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見届けたい。子どもたちの”名前のない成長と区切り”について

家事には、”名前がない家事”というものがあるらしい。

ふと、子育てにも、”名前がない成長や区切り”のようなものがあるんじゃないかなと思った。

例えば、名前がある成長や区切りといえば、首すわり、寝返り、伝い歩き、立つ、入園、卒園、などなど、そんな成長は目に見えるのでわかりやすい。

でも、私と子どもの関係性の間で、大切にしたい成長や区切りのような、ちょっと説明しづらいものもある。私だけは、ちゃんと知ってるよ、というような心に留めておきたい瞬間が沢山ある。

名前はよくわからないけど、子どもたちの中で、確実にある時、何かがはじまって、そして時を経て、何かが終わっていく。それを私はいつも見届けているというような感じがある。そんな名前のない成長や区切りに、少し名前をつけてみようかなと思い、書くことにした。

みなさんのおうちには、どんな”名前のない成長や区切り”があっただろうか。

次男、”鉄下”からの卒業

現在5歳になる次男。2歳半くらいの時に、おばあちゃんから新幹線の絵柄のくつ下をもらった。くつ下全体が、新幹線のデザインになっている”鉄下”と言われているものだ。

白い”リニアモーターカー”

赤い秋田新幹線”こまち”

青い北陸新幹線の”かがやき”

薄いグリーンの東北新幹線”はやぶさ”

そして、

東海道新幹線の”のぞみ”

そんな、くつ下が5セット。履くと両足が新幹線になる。当時、新幹線が大好きだった息子は、それを見てパッと目を輝かせた。だけど、そこから困ったことに一切、鉄下以外のくつ下を履かなくなった。

うっかり洗濯を忘れて、朝、鉄下がないと大騒ぎ&大泣き。鉄下以外のくつ下の魅力をどんなに伝えても、「やぁーだ!!、新幹線のくつ下はくのよぉーー」と泣く。泣くどころか、絶対に鉄下しか履かないため、保育園にいくことさえできなくなる。(何度か裸足に靴を履いて行ったこともある)

わたしは、鉄下を切らさないように、必死に洗濯した。無限鉄下。鉄下はつづくよ〜、ど〜こま〜で〜も〜だ。

しかし、くつ下というものは、時が経てば、なぜか片方だけ無くなっていくものだ。(うち、だけ?)とても小さなその鉄下たちは、なぜか少しずつ姿を消していった。

最終的には、息子が3歳を過ぎた頃には、右左の2足がそろったものは、しだいに4セットになり、3セットになっていたと思う。

それでも無限鉄下を私は頑張った。新しく買い足そうかな?とも思ったけど、きっともうすぐ飽きるだろうから…もったいない…というなぜか変な頑張りがでてしまい、3セットの無限鉄下を頑張っていた。(今思うと、さっさと新しい鉄下を買い足せば良かったと思う……)

あれは、3歳半ぐらいだろうか。突然、鉄下以外のくつ下を履ける日がでてきた。あれには、びっくりしたし、ようやくこの日が来たか、、と心のなかで嬉し泣いた。

とはいっても、鉄下にこだわる日もまだまだある。鉄下を切らすことは、わが家では地雷を踏むようなもの……!という妙な緊張感が3歳の間中は続いた。笑

そして、4歳頃になり、鉄下が一切必要なくなる日が来た。どうにか次男が心に折り合いをつけて、鉄下以外のくつ下を履けるようになったときには、心底ホッとした。ようやく鉄下との戦いが終わったと思った。もしかしたら、イヤイヤ期?と言えるかもだけど、それともちょっと違う気がする。

次男の”鉄下期”はこうして終わりを迎えた。

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↑息子がこだわり続けた”鉄下”かがやき

次男、ぬいぐるみのキュウちゃんから卒業?

これは、次男がもう一つの卒業を迎えようとしている話だ。

鉄下と入れ変わるように、次男が3歳後半くらいから、大切にしはじめたのが、チーターのぬいぐるみのキュウちゃんだ。動物園に行った時に、欲しがったので何気なく買ってあげたぬいぐるみ。まさか、それが、こんなにも次男の心の友になるとは思っていなかった。

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↑次男とキュウちゃん

ちなみに、最初にみんなで付けた名前はチーちゃんだった。しかし、ある日突然、次男が”キュウちゃん”と呼びはじめたので、名前はキュウちゃんになった。由来はよくわからない。

このキュウちゃんへの次男の溺愛っぷりがすごかった。

まず、寝るのは必ずキュウちゃんと一緒。キュウちゃんがいないと寝ることができない。(ちなみに、私もいないと寝ることができなかった。)

夜中にも、ふと目を覚まして、「キュウちゃん?キュウちゃんはどこー???」と泣き出しそうに訴える。寝相がよくないので、次男と共に、キュウちゃんはだいたい思いもかけない所に移動している。

次男が自分で探すのは難しいので、私が探すことになる。明かりをつけると他の家族を起こしてしまうので、暗がりの中、手探りで必死にキュウちゃんを探す日々。もうめちゃくちゃ眠いし、正直、苦行だなと思った。これが、5歳になるまで1年は続いたと思う。

保育園にはキュウちゃんを連れていけないので、朝、「ぜったいお迎えのとき、キュウちゃん持ってきてねっ!」と、念押しされる。もっていかないと、保育園で不機嫌になるか大泣きする。それでも、うっかり持っていくのを忘れてしまう日もあった。息子は当然、不機嫌になるが、イヤイヤ、もうこっちのほうが泣きたいよね……と思っていた。

息子にとっては、キュウちゃんは「ぼくの赤ちゃん」らしい。ミルクをのませたり、色々と本人なりに世話も焼いていた。私もキュウちゃんにおっぱいをあげるふりをしたりして、息子の弟か妹みたいに可愛がって過ごした。

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公園へいくときも、旅行に行くときも、どこへいくにも肌身離さずだった。このキュウちゃんをなくしてしまわないように、私はいつも神経を使った。もし、キュウちゃんをどこかでなくしてしまうようなことがあったら、次男には耐えられないだろうと思ったからだ。

公園で砂まみれになったときは、一緒にお風呂に入って洗った。「キュウちゃんと一緒にお風呂はいるんだ~!」と言って次男はとっても嬉しそうだった。

そんな次男が、ここ最近、気がつけばすっかり”キュウちゃん”を必要としなくなっていたことに気がついた。

夫と「ねぇねぇ、次男くん、さいきん、キュウちゃん卒業したよね」と話していたら、

次男が、すっと私たちの後ろにたって、キュウちゃんに頬ずりしながら、「まだ卒業してないよ~~」と、ニヤッと笑った。

実は、この文章を書いてもいいかと、次男に事前に聞いてみた。

「ねぇねぇ、ママが文章にかくのはいいけど、ぼく、キュウちゃん、卒業してないからね」とまた、念押しされた。

どうやら、まだ本人的にはキュウちゃんを卒業してはいないらしい。

でも、今では、キュウちゃんがいなくても眠れなくもないし、泣きもしない。

これから次男はキュウちゃんのことを、すっかり必要としなくなるかもしれない。でも、多分私は、キュウちゃんのことを一生ずっと大切にし続けると思う。

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↑次男がキュウちゃん愛ピークの4歳ころに書いた絵

こういう印象的な成長の区切りが、子育てには沢山ある。

長男が初めてクワガタを自力でとった日。友達と初めて放課後に約束して、1人だけで遊びに出かけた日。

公園で友達と遊ぶ長男を、そっと見つからないように遠くから眺めた、あの日。

子どもたちの中で、何かが始まる。そして、何かが終わる。

どの日も私にとっては、かけがえのない成長の目撃の瞬間だった。

私の尊敬するある方が、息子さんが成人して言っていた言葉が印象的だった。

20年かけて1人の人間が変容する状態をずっと見続けるというのは、本当におもしろい作業です。

これって、本当かなぁ。まだ、あまりそういう実感は持てていない。

おもしろいというより毎日必死。毎日、手探り、真剣勝負。

でも、なんとなく、ここで書いたみたいな子育ての瞬間をこれからも心に刻んでいけば、そういうふうに思えるようになる日がくるのかな?と期待してもいる。




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