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「機会があれば」は実現しない話

 耳の痛い話ですが、備忘録も兼ねて。

 それは私がまだ研修医の頃のことです。移植手術の第一線で活躍する名医と数人で食事をする機会に恵まれました。今振り返ってみてもアレは稀少なことだったと、背筋の凍る思いがします。

 雑談の中で、ふと訊ねられました。

「渡邊君は国外留学するつもりはあるのかい?」

 咄嗟に「機会があれば」と応えた私を、先生は渋い顔で見てから視線を外し、手元のグラスを傾けてグイとひとくち飲んでから、残念そうに言いました。

「これは私の経験的なことなのだけれど、『機会があれば』は実現しないんだよ。」

 心を見透かされたような感覚がしました。それはその通りかもしれません。するかしないかという問いではなくて、質問自体が「するつもりはあるか」というものでした。それにあるとかないとかではなくて、機会があればと答えるのは、実に消極的で曖昧な態度です。研究や外科的技術を習得する以外に国外留学のメリットは乏しいと私は考えますから、すると内科領域の臨床家を目指していた当時の私には、実は国外留学の意思など毛頭なかったのです。

 実際に私は国外留学しませんでしたし、予定もありません。祖父や曽祖父のように国外で医学研究や医療活動をしたかったような気がしないでもないですが、なんだかんだ日本が好きなので、きっとこのまま過ごすのでしょう。


 でもさ、いいじゃん、そういうの。

 もっと気楽にいこうよ。肩の力ぬいてさ。


 最近になって漸く、そう思うようになりました。とても感覚的なことなのだけれど、遠い昔にかけられた呪いが解けたような、爽やかな気分です。

 貴方の心に引っかかっているトゲのような言葉はありませんか。そっと教えて下さったら、

『でもさ、いいじゃん、そういうの。』

と軽く流して解呪のお手伝いいたします。



 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方の日々が軽やかで楽しいものでありますように。




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