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カルテと4歳児

 自分で自分の治療をしている関係で、我が家では漢方薬が日常です。私よりもずっと複雑で深刻な病状の妻についても、医者に匙を投げられてからは私が主治医ですから、必要に駆られた結果、薬棚には漢方薬が溢れ返っています。

 病名は伏せますが妻は医者から三度みたび「死が近い」と宣告されました。三人の医者から別なタイミングで其々云われていることですから、残念ながら相応に信憑性のある現実です。

 幸いにして小康状態を保つ彼女を見守りながら、私は今日も仕事と家事と育児に勤しみます。

 電子カルテとは別に、家で紙カルテを書いています。電子カルテですと誰の目に触れるかも分かりませんし、図示するのは手書きが一番ですから、今のようなスタイルに落ち着きました。

 私が妻の診察をしたり、漢方薬を煎じたり鍼灸治療をしたりする様子を、子ども達は物心つく前から見ています。いつしか息子も娘も体調が悪いと「しんさつしてー」とか「かんぽー」などと言うようになりました。求められるままに診察して所見を口頭で伝え、病態と治療法を提案します。

 ひらがな習得中の息子が、カルテに興味を持ちました。子ども達には漢方関連の勉強になる小冊子を2冊ずつプレゼントしましたが、いつの間にか各々熱心に読んでいたらしく、カルテの腹診図をみて息子が「ええーっ!こんなんなってるの?ヤバすぎでしょー!」と言いました。見て分かるのか問うと、「なんとなく。」とエルリック兄弟のように応えます。その隣では娘が兄の動きをコピーしながら、概ね内容を理解しているかのように振舞います。こいつら本当に4歳と2歳かと、時折恐怖を感じます。

 ある日、息子が「ねぇパパ、俺も診察してほしい。」と言いました。どうかしたのと訊ねると、「なんかお腹のこのへん、振水音しんすいおんがするかも。」と言うのです。診ますと、たしかに僅かですが振水音があります。それよりも気になる所見がありましたから、口頭で伝えたところ、自分にもカルテを書いてほしいと息子は言います。然らばそうしようと折り紙の裏側に、息子のカルテを書きました。

 これは胸脇苦満きょうきょうくまん。それから腹皮拘急ふくひこうきゅうがあるね。左側に臍傍圧痛さいぼうあっつうもある。イライラしない?と言いますと、息子は「する」と応えます。脈は浮弦。肝が実し脾が虚しています。すると柴胡桂枝湯さいこけいしとうがよいでしょう。

 息子に処方を伝えると、彼は「それ苦いやつ?」と顔を顰めます。どうやら柴胡剤が苦味のある漢方薬だということを憶えたようです。苦いやつだね、と私は考えます。飲みやすいように工夫しましょう。柴胡桂枝湯加黄耆膠飴のニュアンスで、黄耆建中湯ベースに小柴胡湯を加えます。これを與えると、息子は旨そうに飲み干しました。

 息子は折り紙カルテを大層嬉しそうに眺めてから、くるくると筒状にまるめて自分の容器に仕舞いました。寝る時も手放さず、翌朝も取り出して、なにやら呟きながら眺めている姿がありました。

 その傍ら、娘も診察してカルテを書きますと、彼女はそれを握りしめて薬棚のほうにトコトコと駆けていきました。何をするつもりかと見守っていたところ、自分でゴソゴソと引き出しを探って、エキス製剤をひとつ持って帰ってきました。

「これ、けいしとう?」

 桂枝湯です。合ってます。君は字が読めるのか。それとも勘がいいのか。どちらにしても末恐ろしいことです。私は桂枝湯を計量して、彼女に與えました。娘は旨そうに飲み干して、かんぽー、と言いました。



 子どもに親の仕事を見せることには、賛否あるかと思います。良い面も悪い面もあるでしょう。しかし私にとって医者とは生き方ですから、隠しようもありません。

 私は自然体に、やってみようと思います。



 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、次世代の生きる未来が明るく幸せでありますように。




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