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それでも人とつながって 017 非行気分4

『ヘイ!ボーイ』


やや前屈みでヘルメットを小脇に抱えて走る。彼はラガーマンのような走りを見せた。植え込みを飛び越え、木々の間を縫って走りに走る。速い。

なぜあんな事になったのか。後になってみるとその出来事の因縁生起が良く分からない事がある。その場ではただの偶然と運だったような。
人や物のつながりの不思議を感じる。

年代によって出来る友達というものがある。
自分がその年代になって出会い。そこからのつながり。
それは学校だったり、活動だったり、生活や仕事的なものだったり様々。

10代なかばで出会った友達。
初めて見た時。とてもヒンヤリとした感じの割に暴力的な熱が出ている。
目が合った。凄く冷たい目をしている。揉めると面倒なタイプか。
これは。絶対に仲良くならない手合だな。いつか喧嘩になる。
と思ったらコロッと仲良くなってしまった。

笑うとえらく愛嬌がある。
その辺も地元の元気あふれる幼馴染達と同じだ。
案の定。
どんな切っ掛けだったからか、地元の幼馴染達ともすっかり仲良くなった。
この頃ってこんなことが多かったように思い出す。

少し時間が経ち。気心が知れるようになる。夏になっていた。
地元の幼馴染もこの友達もみんなバイト三昧だ。
この友達は味噌の訪問販売という謎のアルバイトをしていた。
自分達とは仲良くなって人柄も分かっていたが、見た目と雰囲気の問題か方々の面接を落ち、ようやく辿り着いたのがそれだ。

なぜお前が採用されて俺が不採用なんだとよく嘆いていた。
本当に良いやつなんだけど。
でも良かった。採用おめでとう。その謎のアルバイトのお陰でみんなに散々いじられて、それで余計に仲良くなった訳だし。

ある日。夏は味噌があまり売れなくなるので暇だと話す友達。
夏じゃなくても・・何でそんな方法で売れるのか不思議に思っていたけど。
話の中で一つの案が出る。当時は少し遠方に感じる所に住んでいた別の友達の家に二人で遊びに行くことになった。その友達のバイクで。

気分が盛り上がった。
味噌の訪問販売の友達がそういえば「メット持ってる?」と尋ねてくる。
そういえば無いなぁ。秋が来ないと免許も取れない年齢だった。
でもなんとかするよ。そう答えてその問題はクリアするとして、日付や時間などを決めていった。

当日。味噌の訪問販売の友達が迎えに来た。
きたきたと思ってヘルメットをかぶって家の外に出ていく。自分の姿を見て
「おま・・・ソレは・・・」とバイクに跨ったまま前屈みになって大笑いしはじめた。暫く本当に苦しそうに笑って、おさまりそうになるとこちらを見てまた込み上げたように大笑いして。まったく・・・。

味噌の訪問販売の友達が大笑いしているのには事情があった。
しょうがなかった。笑いの原因はヘルメットだ。
今日の予定に合わせて地元の幼馴染の友達からヘルメットは借りておいた。
昨夜、その友達が突然やってきて「メット盗られた!」と憤っている。
マジかと一緒に憤り、借りていたその友達の予備のヘルメットを返した。

その当時ヘルメットを盗まれるというのは珍しいことではなかったけど。
ソイツ見つけたらどんな目に遭わせてやるか。そんな会話でウサを晴らす。
よし。見つけたらメットの中にうんこしてやろうぜ。そんなバカも言う。
「おぉ!!良いな!あっはっは・・・えっ?・・・待て。俺のだ」
二人で大笑いして別れた。こんなので少しウサが晴れる。

こうして借りておいたヘルメットは手元から去っていった。
もう今日の明日だ。今からじゃ誰も見つからない。どうするか・・・。
物思いに玄関を入りふと見ると、昔からよく見掛ける一つの物体がある。
ヘルメットだ。というより。世間にとってはヘルメットではあるが、決してそれを自分がヘルメットとして使うことは無いし認めない。そんなヘルメットだ。
・・・だけどこれもヘルメットだ。もういいや。

そのヘルメットはご婦人用なのか。顔だけが全部出る。
おでこの辺りに小さな帽子のつばのようなものが着いている。
これは・・・抵抗の塊だ。自分の何かを試されるような物体だ。
でも仕方がない。それをかぶった。
一線を超えてしまったような感覚がした。

味噌の訪問販売の友達は笑いの余韻で顔が変わってしまっている。
あの冷たい暴力的な熱のある雰囲気が崩れると途端にコミカルになる。
いつもそういう顔をしていれば、味噌屋の手先にならずに済んだものを。

味噌屋の友達は「やっぱ俺一人で行く」笑いながら少しバイクを走らせるふりをする。待ってお味噌屋さん。頼むから乗せてって。
「ったくお前はな~」愛嬌のある顔をして、ほら乗れと手招きしている。
バイクのシートに跨ると、二人乗りってこんなに景色が高いのかと思った。
「行くぞ」ゆっくりバイクが走りはじめた。
へぇ何か不思議な感じがするんだな。

ゆっくり走りながら味噌屋は「いっか~?バイクのケツに乗る時はよ〜」と色々な説明を始める。
走り始める時。加速する時、減速する時、曲がる時。
「後ろで俺に合わせてこんなふうに身体を動かせよ。ワンテンポ遅れてで良いから。分かってきても先にはやらないようにな〜」

自分はまだ何も分からないが、何か才能を感じさせる話し方だった。
この味噌屋の友達は、後々に機械的なことも乗り方的な事でも随一の存在になる。知識や技術も仲間の枠を超え一般ともかけ離れずば抜けて行った。
学校の勉強とは反比例していた。

バイクは走り少し遠方の友達の家に向かう。
途中、後方から緊急車両のサイレンが聞こえてくる。
味噌屋の友達はウインカーを出しバイクを道路の端に寄せて停止している。
緊急車両が通り過ぎざまに短くお礼的な合図をすると、すっと軽く右手を上げて応えた。

ちょっと待って。今の何?なんだろう。凄くカッコいい。
たまに味噌の訪問販売のことをからかってごめんね。
自分より遥かに大人な感じに、どこか焦ったり心から感心したりした。

いつしか遠方の友達の家に到着する。
着いたな~と思ってバイクから降りると足の付根というかお尻というか、痛くて上手く歩けない。なるほど。こんなふうになるのかと思った。

暫く友達の家に上がり部屋で色々な話に盛り上がる。
他愛もない話ばかりだけど、こんなに楽しいことも他にはあまりない。
いつしか話題はバイクのことが多くなっていった。そんな年頃。
今まではカッコいいなと横目に見るだけのバイクだったが、自分達も乗るという対象になってきている。やはり乗り方が問題だ。どんなふうに乗るんだろう。興味も強くなる。

「じゃあ、少し教えてやるよ」ということになり、三人で近くの公園へ。
公園と言っても住宅街にある小さな公園などではなく、駐車場やキレイなトイレの他。設備も多くある規模の大きい公園だ。
そこの広いロータリー。といっても車止めのポールがあり普段は車両が入ってこない。
そこでバイクの乗り方についてのレクチャーを受けていた。

そうか、ここをこうするのか。だからこんな音になるのか。
身体とバイクが連動する感覚が少しだけ伝わってくる。面白い。
しばし熱中していると、二人の大きな人影が自分達の近くに近寄ってきた。
ん?その人影に気付く。ばかに身長が高い。だけでは無く、体格が半端ではない。均整が取れているのに、上半身が大きく腕は丸太のようだ。

何か言っている「ヘイ!ボーイ」と聞こえる。
肌は白く金髪。英語を喋っている。
「ヘ~イ。フレンドフレンド」とニコニコして肩をぽんぽん叩かれる。
手もでかいなと思った。とても友好的でよく笑う。礼儀正しい感じもする。
でもなんだろう。どう振る舞っていいのか分からない。

味噌屋ではない方の友だちが「基地の人たちだから大丈夫だよ」と呟いた。
「絶対に悪いことはしないから」安心してということだった。
そういえば。この公園の近くにある基地があった。なるほど。安心した。
拙い。発音の悪い単語だけでやり取りをする。なんとかなる。
「良いバイクだな」「練習か?俺は得意だぜ」と言っているようだ。
味噌屋の友達に「ちょっと乗って良いか?見せてやる」と身振り手振り。
味噌屋も「いいよ。乗ってみて」と応じている。

そのやり取りの向こう。
公園のロータリーの入り口。遠目に車が停まっているいるのが見えた。
小さいライトが点いている。その車の前に誰かが公園の車止めのポールを下げているように動いているのが見える。なんだろう・・・。

バイクを借りて乗っている基地の人は絶好調だ。乗り方の質がまるで違う。
お~っ!凄い!と盛り上がっていると、先程遠目に見えていた車のヘッドライトが点灯し公園内に入ってきている。
ん。なんだ・・・と、思ったらその車から赤いライトが回転し始めた。

「メット持って逃げろ!」味噌の訪問販売員の声だ。
彼はもう走り出している。

えっなんで!?と言いながら反射的にもう一人の友だちと後を追う。
やや前屈みでヘルメットを小脇に抱えて走る。彼はラガーマンのような走りを見せた。植え込みを飛び越え、木々の間を縫って走りに走る。速い。
走りながら「あれは俺のじゃない」と味噌売りの声が聞こえた。
あ~。・・・もう。そういうことか。事情はだいたい分かったよ。

どれくらい走ったか。行く手に良くある緑色のフェンスが立ちはだかる。
良くあるフェンスだが高さだけはいつも見る背丈程度のものではなく、ゆうに2倍はありそうな高さだ。

そこでも彼は意外な能力を見せた。
素早くフェンスをよじ登り、身を翻して向こう側に飛び降りた。
味噌の訪問販売員に留めておくには惜しい姿だ。
自分達もそれに倣うが着地が上手く行かず、草むらで斜面になっている地面を転げ落ちるようになる。草しか見えない。何がなんだか分からない。

少ししてガツッと硬い音がして身体に衝撃を受けてようやく止まる。
同時に視界が広がってゾッとした。
自分は草むらの斜面を転がり、止まったのは高い擁壁の上。
ヘルメットと自分の身体がブレーキになったようだ。緊張で痛みもない。
下を見れば高さは建物の3~4階分はありそうに見えた。

あっ。そうえいば皆は。
辺りを見回すと味噌のラガーマンは擁壁最上部の50cm程度の幅の平らになっている部分にそって腰を低くして小走りに走っている。
自分はこの部分まで転げて止まったのか。下に落ちなくて良かった。
もう一人は近くにいて「だいじょうぶ?」近寄りながら声を掛けてくれた。
だいじょうぶ。行こう。

とにかくあのラガーマンに追いつかなくては。
彼は暫く行って擁壁の下側に降り、物陰にさっとしゃがみこんだ姿が見えた。自分達も少し遅れて同じようにした。みんな息が上がっている。
もう事情の説明は要らなかった。
少しして落ち着いて、今後の行動について話し合う。
明るくなるまでそこに身を潜め、ヘルメットは隠して後で回収する。
とにかくちょっと休もう。

夜が明けて明るくなってきた。
自分達の姿も見えてしまうのでそろそろ友達の家に向かう。
こんな時間にただ歩いているとすぐに昨夜の関係者に見えるだろう。
カモフラージュのために身なりを工夫し、軽くジョギングする。
途中、シャドーボクシングまでした。
今考えるとそれは皆さん昨日の俺たちですと言っているようなものだった。

・・・・・ってね。
そんなことがあったなぁ。

仲間の一人に逃げの歴史のひとつの思い出を話している。
「そんなことってある?」仲間は呆れながら大笑いしている。
「でもそのバイクどうなったの」不思議そうに尋ねる。
それはそう思うよね。でも、それは分からない。
「バイクに乗った基地の人は」
もっと分からないなぁ。相当面倒な事になっただろうと思うけど。
仲間はまた笑っている。

話し終わって。
何故あんなことになったんだっけ。暫く考えた。

全ての事物には因縁生起があるというけれど。
なんであの出来事が起きたんだろう。
思えばそんな事ばかりだった気がする。


これは非行気分の巻の四。この他の体験はまたの機会に。

もし読んでくださる方がいらっしゃったなら。
お読み頂いたあなたに心からの御礼を。
文章を通しての出会いに心からの感謝を捧げます。

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