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言霊とストレス

 言霊とは、言葉に内包された霊力のことです。

 また、言葉を唱えたり発したりすることによって、霊力が発揮されるとも考えられています。

 かって言霊の時代があったのです。

 和歌の世界では、言葉は天地(あめつち)を動かすものという考え方があり、神道において言霊は神威としての重要な観念となっています。

 古来、日本人は言葉には霊力があり、不吉な言葉を口にすれば、不吉なことが起こると信じられてきました。それが忌み言葉となって、今でも私たちの生活の中で息づいています。縁起の悪い言葉を避けて、縁起のよい言葉を使う習俗です。

 俗なたとえですが、居酒屋のお品書きで見かける「アタリメ」はスルメの「摺る」を「当り」に言い換えたものです。

 言葉換えはいろいろなところに残っていますが、お気づきでしたでしょうか。特にご商売の中には独特のものがあるはずです。言葉の響きや語呂合わせ等、縁起の悪いものを避け、縁起のよい言葉を好む習俗が根付いて今日まで生き続けています。

 こういう話をしますと、大半の方は迷信とか意味の無いことと切り捨てますが、果たして簡単に片付けられるでしょうか。

 現代でも、キャッチフレーズは人を動かし、スローガンは人々のモチベーションを高揚させます。また、信仰の言葉化は重要な観念となることをご存知でしょう。

 いろいろな意味で、言葉は人の心を動かす作用としての側面を持っていることを忘れてはなりません。
 
 大昔、この言葉を使った呪詛(ジュソ)の時代がありました。「呪(シュ)」です。

 ある言葉を聴くことによって呪いにかかるのです。言葉、あるいは噂がその人の耳に届き、信号となって脳に達し、この外敵に抗せなければ心が蝕まれたり、体調を崩したりして呪が成立します。
 
 現代でも呪は実在します。ストレスという言い方に変わっていますが、呪は言葉です。

 その意味においては、現代は再び「言霊の時代」といえるかもしれません。相手に向けて発せられる言葉は、意識されたものであろうと無意識のものであろうと、原因不明のウィルスのようにわれわれの経験という免疫を軽々と乗り越えてやって来ます。

 この呪を解くのは容易なことではありません。気の持ちよう等で治るものではありません。心ではなく脳が反応したのです。

 鬱の方の中に、この呪にかかった方が多いようです。置かれた立場や相手の言動で、また、職場の上司の言動で発病された方がいます。

 また、潰瘍性大腸炎という難病になられた方は、まさに身近に居る者が使う、特異な否定形の言葉遣いに心身が反応してしまった結果のようでした。

 さまざまな方が、心の平静と開放を求めて、神社の空間(境内=神域)でご神気に浸りにお見えになります。一陣の涼風と共に、心身がクリーニングされることを祈ってやみません。

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