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エビドリアで4時間

賑やかな学生たちが奥のフロアを占拠している。騒がしい。あー、やる気なくなるわ。

キーボードを打つ手が止まる。
ドリアの湯気が収まるように、ゆっくりと才能は枯れるものだ。もうかれこれ1カ月は原稿が進んでいない。
電源のないこの店に4時間もいると、パソコンの画面もひんやりとしてきて充電が減っていくのを指先の肌でも感じる。

病気がちで入退院を繰り返している父親と二人暮らしだ。
今はバイトで稼いだ微々たるお金と父親の退職金で暮らしている。頭が上がらない。だけど、べらぼうに仲が悪い。
体は悪いが口はまだまだ達者な父親は、僕が小説家を目指していることをバカにして、夢も希望もない言葉を浴びせる。
そのたびに僕は、そこでしか出さない大声を出してしまう。あの日、本屋でおねだりしていたときと同じように――。
「小説はままごとじゃねぇから!!!」

恋も愛もご無沙汰だ。ご無沙汰どころか、高校以来、彼女がいない。
恋愛したら幸せになれることは知っているけれど、別れたら不幸になることもなんとなく分かるから、恋はしないと決めている。
経験だけで小説を書ければ、そんな簡単な話じゃない。妄想で十分だ。
「でも、寂しいんだよ!!!」

今日もエビドリアは安定のおいしさだ。三ツ星で絶品のドリアを食べたことがないけれど、たぶん大差ないだろう。

こういった乗り越えない壁がたくさんあるせいで、小説が上手くならないのだ、と思う。井戸の中の蛙にも井戸を乗り越えられる猛者がいると信じているから。

ある場所で息抜きをして帰った夜。
父親が死にかけていた。僕は驚いてしばらく立ち尽くしていたが、震える手で救急車を呼んだ。

死の淵をいく父親のもとに訪れる親戚たち。別れた母親もやってきた。
横には娘と名乗る金髪の女子大生がいた。
オナクラのお気に入りで何度も指名している「みなみ」ちゃんだった。本名は「紗千」らしい。
みなみと僕は兄妹……? 妄想が膨らむ。
だって今日、禁止の本番をやってしまったから。これっていいの? 違う意味で。
父親の息の根が止まる。誰も泣いていなかった。

翌日から僕は、才能を手に入れていた。応募した二つの新人賞で大賞を取って、新聞にも載った。
でも、みなみとヤラないとその才能は、構成は、表現は、比喩は、生まれなかった――。





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