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民間企業から小学校教員への転職、そしてドイツでの暮らし。たくさんの寄り道をして感じた「自分を知る」ことの大切さ

幼い頃より小学校教員に憧れ、大学は迷わず教育学部に進学。将来は教員になることが既定路線だったにも関わらず、民間企業への就職を選んだ名越さん。

大学院まで学んだアートへの関心と刺激的な出会いを求めて、画材・オフィス事務用品を扱う民間企業などで約3年働いた後、小学校の先生の道へ。

さまざまなキャリアという寄り道を経験した名越さんは「ちがいは学び」をモットーに、「自分を知る」ことの大切さを子どもたちに伝えている。そんな名越さんのキャリアヒストリーについてお話を聞いた。

美術教育で大学院を修了するも、民間企業の道へ

——名越さんは、民間企業にお勤めになってから教員へ転職されたそうですね。名越さんのキャリアヒストリーについて、詳しくお聞かせいただけますか?

幼い頃からいつか先生になりたいと思っていたので、教育学部に進学してアートを専攻しながら小学校教員になるための勉強をしていました。教育と同じくらいアートにも関心があったので、大学院に進学して美術教育についての研究にも取り組みました。進学はしたものの、研究者への道は考えておらず、将来は教員になることしか考えていませんでした。

ところが大学院を出てすぐ先生にはならず、民間企業に就職しました。多くの友人は卒業後すぐに教員になりましたが、私はその前に他の仕事をやってみたいという気持ちがあったんです。就職先は、画材やオフィス事務用品を扱っていた民間企業。私はその会社が運営するカルチャー教室部門で勤務しました。

民間企業を退職後も、美術館で臨時職員をしたり、カナダに2カ月ホームステイに行ったりと、すぐ教員にはならなくて。結局小学校の先生になったのが27歳のときでした。現在は家族の都合でドイツのフランクフルトで生活しているので、休職中ではありますが、日本に戻ったら復職する予定です。

名越さんは、現在は休職中。
家族の都合でドイツに暮らしている

—— 一緒に学んでいた仲間たちが大学卒業後すぐ教員の道に進む中で、民間企業に就職することに抵抗はありませんでしたか?

就職活動のとき、実は進路に悩んでいました。当時私の周りには、教職を目指しながらも一度民間企業に就職するという事例があまりなかったからです。

就職活動の中である会社の社長さんに「先生になりたい人が民間企業で働くことは、とてもいい経験になると思う。でも本当に先生になりたいなら、民間企業で働く期限を決めた方がいいよ」と言われました。その話に私も納得し、自分なりに期限を決めて働き始めました。

民間企業で働いてみて、本当に多種多様な人たちと出会うことができました。会社の中には、営業の人もいれば、画材を売る人もいれば、私みたいに教室運営に携わる人もいる。お客さんだって十人十色で、趣味でアートを楽しんでいる方もいれば、プロのアーティストの方もいらっしゃいました。とにかくたくさんの出会いがあって、とても刺激的でしたね。

ちがいは、学び

——民間企業で働きながら、たくさんの刺激的な出会いがあったのですね。実際に教員として働いて、民間企業での経験が生かされていると感じたことはありますか?

教員とは別の仕事を経験したからこそ、保護者の方の置かれている状況や話がすごく分かるなと思うことがありました。それぞれの仕事によって大変なことが違うので、「きっとあの方にはこんな苦労があるのだろうな」と想像できるようになっていたのは、とても良かったです。

あとは前職でチラシなどのデザインに関わったり、企画を考えたりすることがあったので、図画工作の授業では画材の知識が生きましたし、楽しい授業をつくることは、イベントの企画と似ていると感じています。

——民間企業での仕事と、教員の仕事には、どのような違いがあると感じていますか?

民間企業だと他の人と協力したり、力を貸してもらったりして業務を進めていくことが多いのですが、一方、先生という仕事は、実はそれぞれが任されている裁量が結構大きいと思います。

もちろん学校全体に配慮しながら学級経営や授業を進めていくのですが、先生は授業の教え方や使う教材については目の前の子どもに合わせて変えたりしますよね。そういう小さな工夫を考えて取り組みに反映させられるのが、先生という仕事のおもしろいところだと思いますね。

——なるほど。確かに大きく違いそうですね。ある程度の裁量がある学校現場で、名越さんがどのような取り組みをされていたのかぜひお聞きしたいです。

教室の中に定期的に絵を飾って、その絵を鑑賞しながら対話するという時間をとっていました。この時間では、普段国語や算数の授業の中ではなかなか発表をしないような子も意見を言えるんです。

このような対話の時間を設けるときいつも子どもたちには「ちがいは学びだよ」と伝えています。そうすることで、どの子の個性も大切にできるような教室の雰囲気作りを心掛けています。違いはただ異なっていることであり、良いも悪いもないと。

あと最近は「自分を知る」ということをますます大事に感じています。私は学生時代にアート作品を作る中で、作品づくりは「自分との対話」だと思うようになったんです。自分のやりたいことや人生について向き合う時間。そんな「自分のことを知る」という時間が、子どものうちから大事にできたらと感じていたので、自分らしさに気づくためのワークに取り組んだり、友だちから自分の良さについて教えてもらったりする時間を取っています。

この取り組みは、いつか子どもたちが自分の進路を選ぶときに生きるのではないかと思っています。そういった背景もあり、現在はキャリア教育にも興味が湧いてきている感じですね。

子どもたちには「自分のことを考える時間」が必要

——現在はご家族の都合で、教員を休職してドイツで暮らされているそうですね。異国で暮らしてみて、新たな気づきや発見はありましたか?

ヨーロッパに来ていくつかの学校を視察したり調べたりしているのですが、学校の雰囲気がゆったりしているように見えました。それに比べて日本の学校には、例えば、係活動、委員会、掃除に給食の配膳などのように、子どもが果たさなければいけない役割がとても多くあるように感じています。

ヨーロッパではそういった子どもの活動が、あまり細かく分けられておらず、カリキュラムがゆったりと設計されているような印象です。

あとは政治的なことへの関心が高いと思います。ドイツでも、以前訪れたことのあるフィンランドでもそうでしたが、家庭でもよく政治の話をしているそうです。親子だけではなく、学校でも先生が世の中の出来事をよく話題に取り上げると聞いて、学校がすごく社会に目を向けているということも感じます。社会に対して自分が行動したり主張したりすることで何かが変わるかもしれないという感覚につながっていくと思うんです。そういうところは、日本に帰っても大事にしたい感覚だと思います。

そして、ドイツに来てからも美術館によく行っているのですが、子どもたちも結構来ているんですよね。中高生も、美術館に来て展示作品について対話している。私もこの子たちがしているみたいに、もっと子どもたちと一緒に美術館へ行って、作品を前にして自分の考えを交流するような自由な対話の時間をとりたいと思います。

ドイツでは、子どもにとっても
美術館や博物館といった芸術施設が身近な存在になっている

——日本の学校でも普段からアートに触れられたらいいですね。

そうですね。日本では図画工作や美術のような教科は、メインの教科ではなく、周辺的な教科に捉えられる傾向にあります。でも現在「アート思考」が注目されているように、ビジネスの分野でもアートに注目が集まるようになりました。その流れもあり、これからは社会でアートの重要性が増していくのではないかと思い、私も引き続き勉強をしています。

ここまで私のキャリアやアートへの興味関心についてお話をしてきましたが、大きな意味で私は子どもたちに「自分のことを考える時間を持ってほしい」と思っています。

自分の本当の気持ちに向き合ったり、夢ややりたいことを考えたり。人生にはたくさん選択する場面がある。選択の場面に出会ったときに、家族や周りの人に言われたからではなく、「自分はこう思うから、こうしたいんだ」という選ぶ力になると思っています。

私のキャリアもそうなのですが、日常の中でちょっと寄り道をするとか、ちょっと立ち止まってみることも、自分を見つめ直すことにつながると思います。アートなどの手段を通して、子どもたちが自分自身についてもっと考える環境を整えることが、私の先生としての使命なんだと思います。

取材・文:一藤 隆弘 | 写真:ご本人提供