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アゲイン、ハローバイバイ 昔からある場所

忘れさられた黒ずんだビニール傘がコインランドリーの傘立てでお辞儀をしている。
その横を通り過ぎるように私は毎日帰路に着く。駅から15分。不動産の資料では徒歩7分となっていたなと今さら思い出す。

この街は幼い頃、父と暮らしていた場所。
そして父がこの世から居なくなった場所。

不動産屋を訪ねているうちに、なぜかこの街に舞い戻ってきた。家賃は3万円。風呂トイレ別で部屋もリノベされていてかなり綺麗だ。
派遣社員のアタシでもそこそこ幸せに暮らせる。ラッキーな物件もあるものだ。

そりゃそうだ。父が死んだ部屋だから。事故物件だから。大島てるで燃え盛っているから。

一人じゃないから寂しくない。アタシたちはよく会話をする。場所はお風呂場だ。
蛇口の赤い方。お湯を出すとドボドボという音が、優しかった父の声に変わるのだ。
「今日は寒いな」
「お湯が言うと説得力ない……」
「ゴホゴホ」
「タバコ吸い過ぎ。ちゃんと働いてよ」
「悪いな」

そこに同棲相手の弘典が来ることになったから、ややこしくなった。
国立大学生で理系で理屈っぽく、細身ガリガリの彼には黙っておくことにした。
しかし……。

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