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珈琲の大霊師274


 何度、洞窟の中を行き来しただろうか?

 入り口の近くから、徐々に奥に進んでは戻り、進んでは戻り、道にも随分と慣れた気がする。

 最近じゃ、リルケの補助無くても一度通った道は通れるようになった程だ。こうして何度も行き来を繰り返している内に、神経が研ぎ澄まされているのが分かる。元々、他人より鋭敏な方だと思っていたが、暗闇の中で、触れてもいない壁がなんとなくどの程度の距離にあるか分かる。

 そんな程度には。

 そして、何度目かの外の明かりを見る。

「もう少しだ。気を失うなよ?」

「・・・は・・・い・・・」

 今回助けたのは、年端もいかない少年だ。大人のように途中で怖くて立ち止まる事の無い、無謀な年頃。見つけた時には、身長と同じくらいの段差から落ちて腕を骨折していた。

「ほい、ごくろーさん」

 と、入り口のゴーレムの足をペンと叩いて外に出る。

 すると、すぐに数人の大人達が駆け寄って来た。

「子供か!こりゃあ大変だ。いつもご苦労さん!後は俺たちに任せて、あんたは休憩するといい。あんたのツレが待ってるぜ?」

「ああ、そうさせてもらう。ボウズ、良かったな。もう大丈夫だ。怪我を治して、また挑め。じゃあな」

「・・・ありがと・・・おにいさ・・・」

 何度目の感謝か、もう数えるのも億劫になってきたが、何度聞いても悪いものじゃない。おっさんと言わなかったのも好印象だ。俺はまだおっさんじゃない。

 と、側に駆け寄ってくる小さな人影。

 同時に香る、香ばしい匂い。ああ、これは珈琲だな。

「ジョージさん、お疲れ様です!!」

 モカナが、カップ片手に走ってきた。丁度俺が上がる頃に珈琲ができるように調節してるらしい。

 こいつ、どんどん器用になってやがるなぁ。

「ああ、ありがとな」

 受け取って口に含む。何とも言えない幸せな気持ちが俺を包む。

 一仕事の後の珈琲は格別だ。

 なんとなく、そろそろこの修行も終わりが見えてきた気がする。

 ただの、勘だが。


 行きがけに、ドロシーから中で飲む水を貰う。

 これも、1つの大事な儀式になっている。

「今回もよろしくお願いします」

「くるしゅうない」

 偉そうにドロシーが言って、俺の水筒に水を入れ始める。元々、俺がふざけて言い始めた事だったが、最近はこうして拝まないと水を入れてくれなくなった。誰のせいだまったく。

 ドロシーの出す水は、恐らくこの大陸で最も美味い。モカナが調整に調整を重ね、愚直なドロシーがそれに従ってひたすら追い求めた物だ。そこらの山の水とはまるで質が違う。

 この水を分けてやっただけで、自力で上に戻っていった奴もいるくらいだ。

 最初、三本だった水筒は、今では15本にもなって俺の背中にのしかかるが、そろそろ1季節が終わるくらい潜り続けた俺の体は、無駄に筋肉質になったから苦でもない。

 美味い水が、ドロシーの掌からきらきらと日の光を反射して零れ落ちる様は、神秘的ですらあり、この瞬間を見て、周りの人間達が見ほれているのを俺は知っている。

 ただ美味しい水を、それだけを追い求め、他の術を一切使えないドロシーとモカナは、その水に関してのみ誰の追随も許さない。

 この水は、世界一美味い。どんなに金を積まれても、ドロシーがその気でないと、味がガラッと変わってしまうから、儀式は割と真面目に大事だったりする。

「・・・そろそろ、終わると思う。ルビー、大丈夫だとは思うが、後は頼んだぞ」

「はー、また潜るんさ?最近じゃ、あんたの顔忘れるんじゃないかって思うくらいさ」

「なに、忘れたってすぐに思い出すさ・・・。ところで、また少し成長したか?」

「今頃気付いたさ?ふふん、色々と成長期さね!胸とかさ!」

 と、張って見せる胸は、確かに今ははっきりと分かる程に布を押し上げていて、成熟途中の少女らしい膨らみから一人前の女性への過渡期を感じさせた。

 それだけでなく、最近は戻る度にルビーの違う髪形を見る。蛮族姫も色気づいてきたのだと感慨深い。相手が誰かは知らないが、この辺りで意識するような男でもいるのかもしれない。

「うむ。よく育つように、土の精霊に祈っておいてやる」

「ははっ、頼んださ」

 そんなじゃれ合いをしていると、その後ろからカルディが毎度おなじみの心配そうな表情で顔を出す。

「ジョージさん、その・・・そんなに無理をしなくても・・・」

 目は見えなくても困らない。という事だろうが、今更である。

「今回で、多分最後だ。じゃあな、行って来る」

 ここまでやって、できませんでしたって訳にはいかないだろ?

 少しの決意と、多くの惰性と、1つの予感を持って、俺はまたゴーレムの隣を通るのだった。

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