、時代の気分を体感することは大切なのです。
〈了〉

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