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[掌編ファンタジー小説] 赤い竜

「赤い竜について調べてほしい」
 ダイナマイトは突然に……ではないけれども、なんかそんな感じの歌謡曲があったことを思い出した。
 えーっと、あれは……。
「おい和樹! ちゃんと聞いているかい。赤い竜について調べて欲しいんだよ」
 仕方がないので溜息をついて、読みかけていた本を閉じた。顔を上げて、声の主を見る。
「聞いて入るけど……いきなり『赤い竜について調べてほしい』って、一体どうしたんだい? 裕也」
「英国で赤い竜が出現したんだ」
「そりゃ赤い竜が出現するとしたら、英国だろう」
 辞典で少し調べてみれば分かることだが、英国は竜にまつわる伝承が多い。特に赤い竜と白い竜といったら超有名だ。
 それから真偽は知らないけれども、あの時計塔の下には竜の死骸があるという話も聞いたことがある。竜をシンボルマークとしている旗に掲げている地域もある。
 明確に意識しているかどうかは知らないけれども、赤い竜のことを全く知らない英国人……果たして存在しているのだろうか。
 ともかく実際に竜が出現したかどうかはさておき、英国と赤い竜は深い関係にある。
 ちなみに日本と言えば……、皆無とは言わないまでも、赤い竜はメジャーな存在ではない。古くは八岐大蛇が有名だけれども、竜というには少し微妙だ。なんとなくイメージ的に赤を連想するけれども、酒に酔ったことを強調した童話作家たちの影響かもしれない。
 もちろん浦島太郎の竜宮城は有名だ……ただし肝心の竜は登場しないけれども。ちなみに我がふるさとの湘南地方には、江ノ島に竜口寺が存在する。
 こうやって考えると、英国も日本も島国で海に接する部分が多いから、竜に関する伝承が存在するのかもしれない。竜と水の縁は深い。そういや昔住んでいたところには、水龍という中華系トンカツ専門店があったな。
 それはともかくとして、どうして僕が『赤い竜』を調べる必要があるのだろうか。ちなみに中国では五竜が有名であり、白龍、黄龍、赤龍、青龍、黒龍が知られている。
 素直にそのことを口にしてみた。
「……すまない。君のことだから分かってしまうかもしれないけど、ともかくここに蔵書で『赤い竜』について調べて欲しいんだ。一週間くらいしたら、また来るよ」
 そう言うと、突然なにかにせかされたかのように、彼は帰っていった。

 ***

 遅めの昼飯を食べていたら、来客を知らせるインターフォンが鳴った。
 スプーンをおいて玄関へと出向いたら、神山裕也が立っていた。とりあえず前回と同じく、本で埋もれつつある書斎へ案内した。
 そういえば、そろそろ一週間が経過した。おそらく今日は『赤い竜』に関しての調査結果を確認にやって来たのだろう。
「事前に連絡してくれれば良かったのに」
「……すまない。いろいろとあってね」
「そうか」
 あまり急いでいる様子はなかったので、昼飯を済ませてから歯磨きが終わるまで待ってもらった。いつもなら午睡を楽しむところだが、さすがにそれは我慢した。
「待たせてすまない」
「いやこちらこそ、急に押しかけて申し訳ない」
 裕也とは長い付き合いなので何となく分かるけれども、なんだかずいぶんと憔悴しているようだ。
 ただし僕が調べた結果に間違いがなければ、これは当然のなりゆきだった。
「さて調べた結果だけれども……残念ながら、何も分からなかった」
「何も分からないかったか……」
 予想外に期待外れの返答だったのか、裕也は呆然とした表情になった。日頃は明敏な彼なのに、滅多にないことだ。
 やはり少し疲れているのかもしれない。
 しかし力強く彼を見つめている僕の視線に気づいたようで、ハッとした表情になった。
「何か分かったのか」
 僕は首を横に振った。
「いや……『分からない』ということが分かったということかな」
「おいおい、随分ともったいぶった言い方をするじゃないか。申し訳ないが、今はあまり余裕がないんだ。ストレートに説明して貰えないかな」
「この一週間は大変だったか」
「ああ」
 彼は素直に頷いた。
 その様子を見て、僕は気の毒になった。もしも推測が間違っていなければ、彼は恐ろしいほどのプレッシャーに追い詰められているはずだ。
「まず分からないと言ったのは、ここにある本を読んだ結果だ。日本の古典が中心なので、『赤い竜』に関する伝承は皆無だった」
「そうだったか……」
「ただし君が疲れているだろうから、結論を最初に言ってしまおう……。日本の竜は青と金色が中心だ。だから『赤い竜』は外来種を指す。つまり英国で『赤い竜』と関わりを持った子は、そのルーツは英国へと繋がっている」
「祖先に英国人がいたのか」
 僕は頷いた。
「ここに『赤い竜』に関する情報が無かった時点で、思索の範囲を広げてみたーー」
 僕は少し得意げになって、思わず鼻の穴を広げてしまった……失礼。
「『竜』を外して『赤』と『青』を外して歴史を振り返ると、面白いことが分かる。たしかに日本の国旗は赤い日の丸だけれども、あれは太陽を象徴している。つまり遠方にある存在を象徴している」
「随分と強引だね」
「強引かもしれないけれども、物事を勧める時には大切なことさ……。そして『泣いた赤鬼』という童話があるけれども、赤い鬼は立場が弱かった。日本に存在していた青鬼に対して、赤鬼は日本にやって来た存在を示す……。もちろん日本人は赤鬼も受け入れた訳だが、基本は青鬼になる」
「へー」
「で、ここにある本だけじゃなくて、日本国内には『赤い竜』に関する情報は無さそうだと踏んで、英国の動向を調べてみたよ……。『赤い竜』というキーワードがあれば、調査は難しくなかった。日本人の女の子が『赤い竜』に変化したのか」
「……黙っていて申し訳なかったね。実はそういう訳なのさ」
「で、英国としては国として重要な存在である『赤い竜』だけれども、日本からやって来た日本人が変化したのだから、国際問題となってしまった……。君が僕のところに相談にやって来たのも、実は国際問題にまで発展してしまったから、何か糸口が欲しくなったからじゃないのかい?」
 僕の説明を聞くと、裕也は渋い顔になった。神山という名が示すように、彼は神霊に関する国事に関与する家柄の出身であり、この一週間はさぞ多方面から圧力やら交渉があっただろう。
 僕のような極楽とんぼのような存在ではない。少し気の毒になった。
「さて僕は『赤い竜』が日本古来の存在ではなく『外来』を象徴する存在だと思ったから、その赤い竜になった子の身元を調べてみた。そして彼女が、実はクォーターだということを知った次第さ」
 どうやら予想外だったようで、彼は目を丸くした。
「たしかに僕自身は調べていないし、見たのは彼女の戸籍謄本だけだ。しかし彼女の身元を調査したメンバーが見落としたというのは、なかなか驚きだね」
 僕はニヤリとしてしまった。深刻な状況に追い込まれている彼には申し訳ないけれども、知的好奇心というヤツは捨てることができない。
「それは仕方のないことだよ。戸籍の上では分からないんだから。第二次世界大戦のどさくさで、日本国籍に変えてしまったのさ」
「戦後のどさくさで……」
 僕は頷いた。
「僕は彼女の隔世遺伝にせよ何にせよ、英国と深い関わりがあると踏んだ。それで実際に戸籍のあった土地を訪れてみたんだ……。彼女ーー水守知世ーーの祖母は、『西の魔女』と呼ばれていたよ」
「『西の魔女』だって。どこかで聞いた記憶があるな」
「その世界では有名な存在だったからね。もしかして君なら、会ったこともあるかもしれない」
「うーむ、そうだったのか……」
「戸籍を調べたのは、ごく普通の役人さんだったんじゃないかな」
「……あり得る話だね」
「で、現地へ赴いた時に近所の方々に写真がないかを尋ねて回ったんだけど、一人だけ写真を保有しているおじいさんがいた。その彼が言うところでは、英国からやって来たと聞いたことがあるそうだ」
 今までの疲れも忘れたかのように、彼の目は鋭くなってきた。
 しかし一時的に気力を出せても、長時間は難しいだろう。僕は台所の冷蔵庫へ行き、冷たく冷やされた缶コーヒーを取り出して渡した」
「で、今度はかなり骨が折れたけれども、英国のツテを頼って、第二次世界大戦やそれ以前に英国から去った『魔女』と呼ばれる人を見つけ出すことができた……アリシア・ローゼンタールさんという方だったよ」
「ローゼンタール家の子孫か……それならば納得が行くよ。なるほど、考えてみれば英国も日本も島国だ。竜の存在を尊重しているお国柄だし、日本にローゼンタール家の一人が生活することになっても不思議なことではないな。これは非常に役に立ってくれることは確実な情報だね」
「そんな訳で君の期待に応えることはできたかな? とりあえず僕が調査した結果は資料にまとめておいたけど、公式に裏付けを取った方が英国政府とはやりとりしやすいだろう」
「そこまで考えてくれていたか……。相変わらず脱帽だよ。本当に助かるな」
「強引に喩えると『カエサルのものはカエサルに』かな」
「そうだね」

 そして彼は僕が渡したコーヒーを一気に飲むと、謝礼の言葉もそこそこに、走るように玄関へと向かった。僕も玄関まで同伴し、そこで彼と別れを告げた。公用車でやって来たようで、運転手が待機していた。
 神山裕也は急いでいたかもしれないが、運転手は全く動揺していないようで、車は静かに立ち去っていった。
 そんな彼らを玄関先で見送りながら、ぼくは庭に植えたダッチェス・オブ・エジンバラというクレマチスへと目を移した。ちょうど開花時期になっており、バラのように白く大輪の花が英国由来らしき物々しさを醸し出していた。
「やれやれ、今年の夏の英国は大変なことになりそうだな」
 僕は誰にともなく、そう独り言をつぶやいた。

 この時の僕はまだ、まさか自分自身も英国へ赴くことになろうとは全く予想していなかった。

 (了)

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