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自分の都合と誰かの都合

3日間、1人で留守番をしていた。そして3日間、1人で飼い犬の世話をしていた。とても緊張していた。

まず、1人では家全体の状況を把握しきれない。自分がいる部屋から離れた所から音がすると、何か起きているのかと不安になってしまう。玄関や窓の鍵は閉めたはずなのに、何度も確認してしまう。基本的に心配である。

それに加えて、犬の世話である。いつもは主に家族が世話をしているのだが、担当が私に変わったことにより、犬が調子を崩すなどしたらどうしようかと考えてしまう。そして犬には犬の都合があり、しかも言葉で説明して理解してもらうことができない。私の都合で「今日は忙しいから散歩行かないよ」なんてことはできないのだ。結果として、3日間、ほぼ犬中心のスケジュールで私は動いた。

とはいえ、外出せざるを得なかった日もあった。犬は一日に何度か散歩をするのだが、昼にも散歩の機会がある。大体決まっているその時間に遅れ、かなり吠え立てられてしまったりもした。吠えるのはそうすることでしか意思表示ができないからで、犬にとっては当然の自己表現なのだが、長く吠えていられると近所迷惑にもなる。申し訳なくは思うが、あまり吠え続けないでいてほしいのが本音だ。

(吠えるのはしつけができていないからだ、と言われるとそうなのではあるが、成犬になってからの保護犬なので、暖かい目で見ていただけると幸いである)

ごめんごめんと急いで散歩の準備をして出かける。犬の行きたいほうに歩き、止まり、犬は何か匂いを嗅いでおり、私は側でぼんやり立っており、犬が動く時を待っており、犬は何か匂いを嗅いでお、と思ったら急に動く。散歩に連れ出すのは私だが、散歩中の主導権を握っているのは犬である。ただ、私が連れ出さないと犬は外に出られないわけである。だから、散歩中くらいは満足のいくようにしてあげたい(もちろん散歩時の各種マナーは守った上で、ではあるが)。

さてこの散歩だが、寝る前にも行くのだ。深夜と言える時間に外を歩くのは、近所であっても少し怖い。とはいえ、前述したようにこれは犬の都合なので、私の都合でやめることはできない。恐る恐る外に出て、できれば他人には遭遇したくない、びっくりするから、と用心して進む。犬は立ち止まり、何か匂いを嗅いでおり、私は側でぼんやり立っており、犬が動くのを待っている間も落ち着かない。早く散歩を終わらせて帰りたいのが本音だ。

犬には犬の都合。私には私の都合。生きているものにはそれぞれの都合がある。違う都合を、どうにかして擦り合わせて一緒に暮らす。人と人ならば、言葉を交わし合い理解しあえる可能性がある。だが、言語が違えばそれは叶わない。言語が同じだとしても言葉が通じ合わないという不思議な状態すら起こりうる。自分以外の誰かに、自分の都合に合わせてもらうということは、簡単ではない。

1人でいる時間が多くなると、多くのことが自分の都合で進められるような気分になってしまうことがある。寝たい時に寝て、食べたい時に食べる。でもそれも、誰か近くにいる他人が大きな音を立てていたら眠れないし、どこのお店も閉まっていては食料を入手できない。自分の都合だけで世界は動かないのだ。

自分以外の存在の都合の、影響を受けないことはない。自由という状態も、他者との関わりの中で作られるものである。自分の勝手を諫めるために、誰かの都合を押しつけられてみる機会は必要なのかもしれない。などと考える時間があるほどに、私は、何か匂いを嗅いでいる犬が満足して動き出す時を待っていたのだった。


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