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私と父。(3)

ドライブが大好き

私が、新卒で就職が決まった会社は関西の企業でした。
私が関西に戻ることがわかると、父は飛び跳ねて喜びました。
ドライブが好きな父は、定期的に母を乗せて私の住む町に訪れます。
連休前には私がそのまま車に乗って実家に帰ることも。
私と父。(2)でもお話したように、父は根っからの方向音痴。
車にナビを搭載したおかげで、行動範囲もより広くなり外出の機会も増えました。ドライブをすることが父の気分転換になっていたようです。

「いとこ会」発足

父は人が好き。
初めて会った人ともすぐに打ち解ける様子に何度も驚かされました。
知らない土地に行っても、自分から話かけることはよくある話。
地元の宴会で飲み足らず家に連れて帰っきては、飲み直しすることもありました。(当時の私は迷惑だと思っていましたが…)
父の両親は姉弟が多かったのでいとこも多かった。みんなに呼びかけ「いとこ会」というのを発足させ、幹事をしていました。
この「いとこ会」は好評だったようで、父も楽しんでやっていたようです。
きっと父のこういう性格が人とのつながりを強くしていたんだろうなと思います。

登山が好き

定年を迎えた父は、登山仲間といろんな山を登りに行くようになりました。
山頂から見る景色と一緒に食べるおにぎりは絶品だそうです。
いつも嬉しそうに撮影した写真を見せてくれました。
家の近くにある小山にも時間があるとトレーニングも兼ねてよく登りにいっていました。

私が幼かった頃も、よく家族で山登りをしたものです。
そのおかげか、私の脚力は逞しくなり、スポーツをするときにとても活かされました。持っていったお菓子の袋がパンパンになって大はしゃぎしていたことが懐かしいです。

父が泣いた日

「ずっと結婚はまだか」と急かされていた私もようやく結婚が決まりました。いざ結婚が決まると父はしょんぼり。
というのも、配偶者が東京にいたので、関西から離れることが決まったからです。のちに父の姉弟からも私が東京に行くことが決まって、父は肩を落としていたと聞かされました。
そして旅立ちの日には、父は新幹線のホームまで来てくれて、泣きながら見送ってくれました。それでも、私の選んだ道を反対することなく送り出してもらったことに感謝しています。




そして、私が上京してしばらくした頃。

父が倒れたという連絡がくる。


私と父。(4)へつづく。

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