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サクラチル、春来たりて投高打低

飲まされすぎたようだ。たかがゼミの決起会でこんな馬鹿騒ぎするかねぇ。

だから二流大学になんて入りたくなかった。でも、でも! 浪人なんてするお金はウチになかったし、この大学は野球が強いから、マジでそれだけでうれしかった。
そう、アタシの学部には大阪城館の石橋君がいるのだ。アタシにとって、甲子園のヒーロー、真夏のアイドル。あの八重歯とクリクリの目がかわいくて、おまけにショートの守備がホントたまらん!

でも石橋君は2年生になった今もレギュラーを取れず、授業の合間にキャンパスの近くのパチンコ店に入り浸ってスロットを打っている。
石橋君が何か悪いことをした? あの守備見たことあんの? きっと甲子園のスターだったことをやっかまれて試合に使われないんだ。

アタシはまだ石橋君と話したことはないけれど、分かる。
同じ食堂で3席隣からずっと見ているから。
同じくレギュラーになっていない小山田君や塚谷君とAランチを食べては、午後の授業をさぼっている。3人ともブレザー姿も超かっこいい。

そしてこの春。法学部の塚谷君と同じゼミになれた。アタシは野球好きであることを隠し、話しかけた。
「ノートとか困ってたら貸すよ」
「ああ。うちらは大丈夫だから。そういうの」
「単位、平気なの?」
「野球部は特別なの。だから辞めれないんだけど。もうめんどくさいのに」

野球を辞めたい――?
なんで? 
あの夏、「熱闘甲子園」で「野球で勇気を……与えたい……です。だから――まだ終わりたくなかった」って泣いてたよね、塚谷君? 病気がちな弟は? 大丈夫だって、3年生になればレギュラー取れるよ。
塚谷君も、石橋君も。

栄冠はキミに輝くんだよ?

石橋君が闇バイト詐欺に関わったかもしれないというニュースを知ったのはその3日後だった。
ウチの野球部は謹慎処分を受けて、春のリーグ戦を辞退した。
「嘘だ」
アタシは信じられなかった。
石橋君は肩を痛めてからまともにスローイングができなくなっていたらしい。地元・大阪に帰ったとき友達に誘われて詐欺に加担したって。

「嘘だ」

コンバットマーチから魔曲に変わる。石橋君のサヨナラホームランが脳裏によぎる。

石橋君は無実だった! 石橋君は大丈夫だった!

でも、野球部を辞めることになった。大学も辞めるかもしれないって。
アタシは走った。
石橋君がいる校舎へ。



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