勝手に成長する君
『この度、店舗マネージャーに昇格致しました。』
ご丁寧に姿勢を整え報告を貰った。
私が働いていたカフェでの話である。
前にも話したがコワーキングスペースとカフェのお店だ。私にはまがいなりにも一緒に働くメンバーへ
教えを説きながら札幌拠点のマネージャーと共に
会社理念、カフェの方向性を示すと言う役割があった。
実際にはそのような大それたことは何も成し遂げられなかったが。
私が奮起していたその頃、彼はアルバイト雇用で入社した。新しく入社した7人のうちのひとり。
20歳の子で当初から何か輝いてみえた。
身長の高さなのか、外見の話なのか、若くは見えない落ち着きなのか。分からないが。
本人もいつかこう言っていた。
『俺はビッグな人間になると思うんですよ。』
静かな口調だった。
確かにそう思う。
その自信が羨ましく見えていた。
きっと輝いて見えるのはその意識の違いだろう。
彼はポジティブ、ユーモアセンスもある。
その明るさとおちゃらけでよく私のことも助けてくれた。
お願いしたことは『任せてくださいよ!』と男らしく引き受けてくれる。
他のメンバーは某コーヒーチェーン店で働き、コーヒーへの知識がある人が多かった。
お店の看板商品はエスプレッソ。
彼のエスプレッソはずば抜けて不味くて刺さるような苦味があり飲めたものじゃなかった。
会社として当たり前だが、スピード感をかなり重要視していて
"提供して良いコーヒーが淹れれるまで"悠長に待っているつもりはない。
私とマネージャーは全員へ練習を促す&合格までの期限を短く設けてあえて焦らせた。
1番ダメダメなエスプレッソとラテアートを淹れる彼。
インターンもしていて練習時間はかなり限られているらしい。
上手なメンバーへコツを聞きまくり、忙しい中
数少ない練習量で誰よりも美味しいエスプレッソを淹れるようになった。
私はいつも不安だった。
店舗に何かあればもちろん私の責任。
私の教え方が不十分であったり、伝わらなかったことが原因となる。
このお店と、会社が10年をかけて得てきた信頼を守ることの責任感と見えない重圧。
実際私は平の平社員。
幹部から見れば私なんてちっぽけな存在で、重圧を感じるほどの人間でもないのだけれど。
彼がいる日は安心感があった。
その場に相応しい立ち振る舞い、
相応しい会話、
雰囲気と自分のオーラ作り、
お客さまの目に見えない要望を感じ取る。
これらの点を言わずとも気づいて動いてくれる。
私には無い輝きを持っていて、ついて行きたくなるような存在。
そんな彼の昇格は自分のことのように嬉しい。
自分のことよりも嬉しい。
『まりこさんに厳しく教えて頂いたおかげで。』
彼は言った。
そうか?今となっては何を私が教えたのか、
言ったのかも覚えていない。
全くと言っていい。
覚えていない。
だって教えてないんだもん。
勝手に成長して行ったんだよ、君は。
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