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◇9.求職中の千本ノック

コペンハーゲンの図書館に日本語の絵本や児童書を届けていた間に息子は保育園が決まり、わたしは論文を書いて図書館大学を卒業した。

卒業はしたけれどすぐに雇ってくれるところがあるわけでもなく、デンマークでは就職活動は大学を卒業してから始まることもあって、はじめのうちはぼんやりと仕事を探しながら過ごしていた。大学卒業後、わたしたちは引越しをしたのだが、新しく引越した地域の保育園に空きがなかったこともあり、バス2台を乗り継いで毎日2人の子どもを引越し前の園に送迎しなければいけなかったり、息子の調子があまり良くなく園を休むことも度々あったので、毎日はあっという間に過ぎていった。

図書館大学に入学した頃には、これから定年退職する司書がたくさんいるから仕事は十分にあると言われていた。ところが在学中に子どもを2人産み、在学期間がじわじわと延びていくなかで社会の状況は変わってしまう。リーマンショック後公的機関の採用は減り、毎年の予算は年2%ずつ削減が決定。図書館も新規採用を見送りはじめ、代わりにセルフサービスの導入が始まった。この時期はちょうどデンマーク全体でさまざまな手続きがデジタル化され電子政府の取り組みが本格化していた時期だった。30代後半、外国人(女)、デンマークで就職経験ほぼなしの新卒が簡単に図書館の仕事につけるはずもなく、履歴書を送ってもまったくもって音沙汰なし。忘れた頃に「この度は残念ですが」というメールが、それもなぜか金曜日の午後に送られてくるという日々。普段は気長に探そうとあまり深く考えないようにしていても、週末直前に不採用通知がくるというパターンが続くとさすがに心が折れる日も少なくなかった。

それでもA-kasseとよばれる失業保険を新卒ながらもらえていたことはありがたかった。大学卒業後(当時は)3週間以内に登録すれば、翌々月から銀行口座に振り込まれる。失業、、というか、まだ失う仕事さえないのにもらって良いんだろうか?と思ったけれど、これも社会の支え合いのしくみなのだという。この国では新卒でもすぐに就職先が決まっていないことはよくあることで、大学卒業後すぐに失業保険を受給する人は多いのだそうだ。でもだからこそ早めにこの期間を終わりにしなければという焦りもあった。仕事がない状態が続くというのは、経済的に支えてもらってはいても、あるいはだからこそ罪悪感のようなものが常につきまとう。それはデンマークにいるから尚更なのか…?普段からニュースでひっきりなしに「働かない外国人は社会のお荷物」というニュアンスを聞いていたからかもしれないし、だれでも仕事をしていて当然という空気感が北欧の福祉国家にはあるからだろうか。とはいえだれも直接わたしに早く働けよ!とプレッシャーをかけてくるわけでもないのに「とにかく今必死に探していますっ!」アピールをしては空回りしていた。

そんなとき、日本語の絵本を寄贈していた図書館で募集がかかった。ポジションは失業保険をもらいながら児童図書館のカウンター業務と事務をするというもの。週30時間。でもこれは正式な意味での「就職」ではない。求職者として週に一定数の仕事に応募しながら働くというもの。これを選んだからといって失業保険の額が上がるわけでももらえる期間が延びるわけでもなく、また採用側が失業保険の一部を支払うわけでもない。週30時間働こうが家に居ようがもらえる額面は同じで、求職者としての義務も同じ。でも唯一の違いは、実務経験を積めるということ。今の時代でいうとインターンみたいなものか?

正規の就職であろうがなかろうがわたしに選ぶ余地はない。出入りしていた児童書部門で、すでに知り合いの司書ドーテもいるし、応募しない理由はないと飛びついた。幸いとんとん拍子に採用が決まり、毎日児童図書館のカウンターで過ごす日々が始まった。

はじめの2,3回はこの道35年のベテラン司書ロッテが横についてくれた。彼女のレファレンスを見ながらどんな質問がきて、それにどう答えているのかをじっと静かに聞く。ところが少し慣れたかな?どうかな?と思うか思わないかのうちに「もうあなた大丈夫でしょ。なにかあったら電話で呼んで!」(事務室は上の階なのですぐ呼べないのに!)と言われ放置されるようになり、児童図書館のフロアにたった一人で座っているという日々が始まった。

はじめはすごく緊張していた。きっとすごい顔で座っていたと思う。脈略なくいきなりあらゆる質問が飛んでくるのに、すぐさまそれに何らかのもっともらしい答えを用意しなければいけない。幸い児童書にかんすることに限られてはいたけれど、そうは言っても自分の経験や知識なんてたかが知れている。そしてこんなとき知らず知らずのうちに助けになるであろう文化的経験知のようなもの、たとえば「子どもの頃に読んだ〇〇が出てくる本」とか「××っていう手遊びの歌が」といわれてピンときたり「懐かしい」とか「その歌覚えてる~」という感覚が、異国生まれ育ちのわたしにはまったくない。そんな人が児童図書館のカウンターに座っていて良いのでしょうか???いや、良くないでしょうと思うけれど待ったなし。せっかくもらったチャンスだし頑張りたい、、、と気持ちばかりが焦る。毎日カウンターで受けるさまざまな質問を、ときには大きく空振りし、ときにはヒットを打って舞い上がるなど、せわしなく頭を回転させてはぐったりして帰る、そんな日々だった。

緊張と興奮と落ち込みがぐるぐる交代でやって来る毎日。カウンターに座っている時間はとにかくドキドキの連続だったが、そんなわたしの心境などまったくお構いなしな利用者さんたちは容赦なく様々な質問をぶつけてきた。

「この本を読んですごく面白かったから、似たような本を教えて」という質問が特に多かった。YA(ヤングアダルト)本などはパっと目を通して内容やテーマを知ることはできないので、それが一番(今でも)難しい。それにそもそも「すごく面白かったから同じような本」と言われても、その本のどんなところが「すごく面白かった」のかは実際人によってちがう。物語の筋書きなのか、時代背景なのか、テーマなのか、ジャンルなのか、はたまた著者の文体なのか。そんなわたしを唯一助けてくれるのが図書館の検索システムだった。司書用の検索システムではテーマやキーワードで同類の本を見つけ、ザっとあらすじに目を通し、まずはそれを頼りに数冊探し出す。そして正直に「わたしはその本は読んでないんですが」と前置きし、なぜその本を選んだかを説明した。それが大きく空振りするときもあれば、あぁこの題名聞いたことある!と喜んで借りて行ってくれるときもあった。少し慣れてくると利用者さんや同僚のお勧め、司書向けの情報誌などからも情報を得られるようになり、自分用のメモ帳にはよくたずねられる質問やジャンルのリストが増えていった。

児童書部門のカウンターにいてとても意外だったのが、質問してくるのが大人ばかりだったこと。子どもが一人で、あるいは友人と来ることは数えるほどしかなく、子どもの読書のゲートキーパーは大人なんだと知った。中央図書館という場がそうさせていたのだろうか。地域密着型というよりは首都の中心部にあり、蔵書は一番多いが住民はそれほど多くないという立地だったからかもしれない。

それでも特に週末には多くの親子が図書館にやってきた。カウンターにも列ができるほどで、次から次へとまるで千本ノックを受けているかのように対応した。

カウンター業務ではさまざまな親子と接した。ある時はブスっとふくれっ面をしたティーンの娘さんと「この子に本を読ませたいんだけど何かおススメない?」と言いながらやってきた親御さんがいた。本棚に案内し、どんな本が読んでみたいの?と尋ねながら選んではみるものの、当の本人が一切やる気なしなので困ってしまった。またある時は、勧めた本を子ども自身が「これ読みたい!」と選んでも、テーマが恋愛であるとわかると「これはまだやめておきましょう」と子どもの手から本を奪ってしまう親御さんもいたり。「ママの家でこれ読んでもらって面白かったから続きを読んで!」という娘に、父親が「ママの家で読んだの?じゃ違う本にしよ!」と、(元)夫婦関係が垣間見えるような場面があったかと思えば「わー!この本!!これわたし子どもの頃大好きだったの!絶対面白いからこれ読みなさい!!」と親自身が子どもの頃に好きだった本を一方的に手渡す場面もあったり。ちなみにこういうときはたいていほとんどの子が「嫌だ」といって拒否していたのも印象深い。

バットをブンブン振り回し、空振りしたりポテンヒットを打ったりしながらカウンターでの日々は過ぎていく。こんなにへっぽこなわたしをレギュラーにしてくれてほんとありがとう(涙)と思いながらバットを構えて千本ノックさぁ来い!とカウンターに立つ日々(そんな司書こわい)。そうして半年の契約はあっという間に過ぎていった。


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