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孤独が蝕む病

独りの朝を想え。
目覚めれば見慣れた天井。憂鬱な1日の始まり。この後にやらなければいけないことを考えるだけで、まるで金縛りに遭ったかのように、この体は全く動こうとはしてくれない。寝る起きるを繰り返し、何度目かの目覚めでようやく重い体を起こす。冷たい水で顔を洗い、無理やりにでも自分自身を奮い立たせる。
朝食など取る気力もない。テレビをつけることもない。どうせ陰鬱な気持ちになるだけだ。必要な情報を必要な時に見る。見たくないものはシャットアウトし、見たいものだけをインプットする。
通勤時には常にイヤホンをして、世間と自分を乖離させる。耳から流れてくる音楽の世界を通じて、私が見ている景色が一変する。人混みも街の喧騒も感じることはない。心の平穏を保つ為に、私の脳内は静寂に包まれる。

独りの昼を想え。
職場では私に話しかける者など誰一人としていない。与えられたルーチンワークを、ただひたすら機械のようにこなしていく。文字だけで交わされていく会話に暖かさを感じることはない。本来他者との意思疎通、自分の気持ちを伝える為に備わっていたはずの私の声帯は、いよいよ震わせることを忘れてしまいそうだ。やがて心さえも奮えることを忘れ、感情を無くし、成すべきことを成す。抑圧された私の気持ちは、明滅を繰り返すディスプレイの先にいるはずの"誰か"に向けて、無表情な文字で届けられる。早く時間が過ぎ去ってしまえばいいとばかり考えていた。

独りの夜を想え。
帰宅し、遅めの夕食を取る。自分が何を食べているのかさえわからなくなるような、味さえもどうでも良くなってきた。栄養さえ取れればいいのなら、何を食べたって同じだ。ここでは私がいつ、何を食べても文句を言う者はいない。
暇な時間が増えれば、その分だけ余計なことを考えてしまう。私など必要ないのではないか。私が存在しなくても世界は廻る。私の代わりに機械が正確無比に永久的に勤めを果たすのだ。感情さえも必要なくなった世界においては誰も反対などしないだろう。物言わぬ歯車など機械と大差ないのだから。
眠れない夜が続く。自分の身に纏う暗闇が、私は孤独であると言うことを嫌でも知らせてくる。目を閉じれば誰もが孤独なはずだ。もう決して届くはずのない、忘れてしまいそうなかつての温もりを思い出しながら、徐々に冷めてゆく体温とともに眠りについていく。

そして———再び朝を迎える。
スマートフォンが発する見慣れない光に気付いて、気怠くそれを手に取る。
画面に表示されたメッセージ。

「おはよう。元気にしてる?」

私は一旦スマートフォンを傍に置いて、天井を見上げた。
見慣れていたはずだったのだが、いつもとは違って見えた。

BGM "ジェンガ(音が孤独を覆うまで Ver.)" by 眩暈SIREN


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