命在るカタチ 第十話「裏切り」(過去作品)

Life Exist Form-命在るカタチ
Wrote by / XERE & Kurauru


第10話
『裏切り』


公園。
子供達が遊び回っている、ベンチでくつろぐ男、主婦達の井戸端会議。
そんな中、その場所に似合わないスーツ姿の男が居た。
「……はい、そうです。社長の命令でして……」
 携帯電話を耳に、彼は口元に薄い笑みを浮かべていた。
「そうです。資料用ディスクは、所定の場所に。……ええ。そうですよ。今日の説明会で使うそうで……」
 聞く者の無い会話。
「ええ、よろしくお願いします」
 最後にそれだけ言って、彼は電話を切った。
 口の端に薄い笑みを浮かべて、呟く。
「……これでいい……」
 冴木 京介 ウィングストン……。
 それが、彼の名。
(準備は整った……)
 冴木は、すっとベンチから立ち上がり、歩き出した。


「おぉい、機材はちゃんとスタンバっとけって言ったろ!? ったく、しっかり頼むよ!」
 東都TV本社の一室に、東都TVディレクター、三枝道明の声が響いていた。
「ロクちゃん、カメラ頼むぜ」
「あいよっ!」
 威勢の言い返事に、三枝はニッ、と口元に笑みを浮かべた。
「しかしディレクター…ホントに行くんですか?」
 まだ新米のADの一人が訊ねる。
「今更なにを言ってやがんだよ」
「ガセだって可能性もあるじゃないですか、裏も取れてないのに――」
「馬鹿野郎っ!、ガセネタが怖くてこの商売やってられっかぁ?」
 荒っぽい口調で言ってから、安心させるようににやっと笑う。
「安心しろ。俺のカンを信じろよ」
「はぁ……」
 まだ不承不承といった風ながらも、ADは納得したようだった。
「うっしゃ、行くぞ!」
 社用のバンに乗り込んで、三枝は意気揚揚と出発した。
 行く先は――
 全世界の介護ロボット・パートナーロボットのシェアの50%以上を占めるといわれる会社の、日本支社ビル。
 今日、そこで<製品ショー>と称する見本市が行われる予定だった。
 一般的に見本市とは、商品の見本を展示して宣伝・紹介を行い、それにより商品取引をする市場の事…といっても堅苦しいことはない。TLRの<製品ショー>は一般のための物である以上は展示会のような感じで行われる。家族連れなどで楽しめるように、との趣向だ。

 普段は使われていないVIPの為の部屋。その場所に今日の基調講演の為に来日したクリストファー新條と秘書がいた。
「……妙だな」
 TLR社長、クリストファー・新條は、ふと呟いた。
「何がでしょう?」
 即座に問い返したのは、米国本社での彼の秘書、ラミアだ。
「マスコミの量が異常じゃないか? 取材申し込みも例年の4倍も有ったと言うし…海外からも依頼が来ているそうじゃないか?」
 ブラインド越しに、外を見遣ると、マスコミの車が、支社ビルの前に群がっているのが見えた。
 日本のマスコミのゴシップ好きはよくよく承知しているが……
「何もないんだがな…」
 マスコミは、日本で言う『ハタキ』のようなものだと思う。散々に叩いて、埃一つ残さない。
「それだけ我々の技術に期待がかかっているという事では無いんですか?」
「それだけなら良いんだが…」
「社長、そろそろお時間ですが……」
「ああ、分かっているよ」
(しかし……)
 何かおかしくはないか?
 何故、今日に限ってこれほどの――
(どういう事か……?)
 幾度と無く考えを巡らしても、納得のいく答えは、得られなかった。


他社も動いてましたね……」
 先刻のADが、再び呟く。
「新聞社も来てますよ」
「うるせぇな、言われなくても分かってるよ」
 口汚く言って、三枝は舌を打った。
(他のTV局にも同じ電話が行ったって事かぁ……?)
 何考えてんだ? あいつは…
 声しか知らない情報提供者の目的。
 ……いや、それはどうでもいい事だ。
 大事なのは、他社よりも魅力的な素材……映像を、仕入れる事だ。
(折角の特ダネかもしれんしな……)


 その場所には、多くのロボットが陳列されていた。
 会場にはバルーンが飛び、ビルの5階に及ぶ展示場はそれこそ広大で、さながらなにかのイベントのようだった。
 あちこちに今後発売予定の試作機、及び、そのスペックの記されたプレートが展示されている。
 その合間で、実際に稼動するロボット達が、来訪者を出迎えていた。
 ビジネスショウのような華やいだ雰囲気が、会場に満ちている。
「ママぁ、すっごい! 本物のロボットだよっ!!」

 はしゃぐ子供の声と、窘(たしな)める母親の声。
 子供達にとって、機械は、謎を秘めたブラック・ボックスだ。
 ロボットだという青年に担がれて、子供が歓声を上げる。
「ねぇねぇ、おにーちゃんがロボットってホントにホントなの?」
「そうだよ。わたしは、テクニカル ライフ ルーツ コーポレーションのHBP-2784試作タイプっていうんだよ。私の役目は遊園地などでの子供のサポートさ。君はいつも何して遊んでるんだい? ゲームは好きかな?」

 別のブースではこういった会場でのサービスを担当するロボットがいた。
「お茶をどうぞ。そっちのお嬢ちゃんには ジュースが良いかしら?」
「わ、ありがと。おねーちゃんっ♪」
 こういった物を目の当たりにして、技術力の進歩に感嘆の吐息を漏らすのは恐らく、SFロボットアニメを見ていた世代の男達だ。
「……私達が生きている間に、これほどのものが出来あがるとは……な」
 その男性は物思いにふけっていたが、ふと子供があまりにはしゃいでいるのに気がついてあわてて
「あ、こら! あまり遠くに行くと迷子になるぞ!」
 と子供を追いかけていった。



 ……そう。
 五十年前の夢は、形を変えて現実となったのだ。


 この見本市、実際のところは株主総会も兼ねていた。
 しかし、TLRとしてはロボットが身近にあるということをアピールするため、という意味合いが大きいのだ。
 一般株主は、今後発売予定のロボットの展示を見て、社長の基調講演を聞いておしまい。
 販売店やレンタル業者などが会場で実際稼動する新型ロボットの出荷予定などをメモしたりする姿も目立つ。各ブースの裏では商談も行われていた。
 一般株主も一般人も、彼ら、彼女らなりに楽しんでいる。
 専門的な事は何一つ分からなくとも、こうやって技術の先端の一部を垣間見るだけでも、彼ら彼女らは十分に満足し、TLRについてのイメージを持ってもらえ、有望であると判断されれば株を買ってくれるかもしれない。

 3:30分。

「皆様、間も無く社長による基調講演が行われますので、お聞きになりたい方は6階の方へ移動を願います」
 係員の声。
 その場の人々は、一斉に動き出す。
 向かう先は、本社ビル6階の大型会場だった。
 コロセウムの観客席のように、半円形に広がる公聴席。
 その視線が集る先には、大型スクリーンと、演説台。
 公聴席の背後にも、大型のスクリーンが設置されている。
 ざわめきを伴って、人々がその中へと入ってくる。
 やがて、その全席が埋まると、おもむろに、館内放送が響いた。

「6階ホールはすべて満席になりました。有り難うございました。基調講演は各所のモニターで放送されますので……」


「社長。お時間ですよ」
「ああ」
 短く言って、新條は改めてネクタイの角度を直す。
 舞台袖から舞台にあがり、ぐるり、と客席を見回し、朗々とした声を紡ぎ出した。
「ようこそ皆様、テクニカル ライフ ルーツへ。ロボット見物の後で私の話……というのは、さぞや眠気を誘うプログラムでしょうが、暫(しば)しお付き合い頂ければ光栄と存じます」
 笑いを含む、軽いざわめき。
「……現在、ロボット工学技術は――」
 お決まりの文句を枕詞に、新條の基調講演が続く。
 ……原稿は必要無い。途中アドリブを交えながら、予め考えてあった文章を、言葉にして紡(つむ)いで行く。


       ――管制室――
 モニターや音響などを集中管理する部屋。
 そこには、3人の男達……照明や音声の操作をする裏方達が居た。
「昼飯持ってきたぞっ」
「おー、サンキュー」
 時々、思い出したようにモニターに視線をやりつつ、男達は昼食を腹に収めていった。
「しっかし、暇だよなぁ、俺達のやることなんてコンピュータのボタンをポンっと押すだけだもんなぁ」
 一人が、呟く。
「ま、そうだなぁ……」
「さっさと勤務時間おわんねーかなぁ。今日はもぉ疲れた、酒が飲みてぇ」
「ははは、お前そればっかだな――」
 突如、
            ばんっ!!

 乱暴な音と共に、扉が蹴破られる。
 室内に飛び込んで来たのは、黒服黒ずくめの男達だった。
「お前らいった――」
 ゴッ……!
 黒ずくめの男達は素早く的確だった。
 ある者は昏倒させられ、あるものは関節を逆にねじられ、口を押さえられて悲鳴を上げる。またある物は腹をやられて今食べたものを逆流させていた。
 ……ものの一分かからずに、その場所は占拠されていた。
「流石は金を払って雇ったエージェントだ。手際がいいね」
 二人ほどの黒服を伴って、一人の男が、室内に足を踏み入れる。

 それは、冴木だった。

「ホールの占領も、すぐに始まるかと」
「……では、私は舞台裏に上がっておこうか」
 ふっと笑って、冴木はきびすを返す。
「まずは楽屋裏の占拠だね。合図と共にホールを占拠して、それから外のマスコミを引き入れてくれ」


 ゴトッ    ゴト…

(? ……)
 妙な物音がした気がして、新條は一瞬怪訝そうな表情をひらめかせた。
 が、それもつかの間の事。すぐさま演説を再開し、懐から一枚のディスクを取り出す。
「では皆様、この映像をご覧下さい。我が社が開発予定の新型ロボットに関する資料です」
 その台詞と同時に、ホールの照明の殆どが落ち、新條の居る舞台と、その後ろの大型スクリーンだけに光が注がれる。
 ディスクを手元のスロットルに挿入して、さらに続ける。
「DHFR0266。通称『クララ』。来月発表予定の亜人間型――」

『ねえ、お父さん?』
        『なんだ 未羅? 』
『おなか減ったよ』
        『もうちょっと待ってろ』
『今日ね、 柄咲って人と会ったんだ』
        ザザザッ
『パターンは安定しています』
        『「フェミニ」は順調ですよ。今のところ』
『しかし、良く壊れないで持ちこたえた物だな』
 !!!!……

             ……ざわっ……

 ビル全体がざわめいた。
 モニターの映像や音声はビル全体に中継されている。
 突然のトラブルを人々は皆、面白そうに眺めていた。
「!?……」
(『フェミニ』の映像だと……!? 何故こんなものが……摩り替えられたとでも言うのか? 先刻確認した時は確かに――)……

「あれ……ロボットなの?……」
「なんか、手違いかな……?」
 これは、まずい……
「も……申し訳ありません、皆様。どうやら……資料が間違っていたようで――」
「いいえ! それでいいのですよ!!」
 朗々とした声が、ホールに響き渡った。
 照明が、声の主に集中する。
 その男は、ホールの入り口の前で、轟然(ごうぜん)と佇んでいた。
(キョースケっ……!!)
「ご覧下さい、皆様。今、スクリーンに映る少女こそが、我が社が極秘裏に開発した新型自立能動型ロボット…『HA-F160』。開発コードネーム、『フェミニ』です!!」

        ……ざわっ……

 会場そのものがざわめいたようだった。
「何をやっているんだキョースケ!! 警備員も……何をやってる!!」
 怒鳴り散らす新條。
 だが、その声に答えて現れたのは、ブルーのスーツの警備員ではなく、黒服黒マスクで黒サングラスの男達だった。
(何!?……)
 黒服達が、新條を抑えつける。

         ……ざわざわざわっ……

 ざわめきは、さらにその大きさを増した。

「なっ、なんだ貴様ら――ッ」
 誰何の声を上げた警備員は、黒服に腹を殴られ、昏倒する。
 続けて黒服達は、外のマスコミを中へと引き入れる。
 船の中の鼠が水から逃げるような勢いで、記者、カメラマン、アナウンサー……
 マス・コミュニケーションに携わる人々が、雪崩れ込むように自動扉をくぐって行った。


「なになに?……」
「なんなんだ? いったい――」
「どうなってるのっ……?」
「ご安心下さい、皆様。これも予定の一つ。皆様を楽しませるための余興ですので」
 歌うように言いつつ、冴木は客席の間の通路を降り、舞台に上がった。
 ばんっ!!
 ホールの扉が開かれ、マスコミが雪崩れ込む。
「……皆様がご覧になっている映像は、『フェミニ』のテスト時の映像です。ですが……これだけでは、彼女が『ロボット』であるとは、信じ難い方もいらっしゃるかと思います。続けて、これをご覧下さい」
 映像が切り替わり、映し出されたのはロボットの設計図、『フェミニ』製造過程の様子。
 反応テストと称される、電気ショックを用いた、まるで”虐待”ともみえなくもない映像。
 それは――生々しかった。
 さらに増す、ざわめき。
「……これこそ、技術の最前線です!!」

 シャッターを切る音と、アナウンサー、記者らの声が、瞬時にホールを満たす。
「先刻の映像の少女が、貴社の新型なのですか!?」
「実用のメドは立っているのですか?」
「何かコメントを――」
 群がる記者達を手で制して、冴木は新條に視線を向ける。
「それに関しましては、社長から詳しい話を伺えるかと……」
 ニヤッと笑うと、冴木は心の中で毒づいた。
(ざまあみろ…)
 その言葉と同時に、即座に、質問の嵐は新條へと向けられる。
「何か、一言コメントを……!」
「これほどの技術が、何故今まで隠匿(いんとく)されていたのでしょうッ?」
 ……新條の耳には、もう何も届いていなかった。
(冴木……ッ!)
 貴様……貴様はッ……!

 

        貴様は……

               何を考えている!!

 

            ――翌日――

 三枝は、いつものように郵便受けの新聞を取って、すぐに玄関へと戻っていく。
 朝食を食べる前に、新聞にある程度目を通してしまうのが、彼女の習慣だった。

『丸友商事、事実上の倒産』

『宮村恵子、結婚目前?』

『国境で、戦闘再発、報復攻撃か』

『森沢内閣、退陣。総選挙へ』

 社会面、芸能面、経済面……さまざまな記事に、目を通していく。

 一面記事は一番最後に目を通すのだ。
 お楽しみは、やはり最後にとっておくに限る。三枝は、基本的にはそう考えている。
 ぱらっ、とページをめくって、一面記事に……
「……は?……」
 間抜けな声を出して、三枝は沈黙した。

『TLR 最新人間型ロボット発表?』

 ……記事その物は、どうでもいい。
 彼女の目を釘付けにしたのは、新聞に載った写真だった。
「これって……」

           ……月沢……さん……?

               『TLR 革命的なロボットを極秘に開発』

 

           ……彼女が?……




          ――同刻、高岡家――

 杏里は、TVを見ていた。
 連綿と続くアナウンサーの言葉をバックに、TV画面の上を映像が踊る。
「! ……」
 ほんの十数秒、彼の視線は確実にTVに繋ぎとめられた。
 彼のよく知った顔が、TVに映っていたからだ
 『TLRの最新人間型ロボット』の顔として。
「未羅ちゃん……だよな」
 彼は一瞬判断に戸惑う。
「他人の空似?」
 それとも……彼女が?……

 『ロボットだからこそ、あんだけ可愛いのかもしれねぇよな』
 杏里は以前自分が何気なく放った言葉を思い出して笑った。
(俺って……)
「どうしたの? 鳩が豆鉄砲喰らったような顔してるわよ杏里。ほら…御飯早く食べちゃいなさい。遅刻するわよ」
 母親の声。
「杏里……!」
「……分かってるよ、すぐ食っちまうから……」
 何処か上の空な、声……。

 

       ……俺って……

 

                 ダッセぇかも……な……




          ――同刻、涼野家――

「……」
 ソファーに座って、柄咲は目の前のTVを見ていた。
 ……いや、ひょっとしたら、TVを『見て』いたわけではなかったのかもしれない。ただ、顔を前に上げて遠くを見ていた。その先にテレビがあっただけのこと。
「あら……」
 頬に軽く手を当てて、美咲が軽く首を傾げた。
「このロボット、未羅ちゃんそっくりねぇ……」
「ごちそうさま」
「……柄咲ちゃん?」
「……ごちそうさま」
 柄咲のプレートに乗っているメニューの、その半分以上が残されていた。
「どうしたの? 食欲無い?」
「……母さん」
 ソファーの上に放っておいた鞄を手にとって、柄咲はリビングを後にする。
「……母さん」
「何?」
 …………………
「裏切られたこと、有る?」
 それだけ言うと柄咲は玄関へ続く廊下へと歩いていった。
 美咲は息子の見せる初めての行動に戸惑いを隠せない。
「……思春期かな?」
 やっぱり彼女は少し常人とずれていた。




 

  母さん、あれは『未羅に似てる』んじゃないんだ。   

        ……未羅 なんだ……

その心の呟きはむしろ、自分への言葉だったかもしれない。








 いつのことだっただろう。
 俺は、明日のことは考えないで生きていこうと決めた。
 未来のことは自分に関係ないと逃げてきた。
 神様は……いつだって酷い事をするんだ、だれにだって平等に。








    ……RRRRR……

    ……RRRRR……

『はぁい、美紀だけど……』
 やっぱり、携帯の方にかけたのは正解だった。
 彼女はそう思い、くすりと笑った。
 明りの落ちた部屋の中、TV画面だけが明滅する光を放ち、愛らしい彼女の顔に、深い影を落としていた。
「美紀ちゃん? わたしよ」
 やや掠れた声で、彼女は言った。
 暫しの間を置いて、電話の向こうから怪訝そうな声が響いてくる。
『……沙耶?』
「うん。そう」
 彼女は、口の端を持ち上げて、笑った。
「美紀ちゃんは見た? 今朝のニュース」
『今朝の……?』
 ああ、これだけじゃ分からないんだ。美紀ちゃんは……。
「月沢さん、羨ましいねぇ。あんな風にテレビに出られるなんて」
 掠れた喉に笑いが引っかかって、掠れたような声が漏れる。
 だが、それも気にならなかった。何故なら……
「ロボットなんだってね、月沢さん」
『沙耶、ねえ、あなた――』
「綺麗な筈だよね。だって、ロボットなんだもん」
『沙耶?……沙耶! ちょっと、あんたさっきから何言って――』
 ピッ……
 電源を切る、電子音。
 TVから漏れる音だけが、部屋に反響するように、響く。
 ベッドサイドの棚に載せてあった写真立てを取って、沙耶はぼんやりと写真を眺めた。
 写真に写るのは、沙耶と、もう一人。背丈の高い青年が写っていた。
 肩を寄せるようにして、二人とも笑っていた。
 ついこの間、遊園地で撮った写真だった。
 同じように無邪気に笑える時が、もう一度来るのだろうか?
 不意に、満足げに笑う。
「馬鹿だね……新藤君……」
 かたん、と写真立てを落とし、彼女は――
 思いきり、写真を、踏みつけた。
「きっと、たくさん後悔するよね」
 わたしなら、後悔なんてさせなかったよ?
 ……割れたガラスが、浅く足の裏を切る。
 それも、気にはならなかった。
 

 ――気にする事ないんだ。
            だって、こんなに幸せなんだから――

 暗い微笑を湛えて、
 沙耶は再び携帯の電源を入れた。
 軽やかに電話番号を入力して、暫し待つ。
「……あ、リッちゃん? わたし。沙耶――」


 

 

 

 

      ……笑いが溢れ出すようで、止まらなかった。

 

 

 

 

 
 

 

            ――だって、幸せだから――

 

2000 7/4 Compleate 12/12 Revsion

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