結局私は。

 前回書いたものは削除しました。個人への思いが強すぎて、あの時はあれで、モヤモヤしながらそれでも自己満足はしていたので良かったのですけれど、落ち着いてきた今、「ああ、良くないなこの内容は」と自然に思ったので。
 というのも、何度かおちゃらけながら鬱イートしたのですけれど、個人的にダメージの大きな出来事が続いて、書くことからも、twitterからも離れている時間ばかりの一ヶ月半でした。「気にしない」と言い聞かせていても、ぐるぐると回り続ける罵詈雑言や匿名メッセージ。
 やっぱり一番心にキてたのは「一次創作から消えろ」という趣旨のものでした。
 そうか。需要なんてないものな。ただの自己満足だしイベントに参加することもできない。現実もネットもぼっちだし、何の為に何をしてるんだろう。
 そんな思考回路に陥ってしまって、何もかも億劫で、そんな中子供たちが夏休みに突入し、そこから立ち上がる為の思考する時間も取れないままズルズルと蛇行するように毎日を過ごしていました。辛いとも感じる暇もなくて、なんだか懐かしい感覚でした。あの泥人形みたいだった日々に戻ったみたいに。どうにか「やらなきゃいけないこと」だけこなす毎日という意味で。
 あとは女性特有週間の前触れのせいもあったかもしれませんが。

 今日、あの特有の腹痛により、仕事を休みました。「生理休暇」なるものがあればどんなにいいか、と思いました。ピルを飲んでいてさえ、この腹痛とは、と改めて自分の体を恨みました。かつて、ピルを飲む前の自分は、痛みに鈍かったのでしょうか。それとも鬼のような母親の「そんなに痛くないはずだ」「痛くてもそれが当たり前で皆我慢してるだけだ」という暗示、もとい、呪いからやっと解放されてきた、ということでしょうか。
 まぁ何にせよ、とにかく痛くて、休んでしまったのがとても後ろめたくて、痛み止めが効いてきてからは家事をせずにはいられませんでした。我武者羅に家事をしたのは久しぶりだったかもしれません。一日かけてあちこちを掃除し、いろいろと洗濯し、ひたすら動いていました。鎮痛剤ってすごい。
 体を動かせば思考も回るのかもしれません。ただ仕事の時は、それを仕事用に回さねばならないので、それが自分の為には回らないだけで。くるくる働く体、ぐるぐる回る頭の中。汗をダラダラかきながら、考えてました。

 本当に、今のまま、フェードアウトするの?
 自己満足だろうが続けてゆくはずだったんじゃないの?
 また、燻ってんの?
 本当にどうしようもないね。

 だって消えろって言われたんだもん。
 自己満足の果ては虚しいだけだよ。
 そうだよ、また燻ってるんだよ。
 本当に、本当に、どうしようもないよ。

 自分から浴びせられる言葉に言い訳を返す。それがとても惨めで、段々面白くなってきたのでした。

 自分がどうしようもないのは元々だったじゃないか。
 それを今更どうにかしようとしたってどうにもならないって分かってることじゃないか。
 好意を寄せてくれた人もいる。それだけでも満足なことだろう。
 匿名の言葉に打ち砕かれる程度のものなのか。

 打ち砕かれる程度の人間だよ。
 それでも、それでも。

 掃除の最中、自分が書いたコピー本が出てきました。ファイルに収納していなかったものでした。何書いたっけな、これ。開いて、読んで、溜め息しか出ませんでした。

 私、これ、好きだ。
 やっぱり、どうしようもなく、好きだ。

 私の文章が例え私のものじゃないとしても。
 私の「書きたい欲」も書いた文章を「読みたい欲」も、それは紛れもなく、私のものだ。
 「私」と私を繋ぐ、か細い橋を、私の勝手で途切れさせたく、ない。

 結局、私は、みみっちいのです。何かに縋ることでしか息をすることができない。でももう他人に縋るのは嫌だ。いや、いつだって誰かに縋りたかった訳じゃないのに、いつも「助けたい」と言い出す人達は、大体において私を捨て置いてゆくから。もう、そんな思い、したくない。
 なら。それなら。
 自分の一部に縋っても、悪くはないのでしょう。
 例えばそれが誰かにとっての害悪なのだとしても、それは私の責任じゃない。
 そんなことを誰かが言っていた気がします。

 絵師さんが匿名で「あなたの絵が嫌いだから描くのを辞めてほしい」と言われることの多さに心を痛めていた自分がいました。それで悩むツイートには頷いていました。そんな中で最近「うるせぇ!辞めさせたいなら金でも積んでから来い!」みたいな返しをしてる方がいた、みたいなツイートも見ました。凄いなって思います。強いなって思います。いや、本当はきっと泣くほど辛くて悔しいのかもしれませんが。私にそんなことを言える強さはありません。
 「死ね」なら逆に良かったかもしれない。慣れっこの言葉です。いやぁほんと生きてて申し訳ない、本当は今すぐにでも死にたいのですけれど環境がそれを良しとしないので、としか思わないでしょう。それが、紡いだ言葉に対してだったから。多分ここまで引きずったんだと思います。私のど真ん中から全否定されたのと同意義だったから。しかも誰だか分からない相手だったから。相手が分かっていれば、その相手にだけ返せばいいものが何処にも返す場所が無くなって、自分の中を巡って返ってくるだけ。
 匿名の悪意、本当に良くない。

 私は相変わらず自分のことが好きじゃありません。好きになれそうにもありません。
 だけど。
 少なくとも、私は自分の文章を、好きだ、と感じてしまっている。それがとてつもなく哀しくて、嬉しい。私は初めて、自分に関する何かを好きになれている。それが、申し訳なくて、とても痛くて、嬉しいのです。
 だから手放せない。手放したくない。

 身勝手だと言われても、自分本位だと言われても、それでも仕方ないじゃないか、と思うことにしよう。
 だって好きなんだもん。

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