せいのかつひろ

しがない物書きです。 自分の好きなものをつらつらと。 短編小説を主に書きます。 ハッ…

せいのかつひろ

しがない物書きです。 自分の好きなものをつらつらと。 短編小説を主に書きます。 ハッシュタグでシリーズをまとめていく予定です。 シリーズと言いつつ、お話は繋がっていません。 現在は #たしかに恋だった #一千枚の書置  で検索頂くとお話が読めます。

最近の記事

柔らかい光の悲鳴

 音がする。パチパチと弾けるようなそれは、耳の奥の固くなっているところを撫で続けて、非常に不愉快だった。 「そんな不貞腐れていないで、もっと素直になるべきだよキミは」  勘違いも甚だしい言葉を投げかけられ、視線を逸らす。暑い。揺らめく視界の中、何か、何かないかと泳いでみる。泳ぐ、泳ぐが、直ぐに息は切れ、堪らず呼吸が漏れる。  しまったと思った時にはもう遅く、嬉しそうに男はニヤついて、そして私の心臓を掴んだ。嫌だ、嫌だ。そう思っても、そこを掴まれても身動きが出来ない。途切

    • 「おめでとう」

      「本日深夜2時8分、第一子が産まれましたー!」  昼休憩。 スマートフォンを見ると、そんな通知が届いていた。 もう直ぐ梅雨が明ける。 そんな季節の外仕事は、もうじき三十を迎える体には結構堪える。 スマートフォンの液晶に滴る汗を、雑にシャツの裾で拭ってからポケットにしまう。 返信は飯を食ってからだ。  彼女と俺は十年前、友人の友人として知り合った。 その時は互いの友人も交えての飲み会だったので、ほんの少し話をした程度だった。 四年ほど経った頃、偶然飲み屋で再会し、それから

      • 明日にはきっと

         テーブルの上には、離婚届。 二人の印が押されている。 テーブルを挟んで向かい合う男女。 男は無表情にテーブルの上で手を組んで離婚届を見つめている。 女は驚愕の表情を浮かべ、紙切れと男を交互に何度も見ていた。  やがて、女がいつものように叫ぶ。 「……しんっじらんない! あんた、どんな神経してたらこれに名前書けるの!? 判を押せるの!?」  女は叫びながら、テーブルを思いきり叩く。 深夜にこれだけ騒げば苦情の一つも入りそうなものだが、高級タワーマンションの一室はしっか

        • 記憶にまつわるあれこれ

          「ただいま」  パートから帰宅し、マコトは玄関で傘の水を落としながらぼそりと呟いた。 その声に応える声はない。 それでも、マコトは声を掛け続ける。 「……ハジメさん、お腹空いたでしょ。今から晩御飯の用意しますからね」 灯りのないリビングを通り、柵が付いた部屋の襖を開け、声を掛ける。 部屋の中には、マコトを虚ろな目で見つめ、言葉にならない呻き声をあげる男の姿があった。  夫のハジメが認知症であると診断を受けてから、マコトの生活は一変した。 もう会話もままならない夫のため

        柔らかい光の悲鳴

          飛べない鳥、揺蕩う海月

           夜の明かりは、直視出来ないほど目に痛い。 私は眩しすぎる都市の中心部から視線を僅かに右、広がる海へと逸らした。 夜の海は宵闇に溶け、姿を隠す。 打ち寄せる波と潮騒だけが、その存在を主張していた。 光のない空間を見つめていると、少しずつ明暗を認識しなくなっていく。 いつか、その中に呑み込まれてしまうかもしれない。 そう思うと、私は無意識に服の裾を握りしめていた。 ただ、眩しいよりはずっとましだとも思う。 あの光輝く街並みよりは、ずっと。    ぼんやりとそんなことを考え

          飛べない鳥、揺蕩う海月

          さよならの準備をしよう

          「明日世界が終わるとしたらさ」 「え、なにその寒い例え話」 そう言って彼女は俺を嘲笑う。 液晶から目線は逸らさない。 「……だよな」 それが普通の人間の反応。 子どもが話すならまだ分かるが、良い歳をした大人が真面目に話す内容ではない。 「暇なら洗濯物たたんでおいてよ」 「了解」  立ち上がり、ベランダに干していた二人の洗濯物を取り込む。 最近はあまり家から出ていないので、この作業ばかりしているような気がする。 最初は彼女にたたみ方がなっていないと窘められ、何度も作業

          さよならの準備をしよう

          幽かな透明

          カタカタ。カタカタ。  窓枠が揺れる。 どんな夢を見ていたのかは忘れたが、目覚めたことを後悔するくらいには、それなりに心地の良い夢を見ていた気がする。 カタカタ。カララ。 誰かが窓を開く。 ベランダへ出たようだ。 なるほど、漏れる春の日差しが眩しくて、目が覚めてしまったのか。 ならば、春を呪うしかあるまい。 夢を見続けられるのなら、その方がずっと良い筈だから。 「――」 調子はずれな音。 ただ、声は澄んでいた。 聞いたこともないメロディを、ご機嫌に口ずさむ誰か。 た

          いつか君が聞いていた歌

           霜月も折り返し、時折雪が降るようになった。 人は皆白い息を吐きながら、何処かへと歩いていく。 僕もそんな一人。 人混みの中はどこか湿った熱気がこもっていて、寒くはない分息苦しい。 空を覆う灰褐色の雲が、これから更に冷え込むということを言外に告げている。  改札をくぐり、ホームへの階段を上ると直ぐに電車が滑り込んできた。 けたたましい停車音が鳴り響いた後、雪崩のように人が降りてくる。 その波に巻き込まれないように、体をよじらせホームの端に逃げた。 ようやく雪崩が落ち着いたあ

          いつか君が聞いていた歌

          思い出

           最近、初恋の子の夢をよく見るようになった。 その子との接点はそれほど多くなかったと記憶している。 こちらが一方的に思いを寄せていただけで、その恋が実ることはなかった。 十余年が過ぎた今、淡い青春の一ページとして俺の歴史に刻まれている。 きっと彼女の記憶の中に、俺は存在していないだろう。 だから俺は彼女を夢見た時、あの頃を懐かしむだとか、その子との思い出を振り返るよりも、「何故いまさら?」という疑問への解を探るのに時間を使った。 そも、自分が青春を生きていた時代まで遡る