時代劇レヴュー・番外編⑩:大唐帝国のドラマ(5)武則天―The Empress―(2015年)

少し間があいてしまったが、大唐帝国シリーズの五作目にして最後の作品の紹介。

2015年に中国で放送され、まだ記憶に新しい本作は、則天武后の半生を描いた作品で全82話と言う大長編であり、私が見た中国ドラマの中でも最も長い作品である。

邦題は「武則天―The Empress―」(「武則天」は中国で一般的に用いられる則天武后の名称)であるが、原題は「武媚娘伝奇」であり、物語の内容からするとやはり原題の方がしっくり来るように思う。

物語は、705年に唐の中宗を中心とする勢力が則天武后を退位させて唐を復興した、所謂「神龍革命」のシーンから始まり、そこから最晩年の則天武后が過去を振り返る形で、則天武后が太宗の後宮に入宮した時から皇帝となるまでを描く。

とは言え、物語の半分以上にあたる52話までが太宗朝の話で、政敵である長孫無忌を失脚させるあたりまでで実質的な物語は終わっており、残りの数話は異様に駆け足で物語が進む。

則天武后と、彼女が愛した二人の男、すなわち太宗と高宗との愛憎がメインになっており、そのため後宮の妃嬪達の愛憎劇や権力争いなどに重点が置かれていて、大半のエピソードがフィクションである。

一方で、太宗の後継者争いや関隴集団を中心とする門閥貴族と非門閥との抗争など、唐の政治史の重要なトピックも盛り込まれており、また魏徴、房玄齢、李勣などの唐初期の著名人物なども概ね登場し、著名なエピソードもうまく物語に落とし込んでいる所もあって、歴史ドラマとしてもそれなりに楽しめる内容になっている。

日本人や西域、北方の諸勢力の描写は適当っぽいが(一応日本人は日本の俳優が演じているが)、宮殿のセットや衣装などはかなり金をかけていることがうかがえる豪華さで、特に則天武后の衣装はワンシーンごとに変えているのではないかと思うくらい毎回多くの衣装が登場し、見る側の目を楽しませてくれている。

中国ドラマによくある時間の経過がわかりにくい所もあるが、まあ、そこまで不自然な描写はなかったので、これまで見た作品に比べればましな方だろうか。

後、特に終盤では史実との相違が多く、李義府が史実よりもずっと後まで失脚せずに宰相の地位にいたり(その割に李義府に死を説明するテロップでは、史実通りの没年が書いてあって、時間を遡ったような感じになってしまっていた 笑)、武后の子・李弘の急逝と李賢の廃立の後で、魏国夫人賀蘭氏の死のエピソードが入るなど、時系列がおかしい所もあった(史実では魏国夫人の死の方が早い)。

物語の肝と言うべき則天武后の描き方は、まあ、武后を悪者として描かないのであれば仕方がないかぁと思わせるものであったが、やはりどこか武后の魅力が削がれてしまっている感じがあった。

本作の則天武后は、1995年の「則天武后」のような、清濁併せ呑む優れた政治家としては描かれず、確かに政治手腕もあって聡明な女性であるが政治的な野心は全くなく、彼女が求めるのは前半は太宗との愛、後半は良妻賢母となることと言う、どちらかと言えば「ごく普通」の女性が追い求める幸せである。

ただ、武后が男勝りの知性と才覚を持っていることと、「女王武氏」の予言のために、長孫無忌を始めとする大臣達が勝手に彼女を危険視して排除しようとし、武后は売られた喧嘩だから仕方なく応じているうちに、宮中で生き抜く策謀を身に着けていくと言う展開になっている。

その一方で、武后をあまり悪辣な女性に見せないためか、あるいはすべてを見通しているような「女傑」のイメージを払拭したいのか、本作での武后は結構お人好しで、親友だと思っていた徐賢妃や、太宗の晩年から友人として親しく付き合っていた高陽公主、果ては我が子の李賢など、やたらと人に裏切られてばかりおり(ちなみに、武后が王皇后を失脚されるために生まれたばかりの我が子を絞殺すると言う有名なエピソードは、本作では高陽公主の仕業になっている)、その点は見ていてちょっと間抜けな印象が否めない(見ていて、則天武后ってこんなに可哀想な人だっけ?と思わず首を傾げてしまった 笑)。

後、武后がそれまでに女帝への願望などを一切見せないまま、最終盤で唐突に女帝になってしまうので、そのあたりは少し心理描写が雑に感じた(高宗の死の直前に「武照」と言う自分の本名を筆で大書するシーンがその決意を表しているのかも知れないが、今ひとつ伝わりにくい)。

高陽公主が死の間際に「女性が権力を持たなければ、いつまでも男達の都合の良い道具のまま」と言うようなことを言い、女帝になる野望を武后に語るシーンがあったので、それがその後の伏線になるのかと思ったが、結局何もないまま終わってしまった。

ただ、武后が即位する事実上のラストシーンは非常に印象的で良かったと思うし、あそこで物語を収めるのは綺麗と言えば綺麗な終わり方だったかも知れない。

キャストに関する感想を書くと、もう本作の印象は、則天武后を演じるファン・ビンビン(范冰冰)の美しさに尽きるであろう。

当時三十代半ばの彼女が、十代から晩年までの武后を一人で演じたが、どの年代もそれなりに様になっており、とにかく彼女の顔を見ていれば、物語のツッコミどころもあまり気にならなくなると言うくらい絵になっていて(流石にそれは言い過ぎかも知れないが)、「絶世の美女」役にも十分な説得力があった。

ファン・ビンビンの出演している歴史ドラマは、本作以外にも二作品見ているが、本作が一番魅力的に見えるのではないかと思い、歳を重ねてなお美しさが増すと言うのは素直にすごいと思う。

太宗皇帝を張豊毅が演じていて、思わず「始皇帝烈伝」の組み合わせを思い出してしまったが(「時代劇レヴュー・番外編②」参照)、そう考えると「始皇帝」の時は同年代の役だったけど、随分ファン・ビンビンと張豊毅の間には年齢差があるのだなと、今回改めて感じた。

ファン・ビンビン以外にも、多くの女優が本作には登場するが、個人的には王皇后役の施詩が好きで(目に特徴のある美人で、強いて日本の女優で言えば、若い頃の多岐川裕美にちょっと雰囲気が似ている)、王皇后が武后にはめられて失脚させられるくだりでは、彼女が演じていることもあって、見ていて可哀想になってしまった(笑)。

後半のキーパーソンとなる高陽公主役の米露は、あまり美人ではないのだが(失礼)、存在感があっていい演技をしていた。

後、超個人的な不満点としては、李勣が意味ありげに出てくる割には扱いが終始雑なことと、上官婉児が登場しないことがあるが、これに関しては私の趣味なので言っても仕方ないだろうか(笑 私が李勣と上官婉児が好きなだけ)。

また終盤で狄仁傑が大理寺の官人としてちょっとだけ登場するのは、たぶん狄仁傑が中国ではかなり知名度があるからこそ使える「小ネタ」なのかも知れない(逆に狄仁傑のことを全く知らない日本人があれを見ると、意味ありげに出てきた割には何でもないキャラクタだったなぁくらいにしか思わないであろう)。

細かい部分では不満もあるが、全体的に概ね面白い作品で、最後まで飽きさせない作品であった(流石に終盤に十話くらいは、見ていてだれてしまったが)。


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