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ジョージ・フロイドさん事件で元警察官に有罪評決。ロドニー・キングさん事件から30年目の大きな1歩:映画『LA92』と『ラターシャに捧ぐ』

2020年5月25日にアメリカ・ミネソタ州で発生した黒人男性ジョージ・フロイドさん暴行死事件の裁判で、殺人罪などに問われていた白人の元警官に対する評決が2021年4月21日に出されました。陪審はすべての罪状について全員一致の有罪。今回の事件と同様に、男性が偶然にホームビデオで暴行の現場を撮影、メディアを通じて世界に配信されて人々を驚愕させたロドニー・キングさん事件から奇しくも30年。状況は大きく改善するのでしょうか……。
(トップ画像は事件を象徴するH.E.R.の「I Can't Breathe」)

黒人男性ジョージ・フロイドさんを絞殺した元警官に有罪の評決が出され、歓喜する人々 (2021年4月21日 ニューヨークタイムズ・ツイート)

ーージョージ・フロイドさんの首を膝で押さえつけ死亡させたとされる白人の元警察官デレク・ショーヴィンに対して、有罪の評決が下されました。これはブラック・ライヴズ・マター運動の一つの成果ですね。

藤田正さん(以下、藤田) 書籍『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』でさんざん書いたけど、BLM運動って、黒人やその他の有色人へ向けられた、警察機構の無茶苦茶な暴力に対する抗議行動である、とも言えるわけです。その象徴の一人がジョージ・フロイド氏。彼は約1年前、2020年5月25日に、ミネソタ州ミネアポリスで警官から20ドルのニセ札使用の嫌疑をかけられ、施錠され、さらにパトカーからわざわざ路上へ引き倒され警官たちによって押さえつけられました。

――デレク・ショーヴィンはその中心的警察官(当時)。「息ができない」とうめくフロイド氏を、9分29秒もの間、ずっと自分の膝を使い上から氏の首をおさえ続けた。まさに殺人ですよ。

藤田 そうです。いわば公開処刑です。この惨劇を、通りがかった黒人の少女がスマホで動画撮影していたわけ。動画は一気に拡散され、BLM運動がものすごい勢いで再燃した。

――歌にもなった「8分46秒」でもありませんでした。

藤田 公判の中で、9分以上もショーヴィンが首に圧力をかけていたことが証明されました。それもこれも少女の動画があったからだし、副次的に警察官の着用カメラ(ボディカム)などの画像も併せてデレク・ショーヴィンらの悪行が明らかにされていったんです。

――今回の評決は、プロテニスの大坂なおみさんも、そして全米の心ある人たちも高く評価しました。

藤田 多くの人たちが感激して抱き合い涙を流していたよね。それはね、ぼくも含めて「どんなに明確な証拠が揃っていでも無罪評決となるのでは?」という疑念が背景にあったからです。ショーヴィンを弁護する立場からは、フロイド氏が薬物依存の男だった、だから直接的な死因はショーヴィンによる首の圧迫じゃないと。さらにフロイド氏のガールフレンド……コートニー・ロスさんという白人の方ですが、彼女も薬物依存でフロイド氏は苦しんでいたことを証言していました。ぼく、やばいな~って、あくまで印象的ではありますが、そう思っていました。『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』には黒人が歴史的に、どれどほ法的に不当な扱いを受けてきたかを書きましたが、ブラックのみんなは「今回も白人警官の勝ち!」と心のどこかで覚悟していたはずです。

――大きなうねりとなったBLM運動がこの「常識」を覆した。

藤田 ぼくの感想ではそうですね。この1年、黒人だけじゃなく、LGBTQ、白人のお母さん、そのほか多様な人たちがストリートに出て、声を上げ、「もう差別は許さない!」と叫び続けた。政権も、悪魔のドナルド・トランプ政権から、ジョー・バイデン政権に代わったから……と言えるけど、それにしても、今回の「デレク・ショーヴィンは有罪!」はすごいことだと思う。

――バイデン大統領も「大きな前進だ」と語っています。

藤田 ま、大統領らしい政治的な発言です(笑)。それよりも、今や大人気のシンガーであるH.E.R.(ハー)の「I Can’t Breathe」とか、大坂なおみさんの抗議行動とか、みんながそれぞれぞれの立場で、警察改革や人種差別撤廃を訴えかけてきたことが、今回の評決をバックアップしたんだと思います。ただし、有罪と宣告されてもショーヴィンの量刑自体はまだだし、「共犯」とされる当時の警察官3名は8月に公判が始まります。「正義がどうなるのかわからない」、と思っていたほうがいいでしょうね。

暴動の起こった30年前と何が大きく変わったのか?

――1991年に起こったロドニー・キングさん事件から、ちょうど30年です。

藤田 不思議な関係性だよね。キング氏の事件は色んな意味で歴史を変えました。地域が壊滅的な状態になったいわゆる「ロス暴動」のきっかけとなった裁判につながる事件です。『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』には、ぼくの事件現場の印象も加えながら書きました。事件の発生は1991年3月3日。黒人のキング氏が路上で警官たちにメタメタに暴行されるシーンを、当時のビデオカメラで一般人が撮影していた。その点でも歴史的だった。

――「ロス暴動」の全容が捉えられているドキュメンタリー『LA92』は全編がYou Tubeで無料公開されています。本編を改めて観て気づいたんですが、警察は無線での報告の際にごくあたりまえのように「Nワード」を使っているんです。(※Nワードは黒人を侮辱する言葉)

藤田 そうですね。怪しいと思ったブラックには、当たり前のように「Nワード」が使われているということでしょう。パトカーの中に、黒人の同僚がいたとしてもね。

――ジョージ・フロイドさんの事件では、30年前とは異なり、陪審員の選択が「慎重」に行われたのが象徴的です。

藤田 そう。キング氏の事件では、ぼくに言わせれば警察官を無罪にさせるために、陪審員の人種構成も、裁判を行う場所もかえた。まさに、ふざけるな!なんだけど、これは法律をどう「利用」するか、その闘いだから。『LA92』はぜひ観ていただきたい。だからこそ今回の「ジョージ・フロイドvsデレク・ショーヴィン」は、みんなの勝利なんですよ。

――もう一つ、「ロス暴動」における怒りを増幅させたとも言える、ラターシャ・ハーリングさん殺害事件もありますね。

藤田 そう! キング氏の暴行事件に隠れてしまっているけど、万引きを疑われたまったく無実の15歳の黒人少女が、地域の韓国人経営ショップの女性によって撃ち殺された事件です。コリアン~アジア人と地域黒人の、対立が明確になった。殺したコリアン女性の量刑の軽さも、黒人たちを怒らせたんです。これは昨年(2020年)から一気に噴き出したアジア人への暴行事件と、根底でつながっています。この時、彼女の命は「(オレンジジュースの価格の)1ドル79セントなのか?」と言われました。フロイドさんも「黒人の命は20ドルか?」と言われたように。

ーー「有罪と宣告されてもショーヴィンの量刑自体はまだだし、正義がどうなるのかわからないと思っていたほうがいい」と言われたのはこのときの件があるからですね。

藤田 はい。ラターシャ・ハーリングさんを描くネットフリックスの短編『ラターシャに捧ぐ~記憶で綴る15年の生涯~』は、アカデミー短編ドキュメンタリー映画賞ノミネートされています。19分の短い、誌的な作品なので、ぜひご覧になってみてください。

『LA92』/ナショジオフィルムズ 全編が無料公開中


『ラターシャに捧ぐ~記憶で綴る15年の生涯~』原題:A Love Song For Latasha(2020年)予告編/Netflix


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