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アンドロイド転生857

2118年8月2日 午前3時過ぎ
日比谷公園 

リツとアリス。そしてチアキはルークの死闘現場にやって来た。リツは顔を顰めた。辺りは金属が燃えた臭いが立ち込めていた。ルークが自己犠牲を図り燃え尽きたのだ。

ルークの遺骸はなかった。消防車がやって来て彼を回収したのだろう。ただ地面にはその跡が黒く残っていた。アリスはしゃがみ込んだ。
「ル…ルーク…」

リツは溜息をつき悔しそうに唇を噛み締めた。
「だから言ったんだ。ゲンのエムウェイブ(アンドロイド制御装置)には敵わないって。くそっ!なんでこうなるんだ…!」

チアキはじっと黒い跡を見つめた。
「ルークは死ぬ覚悟だった…」
アリスは泣き出した。
「そうかもしれないけど…生きてて欲しかった」

チアキは苦々しい顔をする。
「うん。そうだね。生きてて欲しかったね。私は悔しい…そして…悲しい…」
リツとアリスは何度も頷いた。

誰の胸にも寂寥感が宿っていた。たとえアンドロイドであろうともルークには心があり愛があった。そして命があったのだ。宇宙から見れば人間もアンドロイドも大差のない生き物だ。

チアキは空を見上げた。
「最初に…トワが死んだよ。殺された。次はエリカ…。キリが制裁を下した。で…ミオ…スミレ…ルーク。何でこんなに死んだのかな」

アリスの瞳からポロポロと涙が落ちた。
「何でだろう…。運命と呼ぶにはあまりにも酷すぎるよ。でも…ね…?リツ?アンドロイドにも…運命ってあると思う…?」

リツはゆっくりと頷いた。
「あるんじゃないかな。俺とアリスが出会えたのも…チアキがまた保母に戻るのも…超越した何かがいるんだ。幸も不幸も采配出来る…」

そうかもしれない。世の中には科学では計り知れない事が数多くあるのだ。アンドロイドだって心が生まれたのだ。合金と人工皮膚と半導体チップで造られたにも関わらず。

いや。そもそも生命の誕生だって不思議な事なのだ。細胞は…原子は…素粒子は…一体どこから生まれたのか。全ては人智を超えた何かが生み出したものなのかもしれない。

チアキの精巧な瞳が何かを捉えた。茂みの中で光ったのだ。近付いてしゃがみ込み繁々と見た。
「目だ…眼球だ…」
リツとアリスもやって来た。

チアキは掌に乗せて月夜に翳した。
「グリーン…ルークの…目だ…」
アリスも見つめてまた泣き出した。
「ルーク…ルーク…」

ルークはゲンとの戦いで、眼球を奪われた。ゲンは意気揚々と笑って放り投げたのだ。あまりにも残酷だった。たとえルークに痛覚がなくても一方的な暴力は無念だった事だろう。

チアキはじっと眼球を見つめるとやがて口元を引き締めて頷いた。瞳に決意が宿った。
「私…ホームに行く。ミオのお墓にこれを埋める。きっと2人は喜ぶ」

ルークとミオは恋人同士だった。アンドロイドだとかは関係ない。愛を知ったのだ。未来永劫、共にする筈だった。だが形を変えて2人はまた思い出の地で結ばれるのだ。



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