スルリと現実が動く時

ちょっと前まで、橋本病という病気で毎日薬を飲んでいました。薬を飲み始めた頃は、これは一生飲まないといけないと言われ、命に関わるようなものではないにせよ、30代にして病人になってしまった…と少し落ち込みました。

橋本病とは、疲労感がすごく、体がむくんだり、頭がボーッとしたりするというのが主な症状らしいです(こわいからよく調べなかった。調べたらますますその通りになりそうだから)。

私は体はむくみませんでしたが疲労感がとにかくひどく、頭がボーッとして人の話をよく聞けないしうまく話せない、ということにとても困っていました。

出産後に判明して薬を飲み始めたので、かれこれ6,7年ほど毎日薬を飲んでいたんですが、ある時ふと「やめたいな」と思ったんです。その薬自体はとくに副作用はないものだと説明は受けていたし、実際そうでしたが、でも薬は薬で食べ物じゃないし、いつかはやめたいと。

そういう決意のようなものが芽生えてから診察の日に病院へ赴くと、なんと先生は「え〜、もうお子さん二人目は望まないということですし、お薬やめてみましょうか?」と仰るではありませんか。え?この薬とは一生の付き合いって、あれほど言っていたよね?いつの間にか私だけが知らない間に、薬を飲むのは第二子を無事に産むため、に路線が変わっていたのか?とビックリしました。と同時にその時私は「あ、現実ってこんな風に、目眩ましのような感じてスルッと動くんだ」と思いました。

この何年かの間にも、やっぱり薬をやめたいと思ったことは何度かあって、勝手に薬の量を減らしてみたりしていました(いい子は真似しないでね♡)でもそういう時は必ず「あー、数値が悪くなっちゃってますねー」と言われ、かえって薬を増やされていたんです。

今回は薬を勝手に減らしたわけでもなく、先生に「やめたいです」と訴えたわけでもないのに、アッサリそういう運びとなりました。経過観察はこれからも続くので、数値が悪くなり過ぎたらまた飲むこともあるのかも知れませんが。

それで今回私が言いたかったのは、「薬を勝手に減らしてかえって増やされた時とは一体何が違うのか」っていうことです。一言で言えばそれは、「意図」ではないかと思っています。意図。インテンション。

満月の夜に宇宙に向かって願いを大放出したわけでもないのに、静かに事が良き方向へと進む。ピッと最短距離で。それが意図の力なのではないでしょうか。小さく2,3回思っただけ。そうしようって。

結婚する時もそうでした。相手もいない、結婚できる見込みなんてまるでないときに、なぜか突然「さあ、そろそろ結婚するかー」って思ったんですね。別に私が相手を選び放題のいい女だった、ということではありませんよ。ただ突然、ふとそんな思考が湧いたということです。そしてそれからの展開は早かったように記憶しています。その辺りはいつかまた書いてみたいと思います。

でもこの意図って、できる時とできない時があるんですよねー、常人には。例えばいま私は金欠ですが、お金がやってくる気、全然しない。お金プリーズ、現金プリーズ、は意図じゃない。どうすれば…。

「そうだ、お金、もらおう」かな?

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