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優雅にソファに座る洋梨のケーキ 〈菓子四季録 vol.7〉

菓子四季録では、菓子研究家 福田淳子先生と一緒にお菓子のレシピをご紹介しています。ひとつのお菓子の魅力を、ふたりそれぞれの視点から綴る菓子四季録のマガジンページはこちら。今回紹介するお菓子は、追熟することで芳しい香りに包まれた洋梨と、ココア入りのしっとり生地を味わう「洋梨のアーモンドケーキ」。

境界線」と「品格」。これが今回のケーキを食べて、わたしの頭に浮かんだキーワードだ。

(1)境界線について

今回レシピを紹介する「洋梨のアーモンドケーキ」は、アーモンドパウダーとココアが入ったしっとりタイプのバターケーキ生地に、カットした洋梨を焼き込んだお菓子だ。

この洋梨のケーキに、クリームソーダとの思いがけない共通点を見つけた。それが「境界線」だ。そして第三の食感。食材と食材の間の境界線に、特別な食感が生まれている。

クリームソーダのアイスクリームがグラスの水面に浮かんだ一番上の氷と接することで、少しシャリシャリになった部分が好きな人はいないだろうか。わたしは大好きだ。メニュー全体の体積で考えたら、ほんのわずかしか存在しないのに、その一皿を美味しく味わうためには不可欠な部分。

私はクリームソーダのこのシャリシャリを愛しているので、ソフトクリームがのっているクリームソーダではなく、アイスクリームがのっているクリームソーダが好きだ。ソフトクリームは氷に接してもシャリシャリになってくれない。

今回紹介する洋梨のケーキでも、食材と食材の間に「第三の食感を有する範囲」が生まれている。洋梨と接した部分のココア生地だ。一緒に焼かれた洋梨の水分を含むことで、洋梨と接していない部分よりもしっとり柔らかくなった生地。とろんと柔らかい舌触りの冷んやりした洋梨と一緒に口に運べば、生のフルーツとケーキを同時に口に運んだのとはまた違う一体感がそこに生まれている(ココア生地に入っているアーモンドパウダーが、洋梨の優雅な味わいを支えてくれるのがまた最高)。

菓子四季録 vol.3で紹介したキウイとヨーグルトクリームのパブロヴァも「境界線」を味わえるお菓子のひとつだ。

記事を書きながら、境界線に新たな食感が生まれるお菓子がわたしは好きだということに気がついた。スポンジが入っているタイプのアップルパイで、りんごの水分を吸ったスポンジの水分を吸ったパイの「しなっ」とした感じ&しっとり感も好きだ。境界線に生まれた新たな食感というものは、物理的接触と時間が生み出すライブ感であり、お菓子は生き物だ、と感じさせてくれる。

洋梨の特徴は芳しい香りと、控えめだが口の中にふんわりと後味が残る甘さだと思っているが、今回のケーキにおいては「味」以上に「テクスチュア」に着目して味わっていただきたい。それは食感でもテクスチャでもテクスチャーでもなく、テクスチュアとかっこつけて呼びたくなるようなものなのである。

(2)品格について

このケーキの見た目は、主に茶色とベージュ色の2色で構成されている。ココア生地の茶色と、加熱された洋梨の薄いベージュ色。刻んだピスタチオで飾られてはいるが、一見すると質素だ。

でも品格がある。
そう感じてしまうのは「洋梨の追熟の難しさ」を知ってしまったからだろうか(追熟についてはレシピ担当の淳子先生の記事で詳しく解説されているので、ぜひ参考にしてほしい)。

洋梨は完熟していない状態で店頭で並んでいることが多いので、家で追熟させ、自分で食べ頃を見極める必要がある。それが難しい。熟し具合は外見からなかなか分かりにくいし、ベストなタイミングを逃すと柔らかくなりすぎるし、皮はかたいのに中身はもう完熟というイレギュラーなこともあるし、少しでも傷がつけば、そこから傷み始めてしまう。

洋梨……なんて…ナイーブ…なんだ……!

そんな追熟工程を経た洋梨だと思うと、ココア生地の上に佇む姿から品格を感じずにはいられなくなる。〈溶き卵を大さじ1ずつ加えてハンドミキサーでよく混ぜ、100g入れ終わるまで繰り返す〉という地道な工程で生み出されたココア生地は、まるで丁寧に仕立てられたふかふかのオーダーメイドソファ。仕上げに散らす刻んだピスタチオが、グリーンの美しいボタン留めに見えてくる。質素だと思った見た目は、シンプルで格式高い美しさなのだ、と脳内変換されるようになる。

繊細な性格で(傷みやすい)、そっけなくて(丁寧に追熟をしても、うまくいかないことがある)、ちょっと近寄りがたい(お店で扱っていない場合がある。売っているとしても大体一種類である)洋梨だからこそ、少し仲良くなれたとき=追熟が成功したときの喜びは大きい。

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ぜひ、追熟で変化していく洋梨の姿を眺めて「果物は生き物だ」と感じ、境界線に注目してケーキを食べながら「お菓子は生き物だ」と感じてほしい。ふかふかのソファに座る優雅な洋梨を見られるケーキがここにある。


洋梨のアーモンドケーキ

秋。洋梨がお店に並ぶ季節。売っていないお店もあるから、見かけると、あっ、と嬉しくなる。そろそろチョコレートが恋しい寒さにもなってきたので、こちらのケーキでほっと一息つくティータイムでもいかがでしょう。アーモンドパウダーとココアが入ったしっとり生地が、芳しい洋梨を受けとめます。ぜひお試しください。

材料

作り方

詳しい作り方やポイントは
淳子先生の解説をご覧ください

作り方(全文)

下準備:バター、卵を室温に戻す。粉類をあわせてふるう。型にオーブンペーパーを敷く。オーブンを180度に予熱する。

1.ボウルにバターを入れ、なめらかになるまでゴムベラで練る。粉砂糖を加え、ゴムベラで混ぜてから、白っぽくふわっとするまでハンドミキサーでしっかりと泡立てる。

2.卵をよく溶きほぐしてのボウルに大さじ1〜2程度加え、一体感が出るまでハンドミキサーでよく泡立てる。卵をすべて入れ終わるまで「大さじ1〜2程度加えて泡立てる」工程を繰り返す。

3.2のボウルに粉類をふるい入れ、なめらかになるまでゴムベラで切るように混ぜる。ブランデーを加えて全体を混ぜ、生地を型に流し入れる。

4.洋梨を縦に4等分または8等分し、皮と芯を取り除く。横に置いて7mm程度の薄切りにする(いちょう切り)。キッチンペーパーの上で水気を軽く切り、ケーキの上に放射状にのせる。

5.180度に予熱したオーブンで50〜60分焼く。真ん中に竹串を刺し、生地がついてこなければ焼き上がり。型に入れたまま冷ます。冷めたら型から外し、好みで刻んだピスタチオを散らし、粉砂糖を茶こしでふりかける。


菓子研究家 福田淳子先生のレシピ解説はこちらです。作り方や材料のポイントが掲載されています。
今回の淳子先生の記事を読むと、菓子研究家という肩書きの「研究」という言葉をしみじみと感じます。いくつもの種類の洋梨を購入し、追熟の様子を観察して気づきをまとめていく試みは、まさに研究。
また、今回の記事で『赤毛のアン』から引用される一節は、なるほどたしかに…と頷いてしまいました。ぜひ研究レポート(記事)で洋梨の追熟に関する研究結果を見てみてくださいね。

洋梨のケーキの菓子四季録、おしまい。

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