スプラッシュゾーン04

『スプラッシュゾーン 落下の時空』

○第四章

 炎に、包まれていた。

 歩みを、止めなかった。
 
 爆発した二輪より、『それ』は出てきた。ドルワは驚愕しながらも、その正体を探るべく目をこらす。
(……鎧?)
 瞬間、全身より白い煙を噴き出し、『それ』は炎を消し去った。その姿を見てドルワは更に驚愕した。
(何だ、あれは?)
 頭部はすっぽりと流線形の冠り物に覆われ、顔に当たる部分は色ガラスのようなもので中の表情は見えない。全身を覆う鎧……これを鎧と言ってよいものか、ドルワは混乱した。
(布地のような、金属のような?)
 あきらかに厚みのある素材ではあるが、それはドルワにとって初見のものであった。動くたびに布じわが起こるものの、その表面には金属のような光沢が輝く。

「ずいぶん大げさなものを着込んできたのね」

 ミヅキがニヤリと微笑む。しかしその構えは半身を保ち、いつでも小太刀を斬り上げるようにしていた。

「お前を相手にするには足らないくらいだ」

 歩みを止め、鎧の主が応える。その声は顔がすっぽり覆われているためなのか、どこか作り物のように聞こえた。二人は距離を取り、お互いの出方を待つ。

「その身なり……どうやら記憶は完全に戻ったようだな、ミヅキ」
「さあ、どうだか?」
 ミヅキは徐々に距離を詰める。
「ロウキ、あんたが欲しいのはコレでしょう?」
 小太刀を中段に構え、左肩を大きく後ろに引いてミヅキは言った。
(ロウキ?!)
 マッセの最期が頭によぎる。ドルワは二つの腕輪を交差させ、その力を解放した。
「そうそう、ドルワ君はその腕輪で守るのよ。自分のことは自分で──」
 ミヅキの声はいつもの呑気な口調であったが、そのまなざしは厳しく、しっかりと目前の敵を見据えていた。
「あの人は元気?」
 一転、押さえた口調でミヅキは語る。対してロウキはその作り物のような声ゆえか、あくまでも淡々としている。
「最後にあった時は相変わらずだったな。言付けてやろうか?最後の言葉を」
 ミヅキはニッと歯を見せて笑った。
「い・や・だ!」
 ロウキはすかさず右手を前に突き出す。
「シュッ」
 鋭く息を吐き、ミヅキは跳んだ。ロウキの左手首の突起が発光する。瞬時、彼女が居たはずの地面が破裂音と共に弾けた。
(あいつの武器は光か?!)
 ドルワの腕輪は『歪み』を使う。それに対してロウキの武器はどうやら『光』を衝撃に変えているらしい。
 一見すると両者の戦力差は実に大きい。特殊な素材の武具に身を固めたロウキは以前の襲撃の時よりも一回り大きい。炎を瞬時に消してしまった煙といい、妙な声色といい、他にも何か仕掛けがあるに違いないとドルワは思った。それに加えて先ほどの光の武器……対してミヅキの武器は、例の小太刀一振りだけであった。身に着けた服も肌の露出が多く、薄手の布地は何の防御にもなりそうもない。
(でも、ミヅキさんは……しずくびとだ)
 天から落ちてきたしずくびとであるミヅキは、ドルワにとっていまだに謎の多い人物であった。
(実力は、ミヅキさんの方が上なんだ。だからロウキはあんな格好をしている)
 先ほどの二人のやり取りをドルワは思い返す。

『お前を相手にするには足らないくらいだ』

 ロウキは確かにそう言った。夜襲の時に見た風貌は、決して軽口の似合いそうなそれではない。
(もしかしたら……ミヅキさんの本気が見られるかもしれない)
 そんなことを考えるドルワをよそに二人は再び距離を取る。

 閃光。

 ロウキの左腕から再び光の衝撃。やはりミヅキは回り込みながらこれをかわす。
(あッ!)
 ドルワはその時、ミヅキが腰のバッグより何かを取り出すのを見た。すかさずロウキに投げつけるミヅキ。爆発が起き、数歩後ろによろめくロウキ。ミヅキはそのまま殺到して小太刀を右上段に斬り上げた。

 ギイイン!

 ロウキの右腰から左肩口に火花が走る。続いて横なぎの一閃。腹部に左から右へと同じく火花が走った。しかしロウキは平然と右の裏拳をミヅキにあびせる。それをいなしながらミヅキは離れ、左に回り込みながら距離を取る。少し焦げ跡が残ったが、ロウキの鎧にはダメージはなかった。
「やっぱりダメかァ」
 あっけらかんと言いながらも、ミヅキは更に回り込む。
(……)
 食い入るようにドルワは見つめていた。(自分に出来ることはミヅキさんの邪魔にならないことだ)
 ドルワも両者から距離を取り、ロウキを警戒した。
(あいつが僕を利用して、ミヅキさんの注意を逸らすことだってあり得るから……)
 見届けはするが邪魔はするまい、そう思って二人の動きに合わせ、ドルワも動いた。
「あの少年、なかなか頭がいい」
 ロウキは言った。
「ふふふ、そうでしょ?」
 ミヅキは応える。
「はなからそんな小細工、使えるとは思っておらん」
 ロウキは腰に巻かれた帯を掴むと、一気に引き抜く。ブンとうなると、帯は刀へと瞬時に変わった。
「この装備ある限り、お前の刃は我が身には届かん」
「……そうかな?」
 ニヤリと笑うミヅキの顔は、これまでにない凄艶さであった。あでやかさということの意味を知らないドルワにも、その異様さにドキリとし、胸が高鳴る。無邪気で呑気なお姉さんとは違う、ミヅキのもう一つの顔——
(ミヅキさんはひょっとして、『たたかいびと』なのかも……)
 ドルワは思い当たった。戦いを生業とする、たたかいびと。生前のマッセから、聞かされていた話の数々。この世界では戦争は存在しない。しかし、たたかいびとがいるからこそ、均衡は保たれ、人々は平穏に暮らせるのだ、と。

「番人の他にもあるんですね、人に知られない仕事って」
「番人とたたかいびとは違う」
 マッセは忌々しげにつぶやいた。
「俺と人殺しを一緒にするな」
 それからマッセがたたかいびとの話をすることはなかった。

(人を殺す仕事……)
 目の前の二人は淡々と互いを見合い、それぞれの出方を待っている。その冷静さが職業たるゆえんなのかと思うと、ドルワはぞっとした。
 そしてロウキが動いた。
 両方の肩当てが翼のように開く。ぶうんという音と共に、ロウキの体が直立したまま宙に浮く。空を飛ぶでもない、地面すれすれの高さのままに地を蹴り、ロウキはミヅキに向かって殺到した。大刀を振り絞り、そして一閃。ミヅキは跳躍し、大刀の軌跡からその身をかわす。
(早い! 滑っているのか?)
 ロウキはあたかも氷上を滑っているかのように走っている。その突進力は、さっき破壊した二輪の乗り物に比べれば少々遅いが、鎧を着込んだ大男だと考えれば尋常ではない速さである。そのくせ、踏み込み足は力強く、その斬撃は空間をも切り裂きそうな勢いであった。
(あんな撃ち込みを食らったら、いくらミヅキさんでも……)
 ミヅキはことごとくそれらを捌くと走り出した。それを追ってロウキが迫る。意外に小回りの利くその巨体は、ミヅキの左側後方から再び斬りつける。横っ飛びに再びかわすミヅキ。その時、ドルワはミヅキの持っている小太刀の形状がいつの間にか変わっていることに気づいた。
(刀が割れた?)
 小太刀は、刀身の左右に三本ずつ枝が伸びているように見えた。その枝の間を青白い光が一瞬光る。瞬間、ミヅキはロウキに向かって走った。殺到するのではなく、あくまですれ違うように。すかさずミヅキは振り返る。

 バチイッ!!

 何かが弾けるような音と共に、滑走していたロウキが横滑りになり、砂煙を上げる。

「よし!」

 ミヅキはうなずき、ニヤリと微笑む。小太刀を薙ぐとその三本の枝は再び刀身に収まった。
(一体……何をしたんだ?)
 その時、ドルワはミヅキの動作が見えなかった。正しく言えば、わからなかった。見えていたのにわからなかった。ロウキの脇をすり抜け、振り向きざまに小太刀を斬り上げ飛び退いたらしいことまではわかる。しかし、それはあくまでも推測である。どういう動きの流れでロウキが斬られたのか理解できなかった。それくらい、ミヅキの体捌きは素早く、かつ強烈だった。
(あの小太刀、さっきまでは刃が弾かれていたのに……)
 七支に分かれた後の一撃は、見事にロウキの背中を袈裟斬りにした。どうやらあの鎧の急所だったらしく、ロウキは勢いよく倒れ込んでからピクリとも動かない。

「おいで。決着をつけてあげる」

 ミヅキの声が凛と響く。ロウキの鎧から白煙が噴き出すと、その身が半分に割れた。中から黒装束のロウキが立ち上がる。面を着けていない素顔のロウキは、細面の鋭い目をした男であった。その体は、以前の夜襲の時と同様に長身であったが、先程までの鎧姿を見慣れていたドルワには、あたかもその身を削がれた骸骨のように見えた。

「その刀、そんな技も備えていたのか……」
「そ。あんたの『地滑り』と同じで、長時間は使えないけどね」

 ミヅキは、ポンポンと腰のカバンを叩いてみせた。ロウキはあらためて自身の暗器を取り出し、身構える。刀身が突き出し、その形はミヅキの小太刀に似ている。

「言付けてあげましょうか? 最後の言葉を」

 今度はミヅキがそう言うと、ロウキはニヤリと応えた。

「要らぬ」

 ロウキは不意に腰を溜めると暗器を逆手に持つ。その先から閃光。炸裂音が立て続けに二発響き、ミヅキを襲った。

「ミヅキさん!!」

 ドルワの声にミヅキは応えず、静かに倒れた。小さな砂煙が立ち上り、流れて消えた。

「ミヅキさん!!」
 
 思わずドルワがミヅキに駆け寄る。ロウキは黙ってそれを見ていた。腰に付けていた筒状の武器は、夜襲で用いた物よりも小型であったが、その実弾は確実にミヅキの急所を貫いていた。しかし、ロウキはすぐに近づくことをしなかった。あらためて弾を込め、暗器を身構える。

「ミヅキさん! ミヅキさん!」
 ミヅキにすがりつき、ドルワは叫んだ。
「起きて! ミヅキさん! 起きて!」
 マッセの死に際が頭をよぎる。
(これが別れって、あり得ないよ!)
 ドルワはミヅキを抱き、その顔をじっと見つめた。あまりにもあっけない最後……いたずらっぽい眼差しは、まぶたが固く閉ざされ、もはや見ることは出来ない。
「ミヅキさん……」
 ドルワはぎゅっとミヅキを抱きしめ、泣いた。目の前に敵がいるのも構わず泣いた。ぼたぼたとミヅキの顔に大粒の涙が落ちる。
(しずくびとを殺されては番人失格だ。もういい、僕も殺されてしまえばいいんだ)
 父も死に、ミヅキも死んだ。
(殺されてしまえば……)

『いいか、ドルワ。王都へ行け…』

 ドルワはハッとした。静かにミヅキを降ろすと立ち上がり、ロウキに相対した。

「どうした、少年?」
「お前と戦う!」
「俺はお前と戦う理由はない。お前の父は我々の協力を拒んだから殺した。我々の目的はミヅキとその刀だ」
「父さんの敵を討つ!ミヅキさんの敵を討つ!刀は渡さない!」
「死ぬぞ、少年」
「死なない。死ぬ気になったら死なない! そして僕は、王都に行く!」

 ドルワは腕輪の力を再び解放した。そして身構える。
(筒の実弾がどれだけ弾けるかわからない、しかしせめて一撃を打ち込めれば……)
 ロウキは全くその場を動かない。
「どうした!何故攻めてこない!」
(そっちが来ないならこっちが……)
 ドルワが前へ踏み出そうとしたその時、聞き慣れた声が聞こえた。

「無茶だなァ、ドルワ君」

(えっ?)
 思わず振り向くと、ミヅキが跳ね起きる。ぴょんと立ち上がったミヅキはすかさずドルワに微笑む。
「ドルワ君の涙はしょっぱい。しょっぱくて甘いのは少年の証し」
「ミヅキさん?!」
「もうちょっと抱いていてくれれば良かったのに、つれないぞ」
「な、何で?!」
 ドルワは一瞬訳がわからなくなった。
「やはり防弾の技、備えていたか……」
 初めてロウキが口を開く。その表情にはさして動揺はない。
「まぁね。ドルワ君の腕輪とは原理が違うけど」
「奇襲はもはや利かん、か」

 二人はドルワを残して再び距離を取る。空はいつしか、夕暮れがにじむように遠い山の端を色づかせていた。

「あなたの早撃ち、前より速くなったね。よけられなかったよ」
 不意にミヅキが声を掛ける。
「……ありがとうございます」
 ロウキの口調にドルワは戸惑った。
(敬語?なんでいきなり……)
 知り合いであることは、今までの言葉のやり取りでわかっていた。しかし──
「むざむざ、やられませんよ」
「ロウキ、大人しく投降して……はくれないわよね」
「おわかりでしょう?」
 ロウキが初めて笑った。今までの冷徹な表情からは想像できないくらいの、笑顔だった。
「いくよ、ロウキ!」
「ムオオッ!」
 両者は共に前に出た。互いの斬撃をかわし、踏み込む。切り結びからロウキは柄を突き出し、再び実弾を放とうとした。しかしその動きが捌きの乱れを生み、ミヅキはそれに付け入る。
「甘いッ!!」
 内側に踏み込み、ロウキの胴を水平に薙ぐ。続けて右より袈裟に斬り下げ、距離を取る。ロウキの体がぐらりと揺れた。
「うおおおおッ!!」
 ロウキは堪えた。踏みとどまると反撃の突きを繰り出す。しかしこれを跳ね上げられると勢いで体が流れた。すかさずミヅキの鋭い突きがロウキの体を貫く。
「見事……」
 今度こそロウキはどうっと倒れた。

   ×   ×   ×

「あの……ミヅキさん……」
「なあに?」
 戦いののち、ドルワとミヅキは再び平原を歩いていた。空は夕色に染まりきり、日はまもなく暮れようとしていた。
「ひょっとしたらミヅキさんは、お知り合いと戦っているのですか?」
「……うん」
「そうですか……」
 どうして?何故?問いかけたいのはやまやまだった。しかしドルワは言い出せなかった。
(それを聞いたら、こんな風に一緒に歩けなくなるかもしれない)
 そんな思いがドルワをためらわせた。確かな理由があるわけではない。しかし、ミヅキはしずくびとなのだ。ドルワとは違う世界の人間なのだ。でも……

(でも、抱きしめたミヅキさんの体は温かかった。僕と同じ人間なんだ)
 温もりが心を満たし、ドルワはどこかくすぐったい思いにかられた。

「ドルワ君……」
「何ですか?」
「今ドルワ君の考えてたこと、当ててあげようか?」
「えっ?」
 動揺するドルワに、ミヅキはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「ミヅキさんの体は柔らかかった。もっと抱いていたかったァ〜〜」
「な、何言ってるんですか!?」
「顔赤かったもんね〜。図星? 図星?」
「もう!やめて下さいよ!」
 軽口を叩き合いながらも、ドルワはこの旅の終わりを感じていた。
(あと少し……)
 はるか先だった王都の山が、今は近い。

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