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Birth of the Blues

「ブルースの誕生 Birth of the Blues」は、1926年にバディ・デシルヴァ(Buddy DeSylva)とルー・ブラウン(Lew Brown)が作詞し、レイ・ヘンダーソン (Ray Henderson)が作曲したポピュラーソング、あるいはブルース。いわゆるデシルヴァ=ブラウン=ヘンダーソンのソングライティング・チームの作品。

形式的ブルースと最先端の音楽としてのブルース

よくいわれるように「ブルースの誕生」は形式的にはブルースではない。が、それは形式の話しであって、「ブルースの誕生」をただちに「ブルースではない」としてしまうのはあまりにも飛躍している。かつて大和田(2011)も述べていたように、なにをブルースであるのか/ないのかを取り決めることには「音楽と人種、そして歴史記述をめぐる複雑な政治的力学が働いている」 (p. 38)。少なくとも「ブルースの誕生」を「ブルースではない」と決めつけてしまうのは、あまりに形式主義的なように思う。

そういった形式主義的ブルース感は人種と音楽の関係あるいはレイス・ミュージックの誕生以降に形作られたブルースのイメージに関連している。レイス・ミュージックとは、1923年にできた音楽の分類で、人種を取り入れることで誕生した。これによって、それまで曖昧だったジャンルの境界が明確になる。たとえば、ブルースは黒人、カントリーは白人といった感じ (大和田 2011)。それまで両方のスタイルを歌っていたシンガーは、レイス・ミュージックが誕生してからは人種によって歌う曲あるいは録音する曲が分けられた。

こうした分類ができるとジャンルが類型化され規範として利用されることになる。規範とはつまり「○○は△△であるべき」といった認識。こうした認識は、ブルースに鑑みれば、12小節のスリーコードで構成されるスイング/シャッフルの曲、黒人音楽、などを挙げることができる。こうした要素が規範として利用されるからこそ、私たちは「ブルースであるか否かの判断」だけではなく、規範から逸脱した例を特別な名前で呼ぶことができる。たとえば「ホワイト・ブルース」と呼ばれる音楽もそうだ。まさにこの曲がブルースではないと言うことは、こうした規範を参照することで可能になっている。

ここで注意しておきたいのは、レイス・ミュージックという分類ができたことで、ただちにブルースのこうした規範ができたわけではない、ということだ。こうした規範は徐々にできあがる。いつブルースに対する規範が形成されたのかを同定することはおそらくできない。だが、少なくとも20年代のアメリカでは現在の形式主義的ブルース感よりも広くブルースが捉えられていたことは間違いない。

「ブルースの誕生」がブルースではないとは言えないのには大きく2つ理由がある。第一に、1920年代において、ブルースは最先端の音楽であった。当時のブルースに対する一般的なイメージは、派手で綺麗な服を着た(女性)シンガーがバンドを従えて歌う、というものであった (大和田 2011)。第二に、この曲は1926年のミュージカル作品『ジョージ・ホワイトのスキャンダル George White's Scandals』で使用された曲で、村尾(1992)によればブルースとクラシック音楽の対決するシーンにて使われた曲だった。劇中においては、まさに「古い価値観を表象するクラシック音楽」と「新しい価値観(最先端の音楽)としてのブルース」が対比されている。であれば、まさに歌詞にて述べられているように「新しい音を取り入れ」た音楽としてのブルースの誕生の宣言をこの曲に見出すことができるだろう。

録音

John Kirby Sextet (NYC November 18 1943)
George Johnson (Alto Saxophone); Buster Bailey (Clarinet); Charlie Shavers (Trumpet); Clyde Hart (Piano); John Kirby (Bass); Bill Beason (Drums)
ジョン・カービーのバンドによるV-Disc用の録音。参加メンバーは2つ表記があるのだが、おそらくこちらが正しい。

Dale Millar (San Francisco Autumn 1974)
ギター一本での演奏。カントリーブルース。めちゃくちゃ美しい。

Stephane Grappelli (England May 14, 1975)
Stephane Grappelli (Violin); Diz Disley (Guitar); Ike Isaacs (Guitar); Dave Moses (Bass)
グラッペリのイギリスでのライブの録音。ドラム・レスのホット・クラブ編成。途中でテンポが変わってスロースイングになる。ディズ・ディズリーが輝きまくっている。

Keith Ingham & Marty Grosz and Their Hot Cosmopolites (NYC April 20–22 1994)
Marty Grosz (Banjo, Arrangement); Peter Ecklund (Cornet, Trumpet); Dan Levinson (Clarinet); Scot Robinson (Tenor Saxophone); Keith Ingham (Piano); Joe Hanchrow (Tuba); Arnie Kinsella (Drums)
マーティ・グロスとキース・インガムのタッグ。グロスのアレンジっぽく都会的なブルース。

Hot Saxy (東京 2001)
小谷哲郎 (Tenor Sax); 小林創 (Organ); 渡部拓実 (Bass); 大澤きみのり (Drums)
日本を代表するトラッド・ジャズ、ブルースのミュージシャンたちの録音。わたしのようなものが書くのもおこがましいのですが惚れてしまう演奏。曲が終わったと思ったら再開する。ここがたまらなくかっこいい。

Norbert Susemihl, Daniel Farrow, Seva Venet, Kerry Lewis (New Orleans April 29 2013)
Norbert Susemihl (Trumpet); Daniel “Weenie” Farrow (Tenor Saxophone); Seva Venet (Banjo); Kerry Lewis (Bass)
かなりスローでレイドバックした演奏。全体的に抑制された演奏がとてもかっこいい。

参考文献

  • 村尾陸男. (1992). 『ジャズ詩大全 第5巻』東京: 中央アート出版社.

  • 大和田俊之. (2011). 『アメリカ音楽史」ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップホップまで』東京:講談社.


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