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珈琲の大霊師295

 振り返ってみれば、ここまでこの男に乗せられていると言っても過言では無い。

 であれば、最後は絶対にこの男よりも俺に有利な勝負をしなければならない。俺が最も得意とする頭脳を使った勝負・・・。

 とすれば・・・。あれを、もう一度持ち出すか。

 あれは、俺と神しかやったことがない。俺は最後には神にも勝った。そうだ、これならば絶対にやった事が無いのだから、負ける理由が無いはずだ。

 あの舞台の中でも、俺が勝ちすぎると神が必ず勝つ為に選ぶ舞台。それも、結局俺が一度も勝てなかったシチュエーションで、戦う。手は、一切抜かない!!

「少し待て」

 それだけ言い残し、俺は広場に背を向ける。

 その道具。

 『歴史遊戯』を取りに行く為に。


 タウロスが席を立っている間に、ジョージはモカナに珈琲を淹れさせ、楽しんでいた。

「・・・思い通りになるでしょうか?」

 ニカが心配そうに、ゆったりと珈琲を飲むジョージを見つめる。

「さあな。だが、心理的な誘導は張ったからな。あのデカブツは、どう見ても器用には見えない。自分が一番得意とするもの、それに俺がやったことの無いものを選んでくるはずだ。と、決まればそれだろう」

「・・・歴史遊戯。大昔に、神がタウロスと戯れに遊んでいたという、この大陸の歴史をテーマにした仮想戦記・・・。私たちも、それが”ある”という事しか知りません。なんでも、1国の守護神として歴史に介入し、政治、経済、戦争などを間接的に指示しながら、大陸を制覇した方が勝ちになるとか」

 コートが、過去に調べていた里の歴史の記述から一部を抜粋する。

「面白そうな遊びだなぁ。わくわくするぜ」

 と、ジョージはむしろ楽しそうに笑った。

「・・・勝算は、あるんですよね?」

 コートが念を押すように尋ねると、ジョージはさあ?とでも良いそうに軽薄な笑みを浮かべてみせた。

「それがどんなもんか分からないのに、勝算も何もないだろ。まあ、俺が予想する通りなら、その遊戯はかなり複雑なつくりになっているはずだ。遊んでた当のタウロスと神でさえ、それを全て使いこなしていたか怪しい。もし、全てを把握していないなら、その一つ一つが、俺のつけ入る隙になる。あとは、心理戦で優位に立つ。それくらいだ」

 そう言って、ジョージは珈琲を飲み干し、立ち上がった。

 見ると、森の奥からタウロスが大きな石版を担いで持って来る所だった。

 深呼吸を1つ。

 ジョージは、余裕の表情を崩さず、タウロスが誘う最後の勝負へと挑むのであった。


 タウロスが持ってきたのは、大きな宙に浮く球体だった。そこには、この大陸の昔の姿が、起伏もそのままに存在していた。

「世界って丸かったんですね………」

 モカナがつぶやくと、

「船に乗ってりゃ分かるだろ?さて、これがその勝負の舞台ってわけか」

 ジョージが球体に近づくと、球体のあちこちに都市が存在しているのが分かった。

「まるで生きてるみたいだな」

 目を凝らせば、そこに息づく人々の営みすら見えそうだった。

「実際に一人一人が生きているそうだ。やろうと思えば、その1人の生涯を追うこともできるらしい。が、俺はそのやり方を知らない。これから使うのは、歴史に介入して先に大陸全土を統一する神の遊戯だ。概要を説明する」

 そう言って、タウロスが一つの国を指さし、その指を強めに押し付ける。すると、その国の主要な人物や人柄、能力等が空中に表示された。おお・・・と、観客がどよめく。

「ここに表示されているのは、神の目という装置で計測した、ある時代の人物の概要だ。俺とお前は、この中から1つの国を選び、その国に介入することで世界統一を目指す。先に世界を統一した方が勝ち。そういう遊びだ。何ができるかに関しては、逐一説明しない。できることが多すぎるからだ。実際に必要な操作は、さほど多くないだろうが、試す分には自由だ。さあ、どの国の王を選ぶ?俺は………」

 と、タウロスは迷うことなく大陸の4分の1を占める大国の王を示した。

「この、王を選ぶ」

「………はいよ。しばらく見させてもらうぞ?俺は、この遊戯は初めてなんだからな。そのくらいは譲歩してもらおうか。でなけりゃ、公平じゃない」

「いいだろう。好きなだけ悩むといい。俺は、しばらく寝て待つ。」

 と言って、本当にタウロスは巨木の根に腰掛けて、寝始めてしまった。

 ジョージは、それならと気兼ねなく勘を頼りに様々な人物を眺め、その概要を読み、把握していった。

 そして、2時間後、ジョージは楽しげに一つの国を指差した。

「…………正気か?」

 タウロスは驚き、訝しげな表情を浮かべ、ジョージは楽しげに頷いた。

「やりがいはあるだろ?」

 ジョージは、タウロスを見上げからりと笑った。


「では、遊戯を始める」

 タウロスの宣言と共に、球体から眩い光が放たれ、ジョージの目に焼きついた。

 その焼きついた光景が動いてゆく。草原、街並み、城へと。

 ジョージが選んだその男は、山間も山間。4方を山に囲まれた、谷あいの盆地を見下ろす山の中腹にいた。

 石で作り上げられた簡素な城だ。

 その王の間に、王とその3人の息子。そして、1人の男がいた。

 男は王に跪き、王は手に持った剣を男の肩に乗せていた。

「これからお前は、我が国の少将として働いてもらう。我が国は小国、世は戦乱。生き残る事は容易くあるまいが、お前の知略を貸して欲しい。頼んだぞ」

 王が、重々しく言う。どっしりとした存在感は、知性と、そして何よりもカリスマを感じさせるものだった。

 その3人の息子が、拍手して少将の就任を祝う。

 三人とも、才気溢れる兄弟だった。その前で、男は宣誓した。

「はっ、このアレクシア=イエメン、命消えるその時まで忠誠を誓います」

 国は小さいが、流通の要所である立地、侵攻難易度の高い山々に囲まれた国。そして、知能はあるが武力と統率力はさほど高くない武将。

 それが、ジョージが選んだ国、選んだ人物であった。

 この、歴史遊戯という名のシミュレーターにおいて、タウロスには秘策があった。

 まだ神がいた頃、負けてくると挑んでくる時代とシチュエーションがまさにこれだったのだ。

 2つの大国の片方の王を選び、有無を言わさずに武力で周囲を押しつぶす。

 同時に、この時代にはいくつか史実の出来事が起きる。それを事前に知っていれば、その出来事に乗るだけで、世論を動かすことができるのだ。

 先がわかっているからこそ、余裕が生まれ、知恵を巡らすことができるのだった。

 ゆったりと構えるタウロスに比べて、落ち着かない様子のジョージは、忙しそうに指を操るのだった。

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