見出し画像

ソニー・ロリンズ『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』

ソニー・ロリンズのジャズクラブでの臨場感あふれる、聴き応えのある演奏が楽しめます。

🟢ソニー・ロリンズの多忙な日々

ロリンズはアルバム『ニュークス・タイム』を録音後、1957年10月にジャズ・ボーカリストのアビイ・リンカーンのレコーディングに参加。『ザッツ・ヒム!』(リバーサイド)です。

プロデューサーはオリン・キープニュース、メンバーはソニー・ロリンズ(テナー)、ケニー・ドーハム(トランペット)、ウィントン・ケリー(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、マックス・ローチ(ドラム)。超がつくほど豪華メンバーで10月28日に録音されます。

数日後、11月3日にプロデューサーはアルフレッド・ライオン、レコーディングエンジニアはルディ・ヴァン・ゲルダー、スタジオ録音ではなくニューヨークのジャズクラブのヴィレッジ・ヴァンガードでライブレコーディングをします。その様子がアルバム『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』(ブルーノート)としてリリースされます。その翌日は『ソニー・ロリンズ・プレイズ』(ピリオド)を録音します。

🟢アルバム基本情報

ソニー・ロリンズとヴィレッジ・ヴァンガード、ともに奏者とクラブも初めてのライブレコーディングです。レコーディングは午後と夜におこなわれメンバーもそれに合わせて交替します。

午後のメンバーはドナルド・ベイリー(ベース)、ピート・ラロカ(ドラム)、夜はウィルバー・ウェア(ベース)、エルヴィン・ジョーンズ(ドラム)です。ピアノレストリオです。

収録曲はレコード基準
A面は 
①オールド・デビル・ムーン
②朝日のようにさわやかに
③ストライヴァーズ・ロウ
B面は
①ソニームーン・フォー・トゥー
②チュニジアの夜
③言い出しかねて

スタンダードナンバーとソニー・ロリンズのオリジナルナンバーからなります。「ストライヴァーズ・ロウ」、「ソニームーン・フォー・トゥー」がロリンズのオリジナルです。曲の合間にソニー・ロリンズの肉声も聞くことができます。

これはRVGエディションです

🟢アルバムの語られ方

『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』はライナーノーツによると演奏形態が聴きどころです。

「さてこのアルバムで最も注目すべき点も、ピアノを排したトリオという楽器編成にあるわけだが、これはロリンズがこの頃、好んで用いたフォーマットでもあった。既に「サキソフォン・コロッサス」等の傑作を発表し、インプロヴァイザーとして頂点をきわめ尽くた感のあったロリンズは、更に自身の音楽を発展させるために前向きなチャレンジをみせ、ピアニストを加えないトリオという編成へ、アプローチをみせたのだった。グループにピアノが入ると、ソロのバックの和音に束縛されることになるが、ピアノが居なければより自由な吹奏が可能になる」(引用①)

ピアノレストリオによってソニー・ロリンズは自在なフレージングを展開できます。この見方は確かにその通りですが、ロリンズのアルバムを聞いていると、たいていのセッションではロリンズのソロにバックのピアノが拘束されているように聞こえます。音楽の聞こえは逆でピアニストはロリンズのメロディとメロディのあいだを埋めることに終始しています。この時点でもロリンズは一頭地を抜けたジャズの巨人です。

🟢もうひとつの語られ方

録音後の取捨選択について、中山さんによると

「ロリンズは午後に五曲、夜に十五曲を演奏し、ライオンの手によって午後から三曲、夜から一曲、廃棄される。残った一六曲から六曲を選ぶのは至難の業だ。結局アルバムには午後の一曲、夜の五曲が収録される。ライオンは続編「1582」を用意しなかった。完璧だった」(引用②)

ここに付け加えたいのは選んだ6曲を並べる作業、レコードで言えばA面とB面に曲を割り振る編集とコンセプトも「完璧だった」ことです。

自宅に居ながらニューヨークのジャズクラブヴィレッジ・ヴァンガードでソニー・ロリンズのトリオをその場で椅子に座って聞いている感覚に浸れます。演奏開始前に曲の紹介が入りロリンズが目の前で語りかけます。ライブに居合わせた観客のざわめき、会話や拍手。

本アルバムのジャケットはロリンズの紅潮感あふれる顔のアップです。1957年にリリースされた他のアルバムジャケットは全身あるいは半身ですが、ジャケットにもコンセプトの統一があらわれています。

🟢『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』とたくさんの『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜Vol.1とVol.2とVol.3』そしてRVGエディションやコンプリートエディション


後年、同日の演奏が発掘
されてリリースされます。引用②でふれた10曲です。私の手元には
輸入盤CDの『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜Vol.1』(ブルーノートCDP7465172)
・同じく『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜Vol.2』(ブルーノートCDP7465182)
があります。このふたつのアルバムは残った10曲と『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』の6曲を合わせておさめています。

原盤は『モア・フロム・ザ・ヴァンガード』(ブルーノートBN-LA475-H2)というレコードです。最初に発掘音源をおさめたレコードです。CD化にあたり16曲をライブでの演奏順に並び替えたのが『Vol.1』と『Vol.2』です。

だんだんわからなくなってきますが、後年『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜Vol.3』がリリースされます。追い討ちをかけるように同日のライブをレコーディングしたルディ・ヴァン・ゲルダーが、1999年にデジタルエディションを加えたRVGエディションがでました。コンプリートあります。
さらに音源のメディア化は普通のCDやSACD、ストリーミング、先祖帰りするかのようにレコードでリリースだったりもします。

整理をしますと『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』はブルーノート1581番で最初にリリースされた。諸外国を触れませんが再発売の国内盤にはキングレコードよりリリースされたレコード『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』GXK8101(M)がある。

私がここで書いているのは、レコードのGXK8101(M)です。この国内盤はキングレコードの企画「ブルーノート名盤150選」の1枚です。
国内販売には前史があり、東芝が再発盤をリリースしています。ブルーノートの版権が東芝からキングレコードに移り「150選」企画の前に、「不滅1800」企画分からもリリースがあります。

🟢『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』と『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜Vol.1とVol.2』について

『夜』は音源発掘やCDによる収録容量拡大、デジタル編集技術の向上、アーティストに向けられるファンのコンプリート要望、レジェンド登場。技術進化と新企画がからみ合い『夜』は分かれていきますが、このエッセイではキングレコードの『夜』と輸入盤『Vol.1と2』の違いに触れています。

違いは明白です。ライブの臨場感は『夜』に限ります。ゴツゴツした力強いサウンドで高揚感にあふれます。

A面にカートリッジを落とすと笑い声と客の世間話が聞こえ、それをシンバルが打ち消すように「オールド・デビル・ムーン」が流れてきます。シンバルの音もバシバシと耳に届きすぐ目の前で演奏が始まります。

曲の終わりに拍手が起こり、ソニーロリンズのメンバーと曲の紹介があり勢いそのままに「朝日のようにさわやかに」が観客のざわつきとともに始まります。テーマとソロ、そして見事なベースソロに合わせて喝采がおこり曲の終わりには拍手と口笛が飛び交います。

間髪入れずにロリンズはオリジナル曲の「ストライヴァーズ・ロウ」をハミングするかのようにさらりとブロウしA面の演奏は終わります。

B面もA面の雰囲気をそのままにざわめきのなかからソニー・ロリンズの曲紹介からオリジナル曲「ソニームーン・フォー・トゥー」が始まります。ロリンズとドラムのエルヴィン・ジョーンズが自在に演奏を繰り広げていくなかで、ベースのウィルバー・ウェアーが4ビートを刻むことで安定を築きます。

演奏が終わると自然と拍手がわきおこります。この流れに乗るようにロリンズが次のスタンダーナンバー「チュニジアの夜」を告げて演奏が始まります。この録音は昼の部のセッションです。ドラムはピート・ラロカ、ベースはドナルド・ベイリーにプレイヤーですがセッションメンバーの違いを意外に感じさせない演奏です。

変化を感じさせない絶妙なスムーズさはロリンズの「チュニジアの夜」の紹介の前に「サンキュー」と一言入れているところです。この言葉を「ソニームーン・フォー・トゥー」の演奏への拍手や賛美と前のめりに受け取れるからです。

ホットなふたつの演奏のあとは「言い出しかねて」です。最後はリラックスムードです。演奏は前の2曲と比べて短く吹き過ぎずそれでいてしっかりと聞かせてくれます。おだやかな拍手と喝采がおこり、今日も良い演奏を聴いたなという気持ちになります。そう言えばピアノがいなかったけど、とも。

🟢『夜』を『Vol.1と2』と比べて

『夜』と『Vol.1と2』は収録順序が違います。『Vol.1』の1曲目は昼間の部の演奏「チュニジアの夜」から雰囲気なく始まります。この始まりは『夜』の1曲目を聞いた時の臨場感を得難いものにしています。


2曲目の「アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン」から気づくことがありますが、テナー・サックスの音色とドラムのシンバルに残響音を感じます。ベースの音も前に出てくる押し出し感が乏しく退いた音に聞こえます。
この音質は『夜』に未収録の曲におしなべて通じます。5曲目の「フォア」はドライブするカッコ良い演奏なのに、響きがあり過ぎて目の前で迫ってくる感じがしません。


注意!視聴環境による違いがありかもしれません

CD化でこのような音作りを狙ったのか、録音音源がそうだったのか事情をつかめません。録音にばらつきが起きたと仮定すると『Vol.1』と『Vol.2』を聞き進めるとヴィレッジバンガードでの初レコーディングで関係者は相当苦労したのではという思いにかられます。
とは言え『Vol.1と2』がなければ『夜』の臨場感の編集の妙がわからないので、こちらはこちらで良いアルバムだと思います。

引用
①ソニー・ロリンズ『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』(ライナーノーツ、GXK8101(M))
②中山康樹『超ブルーノート入門』集英社新書、2002

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?