小説家と侵入者 小説家side
とある小説家の住む一室。
部屋は大量の書物に囲まれ、本棚に収まりきらないのか、部屋のあちらこちらにも本が乱雑に置かれている。
部屋の中央には立派な机があり、机の上にはパソコンが一台置かれてある。
机の前に座り、パソコンの前で苦悩している男が一人。
男の名前は「不動 比呂」(ふどう ひろ)
小説家である。
悲劇を執筆させれば、右に出る者はいないと名を馳せている…訳でもない、寧ろこの世において名をさほど知られていない小説家である。
彼の作品の全てに共通するのは例外なく「悲劇」であることだ。
彼の持つ長年の苦悩は「売れないこと」であり、「悲劇しか書けないこと」である。
とはいえ、全くの無名かと言えば不適切であり、コアなファンはついている。そこは作品の中身とは違って、わずかな救いがあるのかも知れない。
時計は夜中の12時を過ぎた辺りであろうか、不動は睡魔に襲われてきた。
「よし、出来た…。結局また悲劇か…」と心の声が独り言としてうっかり発せられる。
作品に対して集中力が切れた瞬間に、不動は体臭に気付く。
「さすがに臭うな…」
ここ2~3日、お風呂に入っていない。
更に言うならば、この部屋からも全く出ていない。
部屋の中におにぎりやパン、飲み物を持ち込んで食事を済ませている。
部屋から出るときと言えば、トイレに行くときくらいであった。
結局、お風呂に入ろうとする気持ちよりも睡眠欲の方が勝り、そのまま机にもたれ掛かり、瞼を閉じたのであった。
幾時が経った頃だろうか、目を覚ました不動であったが辺りは暗やみに包まれていた。
眠るときに電気を消した覚えはなく、停電なのかとも不動は考えたのだが、その可能性は即座に消え失せてしまう。
目元に違和感がある。
布のようなものがあてがわれているようで、それによって視界が奪われているのだ。
不動は一瞬にして背中に冷や汗を掻いたことを感じた。
思考を巡らせる。
何のために?いや、そもそも誰がこんなことを?
家には誰もいないはず、一人暮らしであること。
そもそも今の時刻がわからないが、編集者や宅配便の人間ではないだろう。
仮に来訪者がいたとして、なぜ目隠しをするのか。
…視覚が奪われていたことで気付くことが遅れたが、手も動かない。
動かないわけだ。
明らかに縛られている。
手首が痛い。
キツく縛られている。
ここまで条件が揃えば、答えは一つしかない…
不動がそう思い至ったと同時に、不動に近付いてくる足音がする。
猿轡はされていないようで、こちらからも言葉を発することは可能であった。不動は震える喉から、何とか言葉を発する…
「だ…誰だ?」
不動の声が発せられても、返答がすぐに返ってこず、一瞬にも永遠にも感じられる静寂が部屋を支配する。
「『誰だ』と言われて、名乗るわけにはいかないねぇ…『何者か』と言われりゃ、答えようもあるだろうけどねぇ…」
男の声がした。20代か、30代か。誰かはわからない。不動の知り合いではない。それは確信を持ってる。
「泥棒…か。」
「家に人が居た場合は強盗になるのかねぇ?」
やはり泥棒であったか、と小さく舌打ちをしたのは不動であった。
しかし、男は調子の変わらない口調で喋り出す。
「強盗の定義が暴力を使うっていうのなら、『大人しくしていれば何もしない。』かねぇ、泥棒のままで帰らせて欲しいものだよねぇ。」
「…泥棒するにしても、この家には本はあっても、金目のものは特にないぞ。本も貴重な本を置いているわけでもなし。強いて言うならば、この机の引き出しに通帳はあるが、中身を見たら金額の少なさに激昂して殺すとか、しないか?」
「ははっ、大人しくしてれば、とは言ったけども盗みの協力をしてくれとまでは言ってないんだけどねぇ。ではでは、お言葉に甘えて、引き出しは見させて貰おうかねぇ。」
男は不動に更に近付いてくる。
正確には不動の目の前にある机に。
ガラッと引き出しを上から順番に開けて、中身を確かめているようである。
やがて通帳の入った引き出しを見つけたのか、ガサガサと引き出しの中を探り始め、通帳を手に取り、中身をパラパラと開いて見る。
「はぁー、なるほどねぇ。たしかにお世辞にも大金とは言えないが、泥棒に入っておいて文句を言うのも筋違いだねぇ。…それにしても大量の本だ。読書家?いやいや、立派だねぇ。でも本に夢中になりすぎて、すえた臭いがプンプンするのはいただけないけどもねぇ。」
「仕事で必要なものだからね…」
すえた臭いには自覚があったので、不動は敢えてそこの話題には触れないようにした。
「仕事…ねぇ‥。こんなに本がいるってのは小説家さんとかかねぇ?」
「そうだ。」
「はっはーん、なるほどなるほど。納得したよ。売れない小説家ってわけか。」
「ほっといてくれ。」
売れてないのは事実であった不動には、強く否定することが出来なかった。
しかし、その後に男から発せられた言葉は、おおよそ不動には理解しがたい物であった。
「売れさせてあげようか?君の作品。」
「な…にをバカなことを?」
「売れたくないのかい?」
「そういうことを言ってるんじゃない!今の言い方ではまるで…まるで…」
「まるで『売れさせるための力』を持ってるんじゃないかって?いやいや、私はマスコミや出版に向けての権力も無けりゃ、ツテもないねぇ。」
「だったら、どうやって…」
「私は君の作品を売れさせることが出来る、かも知れない。あくまでも可能性の話だ。売れないかも知れない。生憎、確実に結果が出るものではない。君に選べるのは、私のこの話に乗るか否か、だねぇ。
た だ し 僕の言葉を信用できるかどうかは別だけども~。」
「そんな話…信用…売れ…いや……」
「売れさせてみせるさ」
「うれる…?」
「君の作品を…」
「俺の作品を…?」
「う れ さ せ る よ ?」
「そんな…」
不動の脳内は混乱していた。正常な判断能力があれば乗るはずもない話。そもそも、悩むこともない話。「何を馬鹿な」と切り捨てて当然の話なのだ。泥棒に入ってきた男が、己の作品の手助けをする。いや、作品を売れさせるという。何を根拠に?確実ではないようではあるが。その手段も何もかもが不明である。いや、それを追求する前に、そもそも男の正体が不明である。混乱していた。売れる?魅力的な言葉だ。小説家を目指し、書籍化もされたことはある。しかし、作品の評価云々の前に知名度が余りにも低すぎた。知名度の低い者には評価すらされないのだ。人に認知されてこそ、ようやく評価される土俵に立つことが出来る。創造主として、作った作品を評価されたい。承認欲求が強く現れるのだ。数少ないファンはいるかも知れないが、人の欲望は果てしない。ましてや10年、20年と書き続けてきた仕事なのだ。実を結びたい。咲き誇りたい。日の光を浴びたい。売れる。甘美な響きだ。作品の内容こそは悲劇ばかりであっても、現実まで悲劇を求めてはいない。今、男からの提案は、さしずめ蜘蛛の糸を垂らされたカンダタの気持ちなのかも知れない。登りたい。地獄はもう御免だ。天上の世界を見てみたい。混乱している。脳内は。不動は。結論は。
承諾した。泥棒に入ってきた男の話に。
直後、破裂音が不動の耳に届くと同時に暗闇は視線だけでなく意識をも包み込んだ。
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あとがき
侵入者sideは無いです
何となく頭に浮かんだ話です
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