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【私小説】放課後の夢

「けいおん!」というアニメの登場人物が夢の中に出てきたお話。

僕は夢の中で、大人になった「澪」に出会った。あの澪だ。僕ならばよく知る人物。だけどなんで澪?僕の推しは唯なはずだし、澪に取り立てて強い思い入れがあるわけでもない。ただ、一番常識的なキャラクターだからだと思う。いくら夢の中であろうと、唯みたいな性格の女性に現実で出会ったことがないせいで、リアリティのある登場人物として夢に出せなかったからではないか。

澪はぶっちゃけて言うと、ゾッとするような美人だった。正しくは僕にとっての美人、つまりタイプな女性という感じだった。澪がリアル(実写)にいたらこんな感じだろうなぁ、という感じではなかった気がする。しかし確実に澪だと分かる。見た目ではない部分での認識なのだろう。

しかしさすが僕だ。良い趣味をしている。その夢は教室にいる夢だった。僕は20代の後半を迎えようという歳だが、高校生が通うような学校の、放課後の教室に呆然と立っていた。そのシチュエーションで高校生ではなく、あえて大人になった澪を登場させるとは。

僕は思わずこう思った。「この人に認められたい。」
この人から認知されたい。この人との会話の頻度を増やしたい。この人から興味を持たれたい。この人に一目置かれたい。そう思った。この人が興味のあるものはなんだ?いや決まっている。
バンドだ。音楽だ。音楽が上手ければ!
一瞬で思考がそこまで至った。

だけど僕が、開口一番に澪にかけた言葉は、捉えどころのないものだった。僕は澪に対して質問をしたのだ。
「バンドを抜けて、ギターを辞めて、なぜか今とても寂しいのですが、僕はまた彼らの仲間に入れてもらえると思いますか?」
彼らとは。その時の状況を説明すると、僕と大人になった澪が二人きりの教室で対面していた時、外から音楽が聞こえていた。気になって窓の外から下を見下ろすと、そこに見えるのは、高校時代に組んでいたバンドのメンバーのように見えた。それを彼らと呼んでいた。

我ながらよくわからない質問だ。この辺が夢らしいところだ。脈絡がない。
そもそも僕は、本当に彼らの仲間に入りたいと思っていたわけではないだろう。
もう昔の話だ。解散し、卒業し、疎遠になった。今も未練はないと思う。
でも、おそらくバンドをやっていた当時は、心の中で仲間と呼んでいた証。

そろそろ心象心理の分析といこう。深層意識の追求といこう。
別にバンドでも、なんでも良かったのだ。ただ、人を思いやり、一緒にいたいと思えたらそれで良かったのだ。それはもはや、友情でなくたっていい。傷の舐め合いでも良い。恋愛感情でもいい。ただ寂しさの補い合いでも良い。性欲だって良いじゃないか。僕は仲間に入れてもらえるだろうか。

それはきっと、心の中に隠れている自分の正直な気持ちなんだろう。子供の頃からそうだった。僕はどこにいればいいのか分からなかった。子供の頃、ピアノ教室を辞めた時、なぜか大泣きした。僕はどこに行くのか分からなかった。誰に認めて貰える?誰が僕を好きになってくれる?分からないのが怖かった。僕は、ピアノ教室が少し、居心地が良かったんだ。居心地の良さが欲しかったんだ。


夢の中で澪は、苦笑いをした。苦笑いとしか形容できない表情。残酷なことを伝えなければいけない時にする表情だった。

『ギターを練習してください。』

他人行儀にそう言った。シンプルで、なんの捻りもないメッセージ。
そりゃそうだ、と僕は思った。澪ならそうだろう、そう言うはずだ。
音楽をやってください。やらないのなら、興味はない。


僕の深層意識はそんな感じなんだろう。僕は居心地の良い場所にいたい。
そのためには、能力も、やる気も、時間も、お金も必要だった。それだけの話だった。

ただの夢だ。
それ以来彼女が夢に現れることはない。ギターも弾いていない。
「けいおん!」がどういう話だったかも、あまり思い出せない。