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【ゼロから学ぶNVC #1】 自分にも周りの人にも優しいコミュニケーションを学ぼう

NVCの基礎とその可能性

突然ですが、皆さんはご自身が普段話をするときの「言葉の使い方」について考えてみたことはありますか?

私たちの多くは、日常的に「暴力的な言葉の使い方」をしていると聴いたら、ご自身の中にどんな思いが湧いてくるでしょうか?

「教育者として、日頃から言葉使いには気をつけています。言葉の暴力なんて私はしたことありません」
「特にSNSの世界などで『言葉の暴力』が問題になっていますよね。子どもたちにどう指導したらいいか、頭を悩ませています」

そんな方もいらっしゃるかもしれません。では、「暴力的な言葉」の例をあげてみましょう。

「君はいつも忘れ物ばかりでだらしがないなぁ」
「いいからとにかく言うことをききなさい!」
「あ〜またやってしまった!私はなんてダメなんだろう...」

何だか急に自信がなくなってきてしまったでしょうか?
もしかして自分が、「暴力的な言葉の使い方」をしているのかもしれない...と。

はじめまして。私たちNVC Singaporeは、世界経済のハブであり多様性に富んだ国、シンガポールを拠点に、Nonviolent Communication(NVC- 非暴力コミュニケーション)を広める活動をしています。

従前の能力主義から全人主義へと舵を切り始めたシンガポールの政府系機関、教育機関でのトレーニングや、組織の心理的安全性を高めることで成長し続けたい企業、また関係性における悩みを抱えた個人のお客様に「つながる」ための叡智をシェアさせていただいています。

連載の執筆者である
NVC Singaporeのミキアムリータさんと、さだかね志保さん

今回から5回にわたり、「違いを越えてつながり合う」を可能にする平和の言葉 - NVCの専門家の視点から、互いを尊重し合える学校づくり、そして子どもたちが自分の生命のエネルギーとつながりながら学べるようになるためのワークのヒントをご紹介します。

自分にも周りの人にも優しいコミュニケーション「NVC」の成り立ち、NVCが目指すところ

今回はまず、NVCについての概要、そして NVCを教育現場に持ち込むことの可能性や課題についての私たちの考えを、皆さんとシェアしたいと思います。

NVCとは?

NVCは、米国の心理学者 マーシャル・ローゼンバーグ博士 (1934-2015) によって体系立てられたコミュニケーションです。

NVCの言葉を学ぶことで叶うのは、どんな状況でも「自分、そして他者を尊重できるようになる」ということ。

私たちの内側、そして外側に平和を生み出すNVCは、すなわち、地球上に生きる全ての生命を大切にしようとするコミュニケーション、とも言えるでしょう。

NVC生みの親であるマーシャル・ローゼンバーグ博士

NVCはどのような問題意識から生まれたのか?

その昔、全身麻痺の祖母を笑顔で世話をする親類の様子を日常的に見ていた少年時代のマーシャルは、「この世には他者の幸福に貢献することを心から楽しんでいるように見える人もいれば、互いに暴力をふるいたくて仕方がない人もいる。それはなぜだろう?」と疑問を抱きました。

彼の探究はここが原点となり、専門の心理学のみならず過去の歴史や比較宗教学、対立の場に身を置きながら他者の幸福のために貢献し続ける人について学び、NVCを体系立てるに至りました。

長年の探究の結果、マーシャルは【人間本来の性質は、互いの幸福のために貢献しようとすること】だと信じるようになりました。

あなたはこの考えを聞いて、どう感じますか?

今この瞬間にも争いが起きている世界で、このことを信じるのは難しいのかもしれません。でも、人間が争いを始めたのにはきっかけがあるといいます。

およそ1万5000年前から、人間同士の争いは、はじまっている。

およそ1万5000年前、最終氷期の終わりと共に、人類はそれまでの狩猟採集民としての生活から、農耕民として生きるようになったと言われています。

備蓄も貯蔵もタブーな平等社会であった生活から、定住、そして私有財産を持つ生活へ。この頃から人類は戦争するようになり、不平等な社会、1%の人が99%の人を抑圧する社会へ歩み出したと考えられているのです。

約1万5000年前から存在する、人間同士の争い

自分は他者より力や知識があるとか、よりモノや土地を持っているとか、そんな理由で権力を誇示し始めた者たちは、その立場を守るためにこんなことを言うようになりました。

「この通りにしなければ罰が下るだろう」
「私に仕えたら褒美をやろう」

もしあなた自身にこの言葉が投げかけられたら、相手から一体どんな力を感じますか?上からの力で押さえつけられる感覚がありませんか?

そして、現代社会でも日々、こうした「罰」や「褒美」といった、誰かにとっての正しさを押しつけるコミュニケーションがなされていることにお気づきでしょうか?

「悪いことをしたら怒られる、罰せられる」「ルールは守りましょう」など、なぜそれが大切なのかを考えるチャンスを与えられず、「そういうものです!」「当たり前だ!」と言われて育った私たち。

テレビ番組には、悪者に制裁を与えるような勧善懲悪の番組が目に留まることが多いです。そんな中で、知らず知らずのうちに相手を力で凌駕したり、相手に権威を明けわたす言葉が日常のコミュニケーションとなってしまっているのです。

マーシャルは長年の探究の結果から、人が思いやりを忘れてしまう要因として「言葉」にその秘密があるのではと気づきました。そして、どのような言葉を話せば、人の本質 = 人を思いやり、心の底から与え合うことを好むを引き出すことができるのかと研究し、NVCを体系立てました。

一部の人が権威を持つような、三角形の力関係 (Power over/under:下の図左) をフラットにし、全ての人の生命を大切にしながら (Power with:下の図右) つながり合うためのコミュニケーションがNVCの目指すところです。

Power over/underから、Power withへ

NVCの4つ要素とは?

では、実際どのようにNVCでPower withを実現するのでしょうか?NVCの具体的なステップとして語られることの多い、4つの要素をご紹介します。

1. 観察
身の回りで何か事象が起きたとき、評価/判断をせずにその出来事をただ観察する。観察とは、「ビデオカメラに映ったときに見える・聴こえることだけ」を捉える行為です

私たちは周囲の出来事を観察するとき、特段意識をしなければ、つい過去の経験や知識に基づいたフィルターをかけて観てしまうものです。効率よく情報を処理しようとする脳の特性とも言えますね。

でも、目の前のその人は、過去あなたに苦い思いをさせた人ではないかもしれません。同じ相手だったとしても、「イマこのとき」のその人は、過去と同じ行動をするとは限りません。

「あの子は遅刻魔だから」「あの先生は細かいよね」とレッテルを貼ることや、肩書きによって人を判断した瞬間、見えなくなってしまうものがあります。現実をあるがままに捉えることは、実はとても難しいことなのです。

2. 感情
起きた事象に対し、どんな感情を抱いたのかを認識します

私たちは周囲の出来事に気づくとき、さまざまな感情や身体感覚を抱きます。ここでは、それらと思考を区別することがとても大切なポイントとなります。

また、感情を認め、それらに名前をつけることは、高ぶった神経系を落ち着けることを助けます。

3. ニーズ
その感情はなぜ湧いたのか?要因となったニーズを探ります

「生命を維持し、豊かにするために大切にしたい想いや価値観」は、全ての人に共通しているもの。これらの想いや価値観をNVCでは「ニーズ」と呼びます。私たちの感情は、ニーズが満たされたか・満たされないかによって生まれます。

「生命を維持するニーズ」とは、例えば、空気や食べ物がそれにあたります。「豊かにするニーズ」には、自由、楽しみ、成長、遊び、理解すること、貢献、といったものがあります。

全ての人に共通する、この「ニーズ」のレベルで対話をすることで、私たちはどんな状況であっても、相手の人間性に触れることが可能となり、敵対するのではなく、つながり合うことが可能となるのです。

4. リクエスト
全ての人のニーズが満たされる道を創造的、協調的に模索し、実現するために、この瞬間に実行できる具体的な行動をリクエストします

NVCの試みにおいて、現実を変える力を発揮するのがこのステップです。

ここでは、「強要」と「リクエスト」の違いを理解することも大切なポイントとなります。

NVCの4つの要素
キリンはNVCの共感コミュニケーションを表す動物とされている

例)
1.観察
「A君とBさんが、朝読書の時間に、本を読むことなくおしゃべりしている」のを見たとき

2.感情
「がっかりした/イライラした」感情を抱いた

3.ニーズ
なぜなら教室の中に「配慮、協力、学び、互いが満たされていること」が満たされなかったから

4.リクエスト
「朝読書の時間が終わるまでのあと5分、一人ずつ本を読んでくれますか?」

NVCにおける暴力とは?

NVCでは一体どのようなものを「暴力」としているのかについても、ここでクリアにしておきたいと思います。

マーシャルは、非暴力的な行動と暴力的な行動を区別する重要なポイントとして2つをあげています。

 1.非暴力的な視点には敵がいない
 2.相手を苦しめる意図を持っていない

これらはどちらも、互いのニーズを尊重し、ニーズを満たそうと集中することで回避できるものです。よってシンプルに、ニーズを満たせない行為=暴力的であると理解しておいていただくといいでしょう。

気づいていただきたいのは、皆さんが自身のニーズを満たそうとしない行為も「自分への暴力」であるということです。

多忙な日常を送る先生方の中には、この「自分への暴力」を知らず知らずにしてしまっている方も多いのではないでしょうか。

あなたは、自分自身を大切にできていますか?

教育現場におけるNVCの可能性と課題

教育現場におけるNVCの可能性

NVCの叡智に触れ、実践することで生き生きとしてくるのは、私たちの内側にある生命のエネルギーです。

感情をヒントに、その時々の大切にしたいニーズに気づく。そして、それらのニーズを満たそうと創造的な思考を働かせる。そこで、これまでは意識してこなかった「人生をより素晴らしいものにしたい」という内側から起こる生命の躍動を、確かに感じるようになれます。

そして、そのプロセスを重ねて気づくのは、私たちは「どうすればより良い人生を生きられるのか」をすでに知っている、ということ。

「どうすればより良い人生を生きられるのか?」という問いに対する答えは、決して外側には存在せず、私たちがセンサーを作動しさえすれば、必ず内側からその生命の声を聴くことができるのです。

学校は、日々「『知っている』先生が『知らない』子どもたちに教える」という構図が取られるため、先述した三角(Power Over/Under)の状況が作られやすい場所です。

もちろん、知識を伝える必要について、否定しません。しかし、その構図に慣れてしまっているがゆえに、子どもたちの素質、子どもたちの生命への信頼を忘れてはいないでしょうか?

教育の現場にNVCの叡智が取り入れられることで開ける可能性としては、例えば次の6点があると考えています。

(1)文科省が掲げる「生きる力」を育むための総合的な指針となる可能性
(2)「探究学習がうまくいかない」の根本原因を解決する可能性
(3)子どもたちの精神的幸福度*を上げる可能性
(4)不登校やいじめ等に関する対処法の指針となる可能性
(5)経験年数に拘らず子どもの安全基地となれる先生を育成できる可能性
(6)教員の精神的健康度、幸福度を上げる可能性


*ユニセフ「先進国の子どもたちの精神的・身体的な健康と、学力・社会的スキルについて調査報告書」(2020)によると、日本の子どもたちの精神的幸福度は38カ国中37位とワースト2位

NVCを教育現場に取り入れる上での課題

こんな可能性が開けるのであれば、ぜひNVCを取り入れてみたい!と思っていただけたらうれしいです。しかし、いざ実践となるとおそらく次のような課題にも直面されることと思います。

・すでにシステム化された構造の中で行うことの難しさ
(効率性、一貫性、秩序、目的等のニーズが優先されがち。関係者が多く調整が困難になりやすい)

余白を許容できるか
(これまでシャットダウンしてきた各自の想いやニーズにつながる必要があるので、必然的にプロセスに時間を要します)

教員の内的スペース(自分や他者と共感的に向き合える心の余裕)を確保できるか
(他者の感情やニーズに寄り添うためには、自分の中にそれを抱えることができるスペースを必要とします。日々多忙な先生方。まずは、先生方が十分に共感的に聴いてもらえる体験をすることが欠かせません)

とはいえ、学校全体や社会の変化を期待して動かずにいては何事も変わりません。大きなものを動かすより、小さなものを動かす方が簡単なのです。

学校も社会も個人の集まりですから、「変わろう」とする人が一人ひとりと増えていけば、必然的に全体も変わっていくはずです。あなたがこの新しい言葉を話すと、それは周囲に波及します。そして、身近な大切な人の幸せもサポートすることになるのです。

ガンジーの言葉「世界に望む変化を体現する人になりなさい」も、
NVCにつながる考え方

まずは個人で、ご家庭で、そして授業から、始めてみませんか?

私たちは、一人でも多くの方がNVCでの言葉改革を実践することで、世界は平和へ近づいていくと信じて活動しています。ぜひ、次世代へ贈る平和の種を植えることに協力してください!

次回から、NVCを教室に導入するためのワークを4回にわたりご紹介していきます。

文・写真 :NVC Singapore