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娘はN高生

(2024年1月から一年間。親子でニュージーランドに滞在予定です)

現地の高校に一年間留学。
こんな夢のような話。娘がうらやましくて仕方ない。

決断

「〇〇(息子)とニュージーランドに行くことにしたけど、一緒に行く?」

と、突然聞かれた娘にとっては、学校もバイトも勉強も充実した今の環境、安心安全な日々の暮らしから離れることがどういうことか、なかなかイメージしにくいことだったと思います。

(私だってよく分かっていない)新しい世界へ・・・それを想像すると、とても不安で最初はかなり悩んだようです。

しかし、そんな悩みも24時間は続きませんでした。すぐに「行く!」とご決断。

「じゃ、一緒に行ってみようか。」とキッチンの床に座り込んで2人で握手したあの瞬間。きっとずっと忘れないだろうな。

中高一貫の女子校

娘は中高一貫の女子校に通っていましたが、感受性の強い彼女にはとても厳しい日々でした。

ルール違反をした子がいると、もちろん先生は怒るのですが、それを異常に怖がる(自分は怒られていないのに)
周りの子たちのイライラとした感情(そりゃ思春期ですから)を、自分ごとのようにもろに受け止めてしまい、苦しい
好かれすぎて、行動を束縛され、断れずに泣く、泣く、泣く

これらは「女子校」とも「中高一貫」とも全く関係ないし、きっとどの学校に行っても同じことになっていたのではないかな、と今では思います。

ただ、ルールがある程度厳しいレベルだった、ということには関係していたと思います。

髪の毛の長さ、ヘアピンの種類や色、スカートの丈やスマホ持ち込みについて、どこの学校も何かしら規則があると思いますが、それを破る子は必ずいるわけで。そのギャップが激しいのが娘の学校だったと思います。

きっとそんな中でも自分の過ごしやすい仲間を見つけ、うまくやっていける子は楽しめるのだろうな。

だけど、繊細な子はとくに、こういうちょっとした束縛に「なんで?」という違和感を抱いて、周りに合わせられない。娘はこういうルールをしっかり守るタイプだったけれど、守る子と守らない子がどうしているのか。そもそもどうして守らないといけないのか。そんなことと日々葛藤していました。

トラブルに巻き込まれないとか、集団の中での調和を重んじるとか、さまざまな理由があるだろうけど、その前にこの貴重な年代にとってもっと大切なことってあるんじゃないか、こんなこと(と言ってはいけないけれど)に悩んでいないで、もっと頭と心を使うべきところがあるんじゃないか・・・。

「こうしなければいけない」という制約の中で、自分の個性を出せない。
誰もがそのルールに従うべき、同じであるべきという視線と言葉を投げかけられ、息苦しい。書いていて気づいたけど、これって息子(弟)と全く同じだ・・・そして若い頃の私にも。

N高等学校

絵を描くことが好きで、100均のスケッチブックを何冊も使い終わるようになったある時、娘にiPad proとApple Pencilを与えてみました。そしてデジタルイラストに没頭するように。

中高一貫校の全てではないのかもしれませんが、娘の中学校は入学の時に「私は高校まで通います」のような「誓約書」の提出が必須でした。

いじめがあったわけでもなく(ほぼそれに近いほど言葉に傷つくことは日常茶飯事でしたが)、ただその環境が合わなかった。苦しかった。それでも先生はとても親身に話を聞いてくださったりご対応いただき、感謝しています。娘は本当に恵まれていました。

なので、学校が悪かったわけではないと思います。やはり、時代というか環境というか、その空気を受け止める娘の繊細さが、悲鳴をあげていたのだと思います。

絵が好きなら市内の美術科がある公立高校はどうかな、と思い見学に行きました。しかし毎日朝から晩までデッサン。その光景は大昔の私が憧れ通った美大芸大予備校そのもの。私はもちろん「楽しそう!」と思いましたが、娘のことを考えると・・・何か違う。

「先生、こちらの高校ではデジタルはやらないのですか?」と聞いてみたところ、
「やりません。大切なのはデッサン力を積み上げて、美大・芸大に受かること」

のようなことを説明されていました。
ごもっとも。
しかしそれって、私が学生の頃と何も変わっていないんじゃ・・・

絵は好きだし得意だけど、他にもたくさん興味のある娘に、今から美大・芸大を目指せとは言えない。本人も「何か違う」と気付いたらしい。

もっと自由で、娘の大好きなデジタルを取り入れて、可能性をもっと広げられるような学校ないかな。

(もちろん、最初から美大・芸大を目指したい子にはかなり素敵な環境だと思います。私も高校からあんな美術科に通ってみたかった。デッサンについては絵に関係のないどんな人にも必要と思っているほど。その大切さは身に染みています。その話はまた長くなるので別の機会に。)

そしてさまざまな学校を研究して決めたのは、通信制のN高等学校だったというわけです。

N高入学で変わったこと

こうして「絵を描きたい」という前向きな理由を持って面談に挑み、中高一貫の学校を途中で辞めさせてもらい、新たな高校生活が始まりました。

学校から「逃げていく」のではなく、きちんと卒業して前向きな気持ちで次のステージへ行かせてやりたかった、というのが親である私の本音です。そうすれば本人も少しは楽に新しい世界に入れるかな、というおせっかいなのでした。(そんなおせっかいは不要でしたが)

入学試験というものが一応ありましたが、その年は一つのトピックについてグループで話し合うという内容でした。その時からすでに娘は生き生きとしていました。

「過去か未来、行けるとしたらどちらに行きたい?その理由は?」というお題が出たけど、みんな未来と言っていたよ。でも私は過去!みんなどうして自分の生きてる時間しか考えないのだろう?私は恐竜時代が見てみたい!!

「楽しかった〜」とニコニコで試験会場から出てきました。みんなと違っていい、みんなに合わせなくていい、その開放感からか、娘は地面から浮いているように見えるほど。

N高は通学コースが素晴らしい

通信制といっても、N高には通学コースとネットコースがあり、希望すれば(そしてもちろんお金を払えば・・・)通学ができます。

週に1日、3日、5日を選択することができ、娘は週3回の通学コースへ。

学校のサイトを見てもらえれば仕組みはわかると思いますし、きっとこの学校について説明しているYoutuberさんがたくさんいらっしゃると思うので、詳細は省きますが・・・

娘にとって、キャンパスは本当に素晴らしいものでした。
学校に通学する、と言っても学校で机を並べて国語や数学を勉強するわけではありません。それらはおうちで(ネットで)やってねというスタンス。

では学校で何をするかというと、一番(娘から聞いて)印象に残っているのは、グループコーチング。

自分は何に興味があるのか、
これからどうしたいのか、
そうするには今何をすべきか、

など逐一先生と共有したり、グループで話して意見を聞いたり。

高校生という多感な時期に、こういうことをとことん考えられるって本当に素晴らしい環境だと思います。今はどうか知りませんが、昔は大学生が就職する段階になって初めて「自分探し」をしていたイメージです。

また、入試であったような、一つのトピックについて賛成と反対のグループに分かれディスカッションなど。自分の意見も、相手の意見も尊重することをクラスの中でのびのびと学んでいきました。

学校にはMacbookを持参します。
Slackでやり取りをし、Adobeのイラストレーター、フォトショップなどの使い方からプレゼンの方法、Googleのドキュメントや表計算まで、社会人が必要とするツールをかなり覚えられると思います。

そんな学校生活の中で自然に、意見をまとめる、人前で話す、資料をまとめるなどの技術を身につけていきました。何よりも、「やりたいこと」を目指して行動するために、「何をすべきか」自分で考えられる、主体性が身についたと思います。

はっきり「自分のやりたいこと」が見つかっていなくても、メンターと呼ばれる先生がたが一緒に帆走してくれます。

人数の少ないキャンパスなのでアットホームな雰囲気。さらにメンターの優しさも娘には貴重でした。さまざまな経験や背景を持った生徒が集まる教室では、海外のトップ大学を目指すような勉強好きな子もいれば、ゲームにハマっている子もいるし、それぞれの得意を伸ばせる環境なのです。

1日が終わると、メンターは言うそうです。
「宿題は、また元気で学校に来ることー!」

こうして耳にはピアス。髪の毛を定期的に好きな色に染め、大好きな洋服で気分よく登校。「今日も可愛いピアスだね!」「その髪の色似合ってる!」などちやほやされることはあっても、その「見かけ」に関して誰かと同じにすることを強要されることもありません。

そして自分について考え、将来について考え、友達と意見を言い合い、パソコンのスキルを覚え、得意のイラストについてもデジタルを使いこなし自分でコンテストに応募、早朝から自分で起きてバイトに出勤。責任ある仕事を任されもう1年以上続けて頑張っています。

実は、娘が通信制を選んだ時、大半の高校生が朝から夕方まで科目の勉強をして、放課後はみんなと切磋琢磨しながら部活に打ち込む。という「日本の高校生らしい」生活を送れないのか、と少し残念に思いました。それもまた、私が昔憧れていたものだったのです。

しかし、参観日に人前で話す娘を見て仰天し、パソコンを使いこなしてプレゼンの資料作りを楽しむ娘の姿が頼もしくまぶし過ぎて、本当にN高を選び良かったと心から思いました。

ネットコースだけでも様々な課外授業などがあり大人でも羨ましくなる環境です。しかしお子さんの状況にもよりますが、人と関わることがそれほど苦でないのであれば、週1でも良いので通学して、メンターの協力を得ながら自分についてや様々なトピックについてディスカッションする時間をもつのは有意義だと思います。

どこのキャンパスもあのようにアットホームなのか・・・は分かりませんが。

留学に必要な手続き


これまでにないほど充実した学校生活を送っていた最中の「留学する?」提案。
それでも行こうと決断できたのはN高で過ごした日々の中で勝ち取った自信があったからだと思います。
2年生の夏には1人で沖縄校まで行き、4泊5日のスクーリングも無事に乗り越えました。

そして、
「家族で一年間留学したいんです」
「だけど日本の高校も卒業しておきたいです」
なんてわがままな私たちの願いを叶えてくれた学校。

週3日通っていた娘は、後ろ髪をひかれながらも、留学のためにこの秋には完全ネットコースに移行しました。

学校には留学課という部署があり、なんでも相談ができます。英語の勉強方法についてはもちろん、資格の紹介、エージェントも紹介してもらえます(うちは利用しませんでしたが)

そして私が1人でモンモンと手続きに悪戦苦闘していたときに、以下のものが全て英文で必要となったのですが、すぐに対応してくれました。

・成績見込み証明書
・先生からの推薦書(進学用)
・学校についての紹介文

各書類は確か1000円。全てオンラインとメールで完了。開封ができない書類はニュージーランドの留学先の学校へN高の担当先生から直接メールで送信してくださいました。

学校を通した留学でもないのに、在校生の親が勝手に計画を立てて勝手にリスクを背負って個人的に行く留学なのに。全てこうして必要なものを揃えてくださり、本当に助かりました。

娘がN高に入った時、実はうっすらこんな留学ができたらいいなと思っていました。
最後まで不安だったのは、
・年2回(3日くらい)のスクーリング(オンラインではなく実際に校舎に登校)
・年度末の単位認定試験への出席
が必要なことでした。

しかしこれらも、
スクーリング2回のうち1回はオンラインでOK、
残る一回は単位認定試験と同じ頃にまとめて出席、
ギリギリまで日程変更を希望できる、
などして一年間の留学中に一度も帰国することなく乗り切れることが分かりました。

日々のレポートなどは現地の学校と両立しなければいけませんが、本人曰く、楽勝とのことです。

こうして苦しい中学校生活から新たに挑んだ高校生活。充実したその暮らしを勝ち取った矢先、今度はそこからも飛び出し海外の学校へ。

また友達関係から語学の問題、生活の変化など、親が一緒とはいえたくさんの試練を乗り越えていくのだろうな。その時々に決断し、選択してきたことが人間を作っていくこと。自分の若い頃を思い出しながら、娘の成長を見守ることでもう一度私も楽しませてもらっています。

出発まで残すところあと50日。
楽しみ、楽しみ!

N高等学校については、娘の日々の姿を見て感じたこと、聞いて勝手に思い込んだ私の個人的な意見も含まれています。ご参考にして頂けましたら幸いです。

サポート頂けたら嬉しいです!自分の世界をどんどん広げ、シェアしていきたいです。コツコツ階段を登り続け、人生を楽しみ尽くします。