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頭痛の季節/六淫と気象病の話 【漢方医放浪記】

 気温と気圧の変動に加えて、梅雨特有の多湿な環境。体調を崩す人が多いように感じます。数日の間に幾人も頭痛の訴えがあり、それぞれの治療が奏功しましたので、理論と併せて記録しておこうと筆を執りました。

 ある妙齢の女性は、ひどく疲労がたまっていて、脾胃も腎も虚していました。疲労が精神にまで影響を及ぼす状態でしたから、こういうときには帰脾湯きひとうの出番です。肝気鬱結と胃熱も伴う複雑な病態でしたから、柴胡さいこ山梔子さんししを加えます。これで快方に向かっていましたが、昨今の異常気象の中でひどい頭痛をきたしました。吐くほど激しい頭痛であって、脈をみますと沈・遅・やや大・上焦浮。冷えて水が溜まり、気逆と水逆です。これは工夫が必要と判断し、呉茱萸湯合五苓散ごしゅゆとうごうごれいさんを処方しました。30分以内に効果が現れ、翌朝にはすっかり頭痛は消えたそうです。

 またある貴婦人は、更年期障害に悩み抜いた末、私の外来を訪れました。加味逍遙散が奏功しましたが、慢性的な頭痛が治りません。根本に太陰病位の裏寒証がみられましたから、呉茱萸湯を加えたところ、数日以内に頭痛が軽快しました。ところが台風の影響か、悪天候に重なるように頭痛発作が再燃して、これは経絡治療が良かろうと鍼を併用しました。手三里、肩井、足三里の左右6箇所のみ鍼を打ち、気鬱を解除すべく指先から気を送り込み、気の流れを治しました。すると10分ほどで頭痛が和らぎ、彼女は晴れやかな表情で診察室を後にしました。

 長年の片頭痛に悩む青年を診察すると、腹部に特徴的な所見がみられました。臍の右側に圧痛点があり、これが頭尾側に貫くように張っています。季肋部では苦満し、鼠径部に索状の圧痛部位がありました。聞くと、寒冷刺激や多湿の環境で頭痛が起きやすいといいます。これは典型的なせんです。当帰四逆加呉茱萸生姜湯とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとうを処方したところ、それから一度も頭痛を起こさなくなりました。


 古来より気候は体調に影響を及ぼすことが知られており、それは六の邪として説明されます。

 風・寒・暑・湿・燥・火を総じて「六淫」といいます。淫の字が卑猥な印象を与えかねませんので、最近では「六邪」とか「外邪」という表現も見かけますが、すべて同義語です。

 寒は寒冷刺激、暑は暑熱刺激、湿は多湿刺激、燥は乾燥刺激とイメージがつきやすいものの、「風」と「火」が難解です。

 私見ですが、火邪かじゃは限局的な高温刺激と考えます。例えば猛暑の屋外や高温サウナは「暑邪」で、熱い風呂や不適切な温熱カイロ、灸などは「火邪」と捉えます。

 一方の「風」は極めて厄介なもので、一般に解釈されるようなピューと吹く!ジャガー風(wind)ではありません。吹き流れる風を生み出すのは地球の自転と気圧差ですから、言い換えると「空気の変化」が「風」であろうと私は解釈します。さらに風邪ふうじゃは体内を縦横無尽に駆け巡ると云われておりますから、変化という現象に加えて、物質的には「(細菌やウイルスなど)微生物あるいは(自己抗体など)免疫反応を惹起する何か」と捉えると、病態把握と治療戦略の理解に丁度良いように感じます。


 いわゆる「気象病」は、漢方医学的には「風」と「湿」の病です。

 「気」は通常、頭から足の方向へ流れるものですが、低気圧変化は気を逆流する方向に働きます。気の量が充分ならば取るに足らない変化であっても、元々が微弱な流れだと大いに影響を受けて滞ったり(気鬱)逆流したり(気逆)します。湿度は浮腫に結びつきますから、身体の色々なところに水が溜まってむくみます。気や血の流れが悪いところには水が溜まり易く、頭に水滞が起きれば頭痛を生じ、胃腸に水滞が起きれば消化不良や下痢をきたします。

 水滞がそれだけで存在することは稀ですから、その背後には気の異常か血の異常があるはずです。言い換えると、むくみは結果ということです。

 気虚のある方は気を補うことを、瘀血のある方は血流を改善することを意識するのが良いでしょう。具体的にはどうすればいいか。そのヒントは拙作「漢方医放浪記」シリーズを含む医療記事にあるかもしれません。


 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方がこの梅雨と猛暑の季節を、健康に過ごせますように。



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