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2022年に読んでよかった本

2022年は61冊の本を読みました。その中でも特に良かった10冊をまとめてみます。

リハビリの夜 / 熊谷 晋一郎

これまでどこでも聞いたことないことが語られている。という驚きに満ちた本だった。外部から一方的に与えられる「規範的な運動イメージ」と、障害のある著者自身の体の「オリジナルな運動イメージ」の狭間で生じる、押し付けられた規範を達成できないことへの敗北感や劣等感。そして、それらの中に生じる官能という個人の内面に深く根ざした内容から、世界に注ぐまなざしや、個と個の関係性を問い直してくれる素晴らしい一冊だった。

正欲 / 朝井 リョウ

鋭利な刃物のように危なく、恐ろしく、でも目を離すことの出来ない魅惑的な小説だった。登場人物達それぞれの深い孤独から生まれる言葉の数々。「多様性」という流行に乗っかった無自覚の正義感への指摘が、自分の中にもある軽薄さを暴きだされて胸をえぐられる。強烈な痛みと快感が紙一重で、傷口をずっと触り続けるかのように一気に読んでしまった。

かざる日本  / 橋本 麻里

削ぎ落とし、引き算をしただけの「貧しい簡素」に比べて、千利休の茶の湯に代表されるような徹頭徹尾、周到に計画された「豊かな簡素」がある。その「Less is more」とも呼ばれるような、圧倒的な強度を持った「豊かな簡素」に対して、もう一方の極にある「かざり」とは何だったか。視覚的なものだけにとどまらず、嗅覚、聴覚、触覚、味覚、とあらゆる感覚における「かざり」の本質を探求する一冊。これまで見過ごしてしまっていた日本の美意識のもう一つの極みへと目を開かせてくれた。

コ・デザイン / 上平 崇仁

デザイン思考、デザイン経営などに代表される、近年の「デザイン」の流行を問い直し、社会におけるデザインの価値を改めて眼差していくための多くの示唆に富む一冊。

第2章「デザインにできること、できないこと」の結びの文章が、この本の大きなテーマを総括しているので引用してみます。

そこで、「いま」の時代における一つの道として、これまで積極的に切り離されてきた、つくる/つかう、力になる/力をもらうなどの人々の関係性を再びとらえなおし、私たち自身がともに愉しみを生み出すような活動に、もう少し生活の配分を向けていくことを検討してみる余地はあるのではないでしょうか。その基盤になるものとして、次章では「いっしょに」「デザイン」することの意味を考えてみたいと思います。

『コ・デザイン デザインすることをみんなの手に』第2章 p.85より

デザイン系書籍のクラシックとして、今後もずっと読みつがれる本だと思う。いつか上平さんの授業や講義を受けてみたい。

マツタケ――不確定な時代を生きる術 / アナ・チン

どんな本かという感想がまとめられず、不思議な魅力のある本だったとしか言えずに、訳者あとがきを読んだところ、一行目に「不思議な本だ。」と書いてあった笑。荒廃した松林に散生するマツタケのように、とりとめなく、ミステリアスだが、博覧強記で芳醇な文章がマツタケというテーマの周縁を巡るように書かれている。悟りを開いた高尚なヒッピーから訓示を受けるような読書体験だった(受けたことないけど)。

人類堆肥化計画 / 東 千茅

出張で訪れた金沢の駅構内で開かれていた古本市場で、たまたま手にとった本が大当たりだった。都会から里山に移り住んだ著者が、一般的に禁欲や清貧といった「清らかな観念」に結び付けられがちな田舎暮らし・里山生活に対して、そうした考え方は断じて否であると言い、里山本来の腐爛した、賑やかで豊かな世界を悦びとともに伝えてくれる。

「家庭料理」という戦場: 暮らしはデザインできるか? / 久保 明教

日本では戦前まで家庭料理はなく、地域ごとの「村(共同体)」の料理であり隣人もみな同じような料理を食べていたこと。戦後に欧米の食文化が流入し、料理教室で学んだ「レストランの味を家で再現する」ことが家庭料理と考えられていた時代。そしてレンチンレシピや時短料理が流行する現代へ。「家庭料理とは何か」を問うことは「常識とは何か」を問うこととも言い換えられる。章間に差し込まれる「小林カツ代 vs 栗原はるみ のレシピ対決」といった企画も面白く、まさに私たちのための人類学研究だった。

からだのためのポリヴェーガル理論/スタンレー・ローゼンバーグ

「自律神経」というと、交感神経が覚醒状態を、副交感神経がリラックス状態を担っているというのは有名な話。本書では近年明らかになってきている「迷走神経」という神経回路にアクセスすることで、身体の回復を促せるという「ポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)」について、エクササイズと合わせて紹介している。後半で紹介されるエクササイズが、物足りないと感じるほど簡単にできるうえ「この動きをするとあくびが出ます」と書かれている動きをすると、ゆるむのか本当にあくびがでるから身体って面白い。

夜想曲集 / カズオ・イシグロ

五篇の短編集。生きることの真ん中にある苦味や切なさの塊のようなものを、あくまで軽妙かつユーモラスに描き出していて、その匙加減の見事さに惚れ惚れする一冊だった。カズオ・イシグロの著作の中では、最も楽しんで読める本ではないでしょうか。

コンヴィヴィアル・テクノロジー / 緒方 壽人

やや固い本のタイトルと、著者の肩書から、もっとテクノロジーに直結する実用的な本なのかと思っていたが、実際には人と道具と自然との関係性を問い直し、より良いすがたを思索するような内容だった。イヴァン・イリイチの提唱した「コンヴィヴァリティ」という概念を頼りに四方を見渡し、自分自身の現在地点を照らしてくれる、闇夜のランタンのような頼もしい一冊だった。

その他、2022年に読んだ本

特によかったものに○をしてます。

◯働くことの人類学 仕事と自由をめぐる8つの対話 / 松村 圭一郎
◯驚くべき学びの世界 レッジョ・エミリアの幼児教育 / ワタリウム美術館
異文化理解力――相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養 / エリン・メイヤー
花と料理 おいしい、いとしい、365日 / 平井 かずみ
最果てアーケード / 小川 洋子
夜明けの縁をさ迷う人々 / 小川 洋子
人事と採用のセオリー 成長企業に共通する組織運営の原理と原則 / 曽和 利光
地球でいちばん過酷な地を行く―人類に生存限界点はない! / ニック ミドルトン
新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング (できるビジネス) / 唐木 元
この1冊ですべてわかる 新版 コーチングの基本 / コーチ・エィ
「ついやってしまう」体験のつくりかた 人を動かす「直感・驚き・物語」のしくみ / 玉樹 真一郎
◯向日葵の咲かない夏 / 道尾 秀介
フィールドワークの技法 問いを育てる、仮説をきたえる / 佐藤 郁哉
◯カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方 / 唐澤 俊輔
◯一汁一菜でよいという提案 / 土井 善晴
当事者は嘘をつく / 小松原 織香
◯ジャケ買いしてしまった!! ストリーミング時代に反逆する前代未聞のJAZZガイド / 中野 俊成
わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために その思想、実践、技術 / 渡邊 淳司
USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門 / 森岡 毅
低空飛行 この国のかたちへ / 原 研哉
森は考える――人間的なるものを超えた人類学 / エドゥアルド・コーン
香君 上下 西から来た少女 / 上橋 菜穂子
その年の冬 / 立原 正秋
◯えーえんとくちから / 笹井 宏之
◯十二章のイタリア (創元ライブラリ) / 内田 洋子
ポリヴェーガル理論入門 心身に変革をおこす「安全」と「絆」 / ステファン・W・ポージェス
神山進化論 人口減少を可能性に変えるまちづくり / 神田 誠司
くらしのアナキズム / 松村 圭一郎
こころをよむ 危機の時代の歌ごころ / 今野 寿美
◯問いのデザイン: 創造的対話のファシリテーション / 安斎 勇樹
創造性はどこからくるか: 潜在処理,外的資源,身体性から考える / 阿部 慶賀
妄想する頭 思考する手 想像を超えるアイデアのつくり方 / 暦本 純一
ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門 / 原野 守弘
土を育てる 自然をよみがえらせる土壌革命 / ゲイブ・ブラウン
うしろめたさの人類学 / 松村 圭一郎
◯八朔の雪―みをつくし料理帖 / 高田 郁
◯類似と思考 改訂版 / 鈴木 宏昭
私たちはどう学んでいるのか: 創発から見る認知の変化 / 鈴木 宏昭
中動態の世界 意志と責任の考古学 / 國分 功一郎
◯<責任>の生成ー中動態と当事者研究 / 國分 功一郎
息吹 / テッド・チャン
ゴリラの森、言葉の海 / 山極 寿一
一億年の森の思考法 人類学を真剣に受け取る / 奥野 克己
マシアス・ギリの失脚 / 池澤 夏樹
骨は珊瑚、眼は真珠 / 池澤 夏樹
◯スティル・ライフ / 池澤 夏樹
なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない / 東畑 開人
炉辺の風おと / 梨木 香歩
◯私とは何かーー「個人」から「分人」へ / 平野 啓一郎
◯イリノイ遠景近景 / 藤本 和子
ボイジャーに伝えて / 駒沢 敏器

去年2021年の振り返りに、来年こそは「近代文学」を読んでいきたい。と書いたのだけど、ほとんど読めなかった。来年こそは近代文学を読むぞ。

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