燻っているのはもう、やめる。

 私はまず「オリンピック」という行事が苦手だ。それと同時に「アスリート」という存在も苦手だ。努力と才能の結集する四年に一度のお祭りを盛り上げようとするメディアも苦手だ。
 それは、母の言葉を思い出させる。

 フィギュアスケート。オリンピックや何とか大会とか関係なく、それが中継される時、私は母に呼ばれ、強制的に観せられ続けた。普段テレビなど観ていようものなら激怒されるし、自分の目の前に私がいると目障りだと顔を顰める母が、私をテレビの真ん前に座らせ、この選手がどうの、このスケーティングがどうの、と人が変わったように話すのだ。
 それは何故かと言えば「あんたには何かが足りないからこういうものを観て、芸術を理解せんといかん」から。
 だから別にフィギュアスケートだけではなかった。国際ピアノコンクールだとか、N響のテレビ番組とか、情熱大陸みたいな密着系番組でクラシック音楽に携わる誰かが特集されるとか、そういう、なんでもいいから私に「足りない何か」を補わせようと躍起になっていたのだと思う。
 そして番組が終われば訊くのだ。「どうだった」と。「すごかったね」と答えると、さも自分のことのように威張りながら、そうだろうそうだろうと頷く母。そして、決まり文句はいつも私を抉った。

「こういう人達はね、何を犠牲にしてでも頂点を目指して、現実にしていくんよ。それは本気で打ち込んで、本気で打ち込めるだけそれが大好きだから。あんたは違うやろ、ただママにやらされてるだけやろ、あんたはピアノなんか嫌いやろ、ほんとはやりたくないんやろ、ママはね知ってる、見てれば分かる。やけんね、嫌なんやったら、辞めても、ええんやで」

 それは私にとっては脅しで、同時に、死刑宣告。

「そんなことない」と、「ピアノ大好きだからやりよるんよ」と、「何も他にできなくても平気やけん、大丈夫やけん」と。
 そう、言葉を、嘘を、並べて、口から勝手に出てくるデマカセが、母を笑顔にする。
「そりゃそうよね」と。満足そうに。当然よね、と。
 私は嫌悪感と罪悪感と吐き気に襲われながら、母に笑顔で、告げる。

「練習、続きしてくるね」

 そうやって逃げた。何も考えたくなくて、母を怒らせるのは怖くて、母の意見に沿うのが当然だったから、私は、フィギュアスケートもコンサートもオーケストラもピアノリサイタルもどんなに有名なピアニストの演奏も、ただただ黙って受け入れ、そして、何が良かったのかなんて分からないのに、「すごかったね」を繰り返した。結局母の言う通り、私には「足りない何か」が存在していることの証明なのだと思った。

 母は、私について褒めてくれたことが、ない。特別頭が良くなかった訳でもなく、運動神経も並、容姿はボロクソに言われ、友人関係にすら口を挟まれ、隠した日記はいつの間にか暴かれ、好きな相手に必死で作った手作りプレゼントはあげる前に壊された。お前なんかからもらったって気持ち悪いだけだろ、と笑いながら。
 その母が、ピアノは、ピアノのいい成績だけは、「すごいじゃない」と笑顔になる。それはきっと本当に凄いことだったのだ。私と母を繋ぐ、血よりも濃い絆だったはずなのだ。

 そう思い込んで、思い込ませて、生きてきたのに。

 私はもうピアノを弾かない。正しく言えば、弾ける環境じゃない。辛うじて友人に譲ってもらった電子ピアノはある。けど、乳幼児ばかりの家庭でいつそんな真面目に練習できる時間があるだろう。弾きたい? と自分に問いかける。分からない、と思う。けれど、今ならきっと昔よりも「足りない何か」を補って弾ける気がする。

 私に足りなかったのは、愛だった、から。

 愛すること。愛されること。想うこと。想われること。
 そして、大切にすること。

「あなたの演奏には心がない」と先生を何度も困らせた私にはきっと、愛が存在していなかったから。だと思う。だからきっと今なら、愛は存在すると信じる力を持った今なら、昔よりもまともな調べになるはずなのだけれど、でもきっと腕前はガタガタだろう。あんなに動いていた指もきっと固まっている。プロになれると幾人にも押された太鼓判も何処かへいってしまった。
 それでも弾きたい? と自分に問いかける。
 弾きたい、とは思わない。でも。でも、弾いてみたい、とは、思う。思えるようになった。
 前までは「弾かなければ」と思っていた。じゃないと私は私から切り離されてしまうと焦っていた。それは恐らく「母に捨てられる痛み」だ。二度も捨てられるなんて冗談じゃない。「ピアニストになるよ」の言葉を叶えることはできなくても、「一生弾いていくよ」の言葉くらいなら。
 でも、義務感が消えた今、触ってもいいかもしれないと思う。こっそり練習して、子供たちに「どう、お母さん、本当はピアノ上手に弾けるんだよ」って言えたら、それってきっと素敵なことなんじゃないか、くらいは思い描けるようになった。

 それでも、フィギュアスケートやアスリートや芸術家や音楽家や成功者を見る度に、胸の内側がざわりざわりと、ちくりちくりと、私を傷つける。

「何もないくせに、かわいそう」

 私の中に住む母が嘲笑う。いつになれば消せるのか分からない。付き合っていかなければいけない現実に毎日絶望しながら、痛みを抱えて、その痛みのまま文章を紡ぐ。
 そしてそれすら、それは笑うのだ。

「恥ずかしい。自分を晒して。そんな汚物みたいな文章、誰が読むの? 誰が求めるの? 何を伝えたいの? 空っぽのくせに。何も詰まってない案山子みたいな頭と体しかなくて、男に媚びてしか生きていけないくせに、何を夢見て生きようとしているの? 馬鹿じゃないの?」

 そして、私の指は、止まる。止まってしまうんだ。そりゃそうだ、と納得させられて。母の言葉を借りた自分自身の疑心に潰されて。

 とある挑戦をしようと思った。その為のプロットも立てた。書き出しも始めた。でもそんな言葉が体と頭の中を駆け巡り始めて、そして、止まった。
 こんな汚物じみた人生に良く似たお話、何処に需要があるんだよ。
 そして栄光を手にする人間を見て、それを支えた家族の話を見て、絶望する。無理だ。こんな、汚いものにしか触れてこなかった自分が、成功しようなんて、無理だ。
 汚いものしか知らないから汚いものしか書けない。綺麗なものを書こうとしても、何処か嘘っぽい。感じたことさか書けない程度の技量しか持っていない。文法だってあやふやで、言葉だっていつも毎月枯れてゆく。そんな自分が目標を持って、表側に向かってみようとするなんて、そんなの烏滸がましかったんだ、分不相応だ。

 分かってる。分かってるよ。詰りたい相手には言えない私は「私」を潰すしかできないんだよね。手首を切る代わりに、首を吊る代わりに、大量に薬を飲む代わりに、私は言葉で「私」を殺そうとするんだよね。それが「あの人」の形をしている、それだけ。

 抜け出せない迷路みたいな人生だ。煌びやかな世界には程遠い。それでも夢見てしまう。今の私にできることを考えて、その結果抱いた欲望を消してしまうには、描いた夢が身近すぎた。いや、全然遠いのは分かってる。でも、書けばいい、というのは今までの人生のハードルに比べたら容易くも思えてしまった。
 だってネタだけはあるんだから。書きたい欲求も、書きたい物語も、私にしか感じられない人生から滲み出るものを形にしたいと願うことはきっと罪じゃ、ない。
 ねぇ。そうだと肯定してくれる「私」はいないのかな。いてもいいんじゃないかな。
 今はいないのなら、作ろう。肯定できる私を。肯定してくれる「私」を。

 燻って、いじけて、ゲームに逃げて、そんなのはもう、やめだ。自分で立ちあがらないと、誰も立たせてはくれないんだから。私は、私にしか、なれないんだから。
 苦手な熱い大会リポートやハイライトも、前よりは嫌悪感少なく、冷静に観ていられるようになっただけでも、きっと今の私は、前に進んでいるはずだ。

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閉吐 憂

「私」の話

包み隠さずノンフィクション
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