第六章 徳川家康と江戸幕府 〜方広寺鐘銘事件〜

『関ヶ原の戦い』に勝利し、全国の大名をしたがえる将軍という地位にもついた家康。
どうかんがえても天下をとった感じなのに、

"完ペキじゃない"

という理由をお伝えします。

だってね、まだいるんですよ。


豊臣家が。


とつぜんですが、豊臣家の人は家康のことをどう思ってるでしょう?

なんとなくですが、よくは思ってなさそうですよね。


だってね……。


『関ヶ原の戦い』というのは、”天下を決める戦い"といいましたが、じっさいは、家康と三成の、

"豊臣家の家臣どうしの大きなケンカ"

だったわけです。

だから、どっちが勝とうが、トップは秀頼のまんま。
ただ、秀頼がまだ子どもなので、関ヶ原が終わったあとも、家臣の中で一番えらい家康が政治をつづけてただけです。

それが家康、いつのまにやら自分の領地をメチャクチャふやし、将軍になり、しかもその将軍の座をむすこにゆずったりしてます。
秀頼にかえすはずのトップの座をぜんぜんかえしてくれません。

これは、よく思わないのもとうぜんですね。

豊臣家、とくに秀頼のママ・淀殿(秀吉の側室)なんかは、

「なんで徳川が天下おさめてることになってんのよ! 天下は秀頼のものでしょ!」

と、家康に敵対いしきバリバリになるわけです。

ではぎゃくに、家康は豊臣家のことをどう思ってるでしょう?

こちらもなんとなくですが、「ジャマだなー…」と思ってそうですよね。


だってね……。


幕府をつくったあと、全国の大名が家臣になる約束をしてくれたのに、豊臣とはその約束をかわしてません。
むかしほどの力はない豊臣家だけど、ゆいいつ幕府のルールが通用しない大名として、とくべつなそんざい感をはなってるんです。

それに、豊臣の家臣だった大名は、西日本を中心にたくさんのこってて、いまでも秀頼のことを大切に思ってます。

すぐに何かがあるわけじゃないとしても、家康が死んだら何かがあるかも……と感じちゃうくらい、徳川にとってヒジョーーーにキケンなそんざいの豊臣さん。

徳川家と豊臣家は、ヒジョーーにヒジョーーにビミョーなかんけい……

かと思いきや、

つねに仲が悪かったのかっていわれると、そーでもないんですね。

家康は、秀吉ののこした言葉にしたがって、家康の孫むすめの千姫(せんひめ。秀忠の子ども)と、豊臣秀頼をけっこんさせてます。
だから、ふつうに親せきになってたりするんです。

家康的には、このまま豊臣がすーっ…としたがってくれたらオールオッケー。
ただの"徳川のしんせきの大名"として幕府にしたがってくれたら、

「これからも仲よくやっていけるかも…」

なんてかんがえてたんです(おそらくね)。

でも、家康が秀頼くんに「ちょっと会えないかな?」っていうと、


淀殿「だーれが秀頼ちゃんをいかすもんですか! だから徳川にはしたがわないって言ってるでしょ!!」


と、ソッコーで淀殿がしゃしゃり出てきて、話がすすみません。

数年後にまた、

「こんど京都にいくことになったからさ、会おうよ」

と秀頼をさそうと、やっぱり……


淀殿「家康が来なさいよ家康が! 話があるなら、家康が大坂にきたらいいでしょ!」


と、モンスターペアレント(淀殿)がしっかりと反対してくるんです。
(でも、このときは家康と秀頼、会うことができました。加藤清正たちが「家康さんのおさそいをことわるのはヤバイですって!」と、淀殿を説得したからです。)


家康「豊臣家(とくに淀殿)は、どうしたって徳川にしたがう気がなさそうだ……。うーん、………………どーしよ?……」


家康は、豊臣家のあつかいにホトホトこまりはてていたのでした。

しかし、そんな強気の豊臣家をちょいとゆさぶる出来事が……。

いままで豊臣をささえてきた、加藤清正や池田輝政といった大名が、次つぎとなくなっていったんですね。

これには豊臣のみなさんも不安をかくしきれません。
不安になって……

兵糧を集めだすんです。

家康「ん?」

不安になって、
兵も集めだすんです。

家康「え?」

不安になって、
幕府をムシし、朝廷から官位をもらうんです。

家康「な…」


豊臣さん、不安になったから
「もうしたがいます…」
にならないんですね。

ぎゃくに、よけいにキバをむき出しにして


「なにがあっても徳川なんかにしたがうか!」


というかまえをみせちゃうんですよ。


家康「家康はおこりました!!!」


家康はおこりました。そして、


家康「もぉーーー豊臣つぶす!!!」


とうとう、"話し合いの道"をすててしまったんです。


家康「あとは、豊臣をこうげきするためのキッカケだな。なにかいい手が…」

家康家臣「と、殿! 方広寺(ほうこうじ)のカネに『国家安康君臣豊楽(こっかあんこうくんしんほうらく)』とあります!」

家康「なに!? 方広寺のカネに『国家安康君臣豊楽』だと! ……それだ!」


どれだ?


どうやら豊臣をせめるキッカケが見つかったっぽいですが、これがいったいなんのことを言ってるのか。
では、スパっとお話ししましょう。

方広寺ってのは、秀吉がたてて、一度もえてなくなっちゃったお寺です。
それを秀頼がたてなおして、そろそろ完成するよーってのがこのときのことです。

問題は、そのお寺のカネにきざまれていた"文字"。
会話にあった『国家安康君臣豊楽』ってやつです。

この言葉、ふつうに読むと

『国が平和で、君主も家臣も楽しく!』

って感じの意味になるんです。すごくいい言葉ですよね。

でも、文字をよーく見てください。

『国家安康』の中に、"家"と"康"、「家康」の名前が入ってるでしょ。

しかも「家康」のあいだに"安"という字が入って、「家康」を切りなはしてます。

そして、『君臣豊楽』の中には、"臣豊"という字があって、これをぎゃくにすると"豊臣"です。

家康たちはこれを、


「『家康がきられて、豊臣が楽しむ!』というふうにも読める」


と、かんがえ、豊臣家につめよったんです。


家康「やってくれましたね。『家康がきられ…』か。オレのこと、のろったんでしょ?」

豊臣家「いやいやいやいやいや!!! のろってなんかいませんて!!」


これが、家康がスッゲーいちゃもんをかましたことで有名な


「方広寺鐘銘事件(ほうこうじしょうめいじけん)」


というできごとです。

たしかに、あちらにそんなつもりはないのに、むりやり「のろってるだろ!」って、とんでもないクレーマーですよね。

ただこれ、豊臣はなんにも悪くなかった……というわけでもないんです。

むかしの人はですね、本名のことを「諱(いみな)」といって、すっごくすっごく大事にしてたんです。
だから、他人が軽がるしく名前をよんだり、書いたりしちゃダメだったんですね。

ましてや、上のたちばの人の本名をよぶなんてもってのほか。失礼どころのさわぎじゃありません。
なので、だれかに話しかけるときは、その人のしょくぎょうやたちばでよぶことがふつうだったんです。

いまでいうと、「部長」とか「先生」ってよぶような感じですね。

ちなみに、このお話ではわかりやすくするため、まわりの人が家康をよぶとき
「家康さま!」
とかって書いてますが、当時はありえないことです。

家康でいえば
「三河守どの!」
「内府どの!」
「大御所さま!」

なんてよばれてたんです。

と、なると……。

本人のきょかもなしに"家康"という字をカネに入れたっていうのは、かなりの大失敗。
しかもその字を切りはなしてるんですから、そうとうやらかしてます。

「ふざけんなよ!!」と、家康にせめられても、しょうがないことだったんですね。

それでも家康は
「いいキッカケをありがとう!」
とも思ってたかもしれませんが……。


「方広寺鐘銘事件」で家康がキレてることに、
片桐且元(かたぎりかつもと)
って武将はあわてます。

この人は豊臣の家臣なんですが、家康とも仲がよかったので、

「どうにか家康さまと豊臣のかんけいをもどさなきゃ!」

とかんがえていたんです。

で、淀殿にこんなていあんをするんですよ。


片桐且元「家康さまにあやまりましょう!」

淀殿「知らないわよ! あっちが勝手にキレてるだけでしょ!」

片桐「このままでは、豊臣と徳川のあいだで大きな争いになってしまいます! なので、家康さまのいかりをしずめるために、つぎのうちから一つをお選びください。

1、秀頼さまが江戸におつとめにいく。
2、淀殿が人質として江戸にいく。
3、豊臣が大坂城を出ていく。

さぁ、どれ!」

淀殿「『さぁ、どれ!』じゃないわよ……。どれもこれもできるわけないでしょ……。あんた……徳川のスパイね……?」

片桐「な……なにを言われます!!」

淀殿「あわててるじゃないの。スパイってのはね、『スパイでしょ』っていわれたらあわてるもんなのよ! こんなじょうけんのめるわけないでしょ!出ていきなさいよ!!」


追放です(会話はげん代バージョン)。

なんと、家康と豊臣の仲をどうにかとりもとうとした片桐さんは、豊臣家を追い出されてしまうんです。
それを知った家康は、


家康「片桐を追いだした。ってことは、こちらにあやまる気もなければ、仲よくする気もないってことだな……」


となっとくし、ついにこんな命令を出すことに。


家康「出陣のじゅんびをいたせ! 全国の大名に、兵を集めろと伝えるんだ! これよりむかうは大坂!!! 泰平(たいへい)の世をやぶる、豊臣をうつ!!!」


戦国時代、最後の戦いがはじまります。



つづく。




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本当にありがとうございます!! 先にお礼を言っときます!