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珈琲の大霊師296

 まず最初の大きな事件。

 それをタウロスは良く知っていた。最も大きな二つの大国が激突し、タウロスが選んだ王の国が大勝し、最終的に相手の国を併合するのだ。

 そうして、大陸最大の国家ができる。

 その後は、どうやった所でその大国が全ての国をなぎ倒しておしまい。

 ゆえに、この歴史を選んだ時の勝負は短時間で終結すると決まっていた。

 遊戯を始めて、歴史遊戯の中で4年が経過した。

 タウロスは、その時まで特に何もせずにゆっくりと過ごしていた。その間も、ジョージは忙しそうに指をあちこち動かしていた。

 そして、その時は来た。

「ジョージ=アレクセント。お前の負けだ」

 タウロスは、そう宣言し、その歴史最大の戦を開始した。

 両軍合わせて100万を超える大軍。まさに天下分け目の大戦。実に3ヶ月もの間激突を繰り返すこの合戦を、後世では「血風ヶ原の戦い」と呼ぶのだった。

 タウロスは、見慣れた陣形を見回す。いつもは、相手側でなんとか神が操る自陣側を倒そうと策を練っていたものだった。

 神の立場になって分かる事がある。

 負ける要素が無い。タウロスが選んだ国は、この合戦の為に何年も前から準備をしていたのだ。

 その準備の差で、相手の国は大敗することになるのだ。

 が、その一角。山の上に見慣れぬ旗がはためいていた。

 その旗こそ、ジョージが選んだ小国の国旗なのであった。


「あの谷間の小国から、どうやって1万を超える兵士を集めたのか分からんが、勝敗はすでに決している。各自、手はず通り配置せよ」

 タウロスは、ほとんど指を動かさない。相変わらずジョージは忙しく指を動かしている。

 中央の川を挟んで西側に陣取ったタウロスの軍。東側には、その国に対抗すべく集まった小国の同盟と、大陸二番目の版図を誇る王国の軍。

 タウロスの記憶によれば、この烏合の衆とも言うべき寄せ集めの東軍は、王国が小国同盟をけしかけて様子を見ようとし、同盟は断れずに無策に前進。

 川を渡り終えた場所にある森に用意されていた伏兵に川へと追い詰められ、更に上流から油を流され放火。

 数千人が一瞬で命を落とし、東軍の士気を一気に下げる結果となる。

 その隙を突いて、予め用意しておいた橋をものの1時間で組み上げ、上流から精鋭の騎馬隊で先行。

 元々士気の低かった小国同盟は、我先にと逃げ出し、結局は東軍主力しか残らず、その後は失った士気を立て直す機会すら得られず、東軍は退却中の落馬によって旗印の王を失うという、歴史上稀に見る醜態を晒して敗北。

 その後は、小国同盟の王たちが代わる代わる東軍の指揮をしたが、その誰もが討ち取られ、東軍参加各国で後継者争いが発生。

 西軍も少なくない犠牲を払ったが、それでも一方的な展開で終始戦場を支配した。

 その後は、ただ外交圧力をかけるだけで東軍は瓦解していき、西軍は大陸統一をなしとげるのだ。


 が、今回の戦は違っていた。

 まず、いつものタイミングで東軍が動かない。

「・・・・・・」

 タウロスは動揺を隠し、口を噤む。

(何故だ?何故動かない!?あれほど、俺が何をしようとも毎回このタイミングで小国同盟軍は前進していたはずだ)

 と、東軍の最も大きな国の王が川べりに1人で進み、兵士達に語りかけた。

「余の愛する兵達よ。時は来た。今ここに奇跡を起こし、貴公らの道を開けん。全軍前進!盾を構えて川べりまで進軍せよ!!」

 ざんっ

 一斉に足を踏み出した兵士達の足元を、砂埃が舞う。それは異様な行進だった。国の違う兵士達が、1つの号令で足並みを揃え、足音を揃え、川べりに立つ。

 西軍は、その圧迫感のある光景に気圧されざるを得なかった。

(なんだ?こんな行動は初めてだ・・・!!何が起きる・・・!?いや、しかしどのみち川を渡れば伏兵が・・・)

「のろしを上げよ!!」

 王が剣を振り上げると、兵士長クラスが一斉に同じように剣を掲げる。そのきらめきを受けて、山頂のアレクシアの軍が油をかけた薪に火をつけた。

 もうもうと吹き上がる煙は、西軍にこれから始まる予定外の激動を予感させるのだった。


 煙を見て、動いたのは上流も上流。誰もマークしていなかった、その川に至る全ての水源に立つ工兵達だった。

「合図か・・・本当にこんなので、効果があるのか?」

 と、疑問を抱きつつ、目の前の小さな水源に予定通り柵を下ろし、他の川に至る迂回路に水を流す。

 それが、一斉に全ての水源で行われたのだ。

 急速に痩せ細る川。東軍の兵たちは、王が偉大な奇跡を起こしたと興奮し、西軍は悪魔の所業を目の当たりにして動揺する。

「川が・・・無くなっただと!?一体どんな手を・・・!!」

「自分で考えるんだな、タウロス。この戦に負けた後、ゆっくりとな」

 ジョージは不敵に笑って指を動かす。

「第1陣、突撃せよ!!」

 王が閃かせた剣に突き動かされるように、先ほどまでの整然とした行進と打って変った、荒々しい突撃が始まった。

 川底は、何故か砂と小粒の石ばかり。足を取られるような大きな石が1つも無いように見えた。

「いやあ、苦労したぜ?この戦の為だけに、目立たない真夜中に川の石をどけるのは。指を動かしすぎて攣りそうだ。西軍も色々と準備してるようだったがな、丁度その部隊が準備を見てたんでな。割と筒抜けなんだよ。その情報を、あの頭固い王様に聞かせるのも随分と苦労したがな。ま、ここで報われる。勝たせて貰うぜ?タウロス」

 ジョージは不敵に笑い、タウロスの注意をひきつけつつ、見えないように指を動かす。

 戦はまだ始まったばかり。西軍の策も、東軍の策もこれからが本番だった。

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