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【ゼロから学ぶNVC #5】 ニーズの力で対立を超え、多様性の実現を(現場で使えるワーク付)

多様性を認めるってどういうこと? シンガポールに学ぶニーズの話

さて、いよいよ今回が最終回。これまで、

#1. NVCの基礎とその可能性
#2. 共感のパワーと技術
#3. 観察力を鍛えよう/違いに気づこう
#4.ニーズと境界線の話

をご紹介してきました。

最終回は、「違いを越えてつながり合う」を体現しているシンガポールについて紹介しながら、【Diversity, Equality* & Inclusion =多様性・ニーズの平等性・包括性】を実現する方法について考えていきたいと思います。
【Diversity, Equality* & Inclusion】 は、【DE&I】と略しています。

多様性を実現し、成長を続けてきたシンガポールの歴史的背景

シンガポールにおける【DE&I】の意味とは?

【DE&I=多様性・ニーズの平等性・包括性】を実現しようとするとき、見た目に現れない「能力の多様性」については、生産性や創造性を上げることに有利に働く一方で、「見た目の多様性」は分断を生みやすく、扱うことが難しいと言われています。

例えば、見た目の多様性とは男女の差・肌や髪の色など身体的特徴といった差のことです。見た目の違いに関する多様性を抱えたシンガポールという国が、安全かつ経済的に成功した国として存在するという事実は、私たちに勇気と希望を与えてくれると思いませんか?

そんなシンガポールがどのように多様性を実現したのか紹介しながら、【DE&I】を実践するときの要である「ニーズで対立を越えていく」ことについてお伝えしていきます。

ここから「ニーズ」を考える上で、「誰のどんなニーズも等しく大切にされて良い」ことを改めて思い出してください。「ニーズでつながると、同意できずとも理解しあえる」ことに気づき、他者の話に素直に耳を傾け、尊重できるようになることを目指します。

シンガポールはなぜ世界のハブとして機能するようになったのか?

NVC Singaporeの本拠地シンガポールは、いまや世界の経済・才能のハブとして機能する、言わずと知れた経済大国です。

2018年の報告によると、シンガポールには7,000以上の多国籍企業を含む37,000以上のインターナショナルカンパニーの本社が存在すると言われています。

2021年度のIMD (国際経営開発研究所))「世界競争力年鑑」によると、シンガポールの競争力は世界第5位。COVID-19の影響がありながらも、依然としてアジアで唯一トップ5入りを果たしています。

東京都ほどの大きさで、海に囲まれ天然資源のないシンガポールは、よりどころであった隣国マレーシアから見放される形で独立しました。まさにピンチの状態から国として出発したのは、1965年8月のことです。

当時の首相であったリー・クワンユーは、「これはマレーの国ではない。これは中国の国ではない。これはインドの国ではない。言語、文化、宗教など、誰もが平等の立場を持つだろう」と、多民族国家の建設を約束しました。

独立当初からさまざまなルーツの民族が存在し、国としてのアイデンティティもなかったシンガポール。国の存続のためには、民族の垣根を越えて「シンガポール人」として団結する必要性がありました。

建国当初、大きな民族間暴動に見舞われたシンガポール。民族融和を進めるための具体的な政策の一つとして、多様な民族をつなぎ止めるための共通言語として英語を採用。学校では、全教科英語で授業を実施し始めました。他には、HDB (Housing Development Board=国がサポートする住宅団地) のブロック毎に人種構成比率を厳密に規程しました。

英語が共通言語となったことで、他国の成功例を研究し、自国に研究の結果を取り入れられるような人材が育ってきました。そのような人材が、国の発展を促したのと同時に、シンガポールと世界の距離を縮めることにも寄与しました。

シンガポールが「世界のハブ」としてここまでの成長を遂げた背景には、多様な文化を受け入れ、育て、人々が「共にあること」を自然なものと捉え始めたことが、大きく影響しています。

多様なシンガポールの今

「シンガポールの人種的および宗教的マイノリティの利益を常に守ることは政府の責任である」と明言しているシンガポール憲法。何年にもわたるさまざまな政策により、今日では非常に平和な多民族国家となりました。

シンガポールの人口は2021年の時点で、【中華系・マレー系・インド系・その他】の順に多く、それぞれ 中華系 2,960,135人、マレー系 544,452人、インド系 354,885人、その他 が127,370人となっています。

「その他」の中には、出稼ぎに来ているアジア近隣諸国の人々、多国籍企業の赴任者など世界各国の民族が含まれます。

シンガポールの公用語は4つ。英語、中国語(標準語)、マレー語、タミル語です。英語の他の3カ国語は、それぞれ中華系、マレー系、インド系民族の言葉で、地下鉄内の表示、そして構内/車内アナウンスもこのように4つの言語でなされており、人々は日常的に4カ国語を耳にしています。

地下鉄内表示は4ヶ国語で表示されている
日常的に4ヶ国語を耳にするシンガポールの人たち
シンガポールの民族的な人口比率表

民族が多様ならば、宗教も多様です。

仏教(31.1%)、道教(8.8%)、キリスト教(18.9%)、イスラム教(15.6%)、ヒンズー教(5.0%)、その他(0.6%)、残り20%ほどは、無宗教者という調査結果が発表されています。以下に掲載した2020年のシンガポールの国勢調査からも、国内に多様な宗教が共存している様子が分かります。

シンガポールの宗教的な人口比率表

それぞれの文化・宗教を尊重するためにシンガポールでは、各文化・宗教における大切な日が「国民の祝日」とされています。民族や宗教に関係なくそれぞれの大切な日をお祝いするため、祝日になると街中が祝福ムードに包まれます。

次の写真を見ると、シンガポールにおいて多様な宗教の共存が、平和的に受け入れられていることがよく分かります。左からそれぞれ、仏教、キリスト教、ヒンズー教の施設がとなり合って並んでいます。

仏教、キリスト教、ヒンズー教の施設がとなり合って並んでいる様子

教育現場でも民族融和の努力がされており、その一つが1997年から国の教育プログラムとしてスタートし、毎年7月21日に制定されている【Racial Harmony Day (民族融和の日)】です。

当日になると子どもたちは、自分の属する文化の民族衣装を着て登校し、かつてシンガポールで起きた大規模な民族間暴動について学び、民族融和の重要性を考えたり、互いの文化に理解を深めるための活動に取り組みます。

ここまで、一朝一夕には出来上がらなかった多様性の共存の歴史についてお話してきました。安定しているように見えるシンガポールも、さまざまな政策や現場における継続的な努力によって今があることを感じていただけたでしょうか?

NVCを通じてどんな力も生かし合い、全ての生命が大切にされる社会を実現する

ニーズで対立を越えていく

「誰もが大切にされる社会」を創ろうとするとき、すなわち、自分も相手も大切にしようとするときに直面するのが「対立」です。

対立は、想いや意図がぶつかり合うことで起こります。対立をどちらか一方が力づくで解消しようとすると、相手側の想いはなかったものにされ、想いが受け止められなかった方は不満を抱えてしまいます。そしてその不満が、次の対立の火種となる可能性もあります。

そこで「違いを越えてつながり合う」ために、NVCでは「どちらが正しいのか」ではなく「何を大切にしたいのか」で互いにつながり、対話を進めます。

ここでは、シンガポールにおける多宗教の共存を例に考えてみましょう。

それぞれの宗教における信仰の対象は、【仏教:ブッダ】【道教:老子】【キリスト教:キリスト】【イスラム教:アッラー】【ヒンズー教:多神教】 とさまざまで、この点において「どの宗教や信仰が正しいのか?」という議論をしてしまうと、永遠に対立を収められません。

そこで「それぞれの対象を信仰することで、どんなニーズを満たしたいのか?」という点について考えます。皆さんは、どんな願いを持って祈りを捧げていると思いますか?

どの宗教においても、皆「健康」「幸せ」「安心」「精神的な成長」「信念」、こういったニーズを満たしたいと願っているのではないでしょうか。

このように、ニーズに降りて相手を理解しようとすることで、どんな宗教に属する人も「確かにそのニーズは大切にしたい!」と、相手に共感することが可能となります。何を信仰の対象とし、どの宗教を選ぶのかは、単に「ニーズをどう満たすか」という戦略の違いだけだということに気づくのです。

「ニーズレベルでそれぞれの願いは共通している」というポイントに気づき、「ニーズレベルで自分と同じだ」と理解することで、対立すると思っていた相手の人間性が見えてきます。人は、他者を「自分の仲間」と解釈した場合、その他者を攻撃しにくくなる生き物であると多数の研究から明らかになっています。これが、ニーズレベルで対話をすると対立を越えられる所以です。

「生命に寄り添った変化」で新たな未来を創ろう

私たちは未知と出会ったとき、創造性を発揮し変革を生み出します。シンガポールは、多様性を受け入れ、変化することによって国を発展させ続けてきた国です。100年先を見据えていると評されるその政策は、教育現場においても「競争ではなく、共創」へと変革が進んでいる最中です。

誰かを蹴落とすのではなく、どんな力もいかし合う社会へ。私はそこに、【温かさ、生命の祝福、希望】のニーズが満たされるのを感じています。

ポストコロナの時代。世界中の人が「確実なものは何もない」ということを痛感しました。このような世の中で、皆さんが子どもたちに、今一番伝えたいのはどんなメッセージでしょうか?「社会課題の解決に向けて力をつけよう」ですか?「不透明な世の中を柔軟に生きていく力をつけよう」ですか?それとも「ボーダーレス化していく世界、多様性を受け止められるリーダーになろう」でしょうか?

どれもNVCがサポートできることでありますし、必要なことだと思うのですが...書いてみて改めて、それらは単なる副産物のように感じています。

私たちNVC Singaporeが活動の根幹として持つ、たった一つの願い。それは「とにかく皆の生命が大切にされてほしい」という願いです。

今回の連載を通じて、先生方、そしてその先にいる子どもたちに伝えたいのもこの願いであり、その願いを実現するための術のほんの一端です。

「皆の生命が大切にされてほしい」という願いを満たそうとすれば、自然と生きる力が育まれ、互いの多様な特性を活かしあえる【Power-with】な社会へ向かうことができ、そこから創造性に富んだ変化へのアイデアは生まれます。

生命に寄り添った変化は、私たちをどんな未来に連れて行ってくれると感じますか?

自分自身の幸せに気づきながら、他者の幸せも実現するNVCの学び

ここからは、最終回のワークを紹介します。

✍️ワーク :多様性を受け止める/感情ニーズワードと仲良くなる

最終回は、自分や他者の感情やニーズを推測し表現することに慣れることで、語彙の増強を目指すワークを紹介します。

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