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オレンジの鈴のような花の思い出

クレマチスの奥のオレンジの鈴がぶら下がっているようなお花、名前は
サンダーソニア。

南アフリカの高地原産。発見したのが、ジョン・サンダーソンさんだったので、この名前がついたそうです。

花言葉は「愛嬌」「祈り」「共感」

若い頃、看護師現役バリバリ、まだ未熟だった頃のこと。かわらしい80歳くらいの御婦人が入院してきた。とりさんとここでは呼ぶことにする。
とりさんは小柄でニコニコしていて、優しい穏やかな方だった。忙しときもとりさんの顔を見るとホッとした。

娘さんが面会に来るがお家は少し離れたところで、治療後に地元の病院に戻るそんな背景だったと思う。

治療する中で、状態が悪化して意識が混濁していった。それからとりさんはいつも険しい顔をしていた。歯を噛み締め、時には唇から出血していることもあった。

ある日、部屋に行くと娘さんが、つらそうな顔をして、その方を見つめていた。とりさんは、唇をかみしめていた。この前良くなったのにまたキズついて出血していた。「お口触りますね」とケアをしていた私に、娘さんが声をかけた。

こんな状態になってしまって、ずっとついていてお世話をしたい。今の状態では面会が大変だし、家の近くの病院に戻るのはどう思うか、聞かれた。娘さんは先生に言いづらいと言っていた。その当時はまだ医師にお任せします、という時代だったが、具合が悪くなってから、ずっと考えておられたのだという。

ご家族がいつも近くにいることが、とりさんにとっても一番いいと思うこと、医師にも話しておくから心配しなくて大丈夫なことを話した。

娘さんと話をしながら、とりさんの顔を見た。「もう辛いのは嫌だよ」と訴えているようにも見えた。

カンファレンスで、とりさんのご家族の気持ち、今後についての考えと、とりさんの状態について話し合い、転院することになった。看護師は転院までの間のケアを話し合い、とりさんが奥歯を噛み締めて、唇がキズつくことを繰り返さないように、面会に来た娘さんが、険しい顔のとりさんを見るだけでも辛い気持ちを考えて、せめて唇からの出血が避けられるように保護しようという内容だったと思う。

それからすぐにとりさんは、地元の病院に転院した。私は勤務の都合でお別れはできなかった。

娘さんから看護師さん達に、と花束をいただいていた。その場にいた看護師で、とりさんの思い出を話しながら、何本かずつ分けた。その時の花がこのオレンジの鈴だった。それにしてもなんで花束だったのだろう。

とりさんのことは、ずっと忘れていた。花を飾ろうと花屋に行ったら、可愛らしい懐かしい花が、遠い記憶を呼び起こした。思い出に涼し気なクレマチスを添えた。来年からもこの季節になったらサンダーソニアを買うだろう。

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