見出し画像

「武器軟膏」から考える藪医者の恐怖

 武器軟膏ぶきなんこうというものがあります。

 ああアレね、と思い至る方は相当の医療マニアとお見受けいたします。
 武器軟膏なら昨日塗ったよ!という方がいらっしゃいましたら、騙されている可能性がありますから御注意くださいませ。

 武器軟膏は16世紀から17世紀の西欧で流行した画期的な治療法です。怪我をしたときに傷の原因を作った武器の方に薬を塗るという今では考えられないような方法が大真面目に行われていたそうです。

 きっとこんな感じだったことでしょう。

患者:畜生、剣で斬られた傷がいてぇ…
医師:どれどれ…おや、これはいけない。どの剣で斬られたのかね。
患者:必要かと思って相手から奪ってきたんだ。そこに置いてある。
医師:素晴らしい。では武器軟膏を塗るから貸してくれるかい。
患者:はいよ。
医師:(剣に怪しげな軟膏を塗る)…さぁ、これで大丈夫。この『共感の粉』の効果が間もなく現れるだろう。
患者:いてて…!
医師:!!傷が痛むかね。痛むだろう。さっきより痛いかね。ん?
患者:痛い。さっきより痛いような気がしてきた。
医師:そうだろうそうだろう。それは武器軟膏の効果だよ。すぐに治るから安心したまえ。
患者:先生、俺の傷には何も塗らないのかい?
医師:要らん。適当に水で洗って包帯でも巻いておきなさい。
患者:大丈夫かなぁ…。洗うけどさ…。いてて。

武器軟膏による治療風景

 この武器軟膏が恐ろしいのは、当時の他の治療法よりも高い効果があったということです。

 一体なぜ?

 もちろん武器に塗った薬が傷口に効くことはあり得ません。ただ、武器軟膏以外の当時の治療法が、ことごとく病状を悪化させていたという絡繰です。衛生観念が乏しく感染症のなんたるかも分かっていなかった頃、効くはずだと信じられていた「医療」の多くが不衛生で見当違いなものだったのです。
 すると、傷口に何もしていない武器軟膏は自然治癒力を邪魔しませんし、適当に水で洗って包帯を巻いておくというのは、創部を清潔に保つことであり、現代に通ずる基本的な処置でありました。

 不適切な医療は、却って病状を悪化させる。

 それは現代医療も同様です。
 不要な抗菌薬はヒトに必要な常在菌を殲滅して病を作り、耐性菌を増やします。無駄な薬は内臓を痛め、過剰な放射線検査は被曝によって遺伝子を傷つけます。誤診に基づいた症状を和らげるだけの治療は、診断の遅れを招きます。

 『有病不治、常得中医。』

 これは約二千年前の中国で編纂された『漢書・芸文志』の一節です。
 「病気になったときに治療しないでおくことは、中程度の技術をもった医者の治療を受けるのと同じことだ」という主旨であり、藪医者にかかると病状が悪化することを意味しています。

 現代の医療者も、この言葉を肝に銘じておかねばなりません。直向きに勉強を続け、敬意を忘れずにいきましょう。

 

 拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございます。願わくは、貴方の出会う医療者が「中医」を超える良医でありますように。




#共感の粉 #とは #武器軟膏 #の隠し味
#藪医者 #こわいこわい
#自分もそうならないように常日頃研鑽を積みながら人に真摯に向き合うことを忘れない
#有病不治常得中医 #大切にしている教え
#業界あるある #風邪に抗菌薬を希望する人
#エッセイ #医師 #呼吸器内科医 #漢方医

この記事が参加している募集

業界あるある

ご支援いただいたものは全て人の幸せに還元いたします。