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「教職調整額10%増額案」が愚案なのに提案される理由

 萩生田政調会長のもと、2024年春をめどに教職調整額(教師への給料として、残業代の代わりに支払われるもの)を現状の4%から10%に引き上げる提案の取りまとめが行われている。 これは、教師の長時間労働の問題と、教職の採用倍率の低下への対応策として提案されているものと思われる。
 しかし給与を増額したからといって教師の長時間労働も、採用倍率低下も改善されるとは思えない。にもかかわらず、なぜこの提案が着々と取りまとめられていくのか、その点について考察してみたい。

問題の背景

1. 教職の現状

  • 深刻な長時間労働:平均70時間残業/月(令和4年度教員勤務実態調査

  • 世代交代と教職不人気による採用倍率低下:2001年には13.3倍だった倍率が、2023年には3.4倍(令和4年度文科省資料

  • つまり、現場は疲弊し、優秀な人材は流出→教育の質低下の危機

2.長時間労働の原因として考えられるもの

  • 教育課程の高度化:例えば、プログラミング教育、英語、多様なニーズを持った子どもたちへの対応などが求められるようになった

  • 関係のない業務の多さ:例えば、給食費の集金、印刷、採点、掲示物等、教師でなくともできる業務も多くこなさなければならない

  • 残業代が出ない制度:給特法という法律が定められており、教師には残業代の代わりに教職調整額として給与の4%を上乗せする仕組み

  • 学校のタイムマネジメント意識の低さ:上記の残業代が出ない仕組みによって、管理職は残業をコントローする意識が低くなりがち、また個々の教師も残業へのコスト意識が低くなりがち

3.教職の採用倍率低下の原因として考えられるもの

  • 団塊世代の大量退職:採用数が多いため倍率が下がりがち

  • ブラックなイメージによる教職離れ:そもそも志願者数が減少している


教職調整額10%への増額はなぜ愚案なのか

1. 愚案の理由

 おそらく、給料が増やされることに文句をいう教師は少ないだろう。しかし、これは限られた財源を効果的に使用する、という教育政策のコストパフォーマンスの視点から考えると、極めて愚策だと思われる。
その理由は、第一に、給与が増えても業務量が減らないため、長時間労働の是正につながらない。むしろ、給与を増やしたのだから、という理由で長時間労働が容認されやすくなる可能性がある。
 第二に、10%という数字は志願者数を増やすほど魅力的な増額ではない。概ね一人当たり月額2.5-4万円程度の増額となるが、それによって家庭や心身に大きな負担がかかる長時間労働をしようとは思えない。そもそも、教職の志願者減少は給料の低さに起因しているものではないため、問題の解決にならない。

2.代替案の例

 むしろ、今回増額に際しての予算額690億円があれば、全国の3万2千校の小中学校に約280万円ずつ予算をつけることができる。この予算があれば、年間を通して教師をサポートするスタッフを常駐させることができるだろう。このようなサポートスタッフに、採点、印刷、用具管理、子どもの見守り、会計等々の作業を委託することができれば、一定の負担改善が見込まれる。すでにサポートスタッフを置く取り組みは様々な学校でなされており、文科省も推進してきた。しかし、その雇用は自治体の予算によって組まれていることもしばしばで、各自治体によって実態に大きな差があるのが現状である。そこで、国が一律でその施策を一層充実させることは緊急で行うこととして一定の効果があると思われる。
 したがって、長時間労働の改善、それによる教職の志願者数増を図る上では、教育現場に人を回すような予算の使途が有効だと思われるにも関わらず、なぜか教師の給与増額が図られるという不思議な事態が起こっている。

なぜ、この増額案が進められるのか

 これはあくまでも私の考察だが、思うに「長時間労働問題の解決に取り組んでいるアピール」がこの増額案の趣旨だと思われる。
 そう考える理由は次の通りである。近年、給特法の撤廃については多くの識者や民間の団体、教師が「意見書」や「是正への請願書」を提出している(例えば、この記事)。これらのアクションによって、政府には給特法撤廃の圧力がかかっていることが推察される。
 しかし、教師の業務が減っていないにも関わらず、残業代が支給されるようになってしまえば、その予算は膨大になる可能性があり確保が極めて難しい。また、定時退勤のための労務管理を行わなければならない教育委員会や管理職には途方もない負担だろう。実質的に「教材研究をするな(定時で帰れ)」とか、「保護者対応は後回し(定時で帰れ)」などという対応になれば、様々なクレームが上がってくることも予想される。業務は減らない、残業はさせられない、でも保護者や子どものニーズには応えなくてはならないでは、現場は板挟みになり、むしろ混乱が生じかねない。
 したがって、給特法の撤廃は長時間労働問題を解決しうる案かもしれないが、あまりにドラスティックなため文科省もそれに踏み切ることができないと考えられる。
 そこで、「解決に向けてやってます」というアピールとして「教職調整額の増額」という今回の案に落ち着いたのではないかと思われる。つまり、給特法の撤廃(教職調整額というものを廃止して、残業代を支給する)の声に対して、「給特法の改善」という「折衷案風」で提案されたのではないかと思う。
 実際は問題を深刻化させかねない愚案であるにも関わらず、給与が増えるとなれば現場から大々的に反対の声を上げる人も少ない。これで良いのだろうか。(文責:いち)

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