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珈琲の大霊師273


 洞窟の中は、ただただ暗い。最初に持ってきた松明が切れたら、後は洞窟内に存在するヒカリタケやらの発光キノコや植物の明かりを頼りに歩かなければならないらしい。

 試しに松明を消してみると、漆黒の闇。なるほど、ここで生活すれば確かに感覚は研ぎ澄まされそうだ。人間の重要な感覚の1つ、視覚をほぼ失うに等しいんだからな。

「でも、あたしがいるからあまり修行にならないかも?」

 リルケがおどけて言う。リルケには、暗くてもここがどうなってるのか分かるらしい。さすがは精霊のようなもの。

「ここは毎年滑落者が結構いるらしいからな。そこだけはしっかり頼む。あとは、極力自分でやってみるさ」

 命がけで精霊使いになりたいわけじゃない。あくまで、大精霊との接触が目的なんだからな。

 とはいえ、ヒントがそもそもここで過ごすってだけで、他に何のヒントも無いんだよなぁ。

 などと考えつつ、ひとまず奥に奥に進む事にする。

 聞こえるのは、水の滴る音、俺の足音、それに混じって、どこからともなく人の呻く声が聞こえてくる。

「・・・リルケ、この辺りで死に掛けてる連中がいるか見てきてくれ。まだ松明はもつからな」

「ん。分かった~。すぐに調べてくるね」

 と声がして、ふとリルケの気配が消える。

 足元に気をつけてそのまま歩を進める。暗闇のせいでいまいち実感が湧かないが、恐らくはずっと下っているような気がする。

 唐突に、バケモノの口の中に歩を進めているような不安に襲われた。

 こういう不安を感じた上で飲み込み、制御する事も土の精霊使いに求められる事なんだろうか?

 そういや、大昔のカルディもここを通ったはずなんだよな。

 思い立って足元を照らすと、踏み鳴らされて固くつるつるとした地面に、無数の靴跡が刻まれていた。

 カルディは当時、どんな想いを胸にここを下っていったのだろうか?

 過去に思いを馳せながら、歩は進む。

「ジョージさん、ただいま。大体の人は大丈夫だけど、もう死んでる人、今にも死にそうな人もいるよ。どうするの?」

「・・・別に助ける義理は無いんだけどなぁ、この呻きを聞き続ける方が気分悪そうだ。ルールじゃ、他人を助けちゃいけないとも言われてないしな。とりあえず生きててやばそうな奴から助けに行くぞ。案内してくれ」

「ふふっ、りょーかい!やっぱり良い人だね、ジョージさん」

「そんなんじゃねえよ」

 前に回りこむリルケから視線を逸らして、暗い洞窟を進む。

 やがて、枝のように細くなった手足に出会う事になるのだった。

「・・・さすがに臭うな・・・。おい、あんたしっかりしろ」

「ジョージさん、この人水を全然飲めてないみたい」

「・・・なるほどな。おいあんた、水だ。慌てて飲むなよ?慌てると死ぬぞ。まずは唇湿らせる程度からだ。いいな?」

 洞窟に入って何日目の修行者か分からない。骨と皮だけに見える、悪臭の塊。それでも生きている人間の口元に、水袋を傾ける。こういった力加減は、珈琲を淹れる内に随分と上達した。

 その力の制御に費やす事、体感的に1時間。

 ようやく話す力が戻ったのか、そいつが喉を振るわせた。

「あり・・・が・・・とう・・・。うえまで・・・はこんで・・・くれ・・ま・・・せんか・・・」

 懸命に、搾り出すような声で、その男は言った。

 これを断れるような理由は、俺には無い。

「はいよ。多分、痛いぞ。我慢しろよ・・・っと!」

 持ち上げて驚く。人間の体として、あまりに軽すぎる。痩せてるモカナでさえ、もう少し重かった。これが、極限状態にまで陥った人間の体なのか。

「う・・・うっ」

 やはり痛そうに男は声を上げた。肉が減った分、皮が余ってるはずだ。どうしても持った部分の皮が引き攣れる。男は、相当な痛みを感じているはずだ。それでも、暴れる体力も既に無い上に代案も無い。

 我慢してもらう他無いな。

 男を抱えると、明かりはもはや持てない。とはいえ、ここまでは道の端に奈落のある場所はなかったはずだ。

「あ、そこ大きめの石があるから気をつけて」

 リルケの補助があれば、なんとか上がっていける。時々、暗闇で上下が分からないような錯覚に陥って倒れそうになり、その度に小休止しながら道を戻っていった。



 入り口の土の巨人の横をすり抜けると、痛い程の日差しが俺の顔を照らした。

 数時間ぶりの地上。それだけで一気に安堵が押し寄せた。

 これを数週間続ける奴もいるというのだから、正気の沙汰じゃない。

「おい、こいつを頼む!」

「おぉ?中の連中を助ける奴ってのは初めて見た。分かった。こいつは預かった。あんたは修行に戻りな」

 入り口付近の土の精霊使いが、痩せ細った男に駆け寄り、肩を貸す。

 去り際に、そいつは後ろを呻きながら振り向いて、

「あ・・・りが・・・とう・・・ございまし・・・た」

 貴重な貴重な一粒だけの涙を流した。

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