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第3回 なぜあの社長は土壇場で「会社売りたくない」と言い出したのか?

学生諸君、お元気ですか。
ヤメ大では、はたしてどれほどの学生が学んでくれているのでしょうか。
段々と記事への反応が減っています。もしや定員割れを起こしているのではないか。学長の私は憂慮しています・・。ぜひとも一緒に学びましょう。

前回は会社の着地の全体像についてお話しました。今回の3回目の講義も、まだ細部の具体的な話は扱いません。そこに進むための、とても大切な話が残っています。
さあ、何の話をしなければいけないでしょうか。なにか思いつきますか?

前回の講義では、会社の終末にはどんなものがあるのかという全体像の話をすでにしています。であれば、もう概念的な話や、全体像の話は不要なのでは……こう思う方もいらっしゃるかもしれません。
実はここに、これまで会社の着地問題が難航を極めてきた原因があるような気がしてなりません。

今日の講義は、社長個人の問題を取り上げます。
前回は社長が経営している会社が対象でした。でも今回は、会社ではなく「会社をやめることになる社長」にフォーカスします。いわば、社長のヤメ活といった世界観です。

M&A直前でちゃぶ台返し!?


多くの社長も専門家と言われる人間も、会社のことばかりに気を取られいます。かく言う私も、コンサルタントとして、駆け出しのころは同じ過ちを犯しました。
たとえば、財務分析などをして、会社のことを考えると選択肢は「これがベスト!」という結論に至ったとします。ここまで来たら後は計画どおりにことを進めるだけです。
ところが、プロジェクトがそこから前に進まなくなってしまったり。ときには、社長からちゃぶ台返しを食らうこともありました。本来であれば、すでに戻れないところまで話が進んでいたことも。

かつて社長が高齢で、後継者もいない中小企業から相談を受けました。これはM&Aしかないと直感的にひらめき、その方向で話を進めました。
社長の年齢もそうだし、会社の内部状況からしても待ったなし。会社が売れるタイミングとしては、今がギリギリと感じでした。早く次のオーナーのもとで、経営的なテコ入れをしてもらわないといけません。

M&Aの買い手さがしは、かなり苦労しました。買い手候補が現れてからも、タフな交渉を要しました。買い手から要望が投げられても、売り手の社長は、「とても飲めない」と譲ろうとしません。そんな我を通せるような状況ではなかったのですが。それでも最後はどうにか折り合いをつけ、というか、ほぼ買い手サイドに譲歩してもらうかたちで双方の合意を取り付けました。

ところが、です。

「やっぱり売るの嫌だな」

最後の契約調印と代金決済の直前になって、売り手の社長はとんでもないことを言い出しました。
おい、ふざけるな。この話をまとめるために、こっちはどれだけ苦労したか。頭をかち割ってやりたくなりました。

ここでやめたら、買い手の会社にも多大な迷惑をかけてしまいます。売り手社長のわがままを飲んでくれたし、会社を購入するための調査で時間や金も使っています。購入資金を調達するための銀行との内諾まですでに終わっているのです。
しかし、売り手の社長は「売るのやめた!」の一点張り。関係者のそれまでの苦労は水の泡となりました。私はクソ社長に代わって、買い手に土下座をいたしました。


見落とされていた社長個人へのケア


なぜ、直前になって社長は会社を売りたくなくなったのでしょうか。社長の年齢や会社の状況を考えたら、それしか選択肢はなかったはずなのに、です。
この当たり前と思われる道筋と現実の間に何があったのか。

「会社を売ったら、俺、社長じゃなくなってしまうし・・」

これが、会社を売るのをやめたときに社長から漏れたコメントです。
土壇場まできて、はじめて社長は、M&Aをしたら自分が社長でなくなることを実感しました。そして、社長でなくなることに恐れや不安、寂しさを感じたのでしょう。
「そんなこと当たり前だし、はじめからわかっていることだろう?」
あなたはこう思うかもしれません。私だって、そう思いました。でも、現場にいる当事者は違ったのです。


この事例が教えてくれるのは、会社の着地問題では、会社のことと同時に「社長個人のこと」も両立させないと、前に進むことができないということです。駆け出し中の奥村は苦い思いをしながらようやく気づきました。

会社の着地問題については、一人の人間としての社長のケアという観点が見落とされていたのです。
みんな会社しか見ていません。あたかも、会社にとっての正解であれば、その方向に話を進めることができる、という前提に立っていたかのようです。
ところが、現実はそうではありません。ある選択肢が、会社にとっては合理的な結論であっても、その通りに進まないケースがたくさんあるのです。その原因が、一人の人間としての社長の意思や感情の問題です。

「この先、会社をどうするか」と議論していたとします。たいていそこで語られる社長の言葉は、会社の社長としての建前だったりします。これは、個人としての本音とは別です。
そんな本音を見落としたり、見て見ぬふりをして進んでいくと、社長はどんどん苦しくなってしまいます。もちろん延長線上に、社長の納得も満足もありません。
そしてどこかで不満やストレスを爆発させます。結果、プロジェクトの進行を邪魔したり、壊したりしてしまうのです。先ほどの事例のように「急に会社を売りたくなくなった」というのもその典型例です。


社長としての建前と個人としての本音にギャップがあるということは、当人である社長ですらまったく気づいていなかったりします。急にM&Aを止めてみんなに迷惑をかけた社長だって、悪気があったわけじゃないのです。自分の本音に気が付いていなかっただけです。


会社の着地は、社長をヤメる活動でもある


そして、会社を売ったら、自分が社長でなくなるということを理解していなかったのです。
頭ではわかっていたのでしょう。しかし、実感的に意味を消化するまでに至っていなかったのでしょう。

そう、会社の着地という話は、社長サイドからの視点に立てば、「社長が会社をやめること」なのです。これはとても大切なポイントですね。当たり前のようでいて、実は見落とされているポイントです。

会社をたたんでも、誰かに継がせても、会社の着地が終了するとともに社長は社長でなくなるのです。
言葉で語るほど簡単なことではありません。長い間、心血を注いできた仕事ですよ。多くの社長にとって、人生のすべてと言っていいほどにエネルギーを投じてきた対象ではないでしょうか。自分の生きがいや名誉、アイデンティティといった、すべてがそこにあるという方がいても不思議はありません。そんな大事なものが無くなるということです。

繰り返します。会社を着地させるということは、あなたが社長ではなくなることです。重責から解放されるというプラス面もあれば、役割や自分を語れるもの、生きがいなどまでも失うことになるという意味合いもあるのです。

前に進むためには、社長が自身の内面と折り合いをつけたり、感情的な問題の整理をする必要があります。
会社の着地においては、会社の問題と、社長個人の問題が両輪です。片輪だけでは車は走れないように、両方解決できないと、会社を着地させることができません。

さらには、社長個人の問題から先にケアすべきだと、これまでの支援経験から考えるようになりました。
個人として「こうしたい」「こうしなければならない」との願望や使命感がないままでは、プロジェクトを前に進める力は生まれません。それが無いのに建前だけで「会社どうしようか?」と話し合ったところで、目的意識も当事者意識もない上っ面の議論で終わってしまいます。


会社の着地をさせることで、あなたは社長をやめることになるのです。
いかがでしょうか?

何か感じるところがありましたか。会社を着地させたら、社長は社長をやめることになる。この事実に直面したことで、衝撃を受けませんか。首筋あたりがゾワゾワとしませんでしたか。
そんな何かを感じていただけたのならば、第3回目の講座の目的の大半は果たせたことになります。
会社の着地は、会社のことのみならず、社長であるあなた個人の話、あなたの人生そのものの話でもあるのです。真剣に、戦略的に、そして全人格をかけて臨まなければいけないテーマだと言うことがわかっていただけるでしょう。

片づけなければいけない社長の資産・負債の問題


この先は、今後のための予告編的に、どんなトピックスがあるのかさらりと見ておきます。

まず、社長個人の資産というテーマがあります。
自分がやっている会社の株式はどうしたらいいか。社内での事業承継ならば、後継者にどうやって株式を渡していきましょうか。会社の資産状況等によっては、そこに税金の問題も生じてきます。すでに今ある株式が分散してしまっているときは、他の株主対策をしないといけないかもしれません。

金の問題もあります。
今いくら手元にお金があるのか。今後の生活費はそれで足りるのか。会社から退職金を取るのか、本当に取れるのか、なんてトピックスもあります。

もちろんお金以外の不動産などの資産も論点になります。
例えば会社と個人の資産が混ざっているときは、整理をしないといけないでしょう。社長が会社名義の家に住んでいる場合であったり、逆に社長が個人名義の不動産等を会社に使わせてあげているときです。
不動産の中でも自分が住む自宅は生活への影響も大きく、特に注意深く考えるべきところでしょう。どこに、どんな家で暮らすのか。それは所有なのか賃貸なのか。

資産のことを考えるならば、負債もセットで考えなければいけません。
社長の負債にはどんなものがいくらくらいありますか。

負債の中には連帯保証も含まれます。
多くの場合で社長は会社の借金を個人保証と呼ばれる連帯保証をしています。会社で借金が返済できなくなるとき、その請求は個人に回ってきます。個人の資産を使ってでも支払う義務があるわけです。ときに、そのために自宅を売却しなければいけなくなるケースもあります。
個人保証の問題と対策は重大なテーマとなります。


資産と負債の問題は、現在だけを考えていたのでは不十分です。
未来に目を向けて考えなければいけません。「65歳になったら年金を受け取れるから、それまでに○○千万円貯めておこう」といった具合です。

そして、さらに未来を見ていった先にある相続という問題も避けては通れません。株式を持った社長が亡くなることで、会社の事業承継がはじまるときもあります。その時、スムーズに事を進められるか。
亡くなる人の資産が大きければ税金が増えます。はたして納税はできるでしょうか。
遺産を巡る相続紛争の懸念もあります。

相続についての論点は、資産がプラスの場合だけではありません。
故人を相続すれば借金まで相続します。さらには連帯保証までも相続してしまいます。借金や連帯保証を背負っていた社長が亡くなり、その子供がうっかり相続をしてしまったことで破産するはめになった。こんな悲劇も起きています。

一般人でも、相続は論点が多く、かなり大変な作業となります。それが中小企業の社長の場合となれば、輪をかけて考えなければいけないことが増えるのです。

ここまでダダーっと論点の表面だけでなぞってきました。
しっかり解説をしていないので、ほとんど頭に残っていないかもしれません。それで大丈夫です。あくまで予告編です。またどこかで深堀をする機会があるはずです。

社長の内側を整える



社長の資産、負債の問題、そして相続について軽く触れてきました。これらは、たいがいが金の問題です。法律や税金も絡むところですが、形式的な話なので、扱いやすく、答えも導き出しやすいところです。

社長のヤメ活において、難度が高く、最も重要なポイントとなるのは、社長の内面の整理です。考え方、哲学、生き方、価値観・・・といったテーマです。

たとえば「人生はその人の思考が決める」と私が言ったとしましょう。この主張には賛同してくださる方も多いはずです。古典等で偉人が残した言葉でも同様の趣旨のものはいくつもあるはずです。
では、人生は自分次第だとして、だったらあなたはどうすべきか? 
こう問われると簡単に答えは出ないはずです。むしろ簡単に答えを出してはいけない問いなのでしょう。
こんなフワッとしていて、モヤモヤっとしたものと対峙しないといけないのです。明確じゃないし、考え方だって人それぞれだから、とってもわかりにくい。でも、避けるわけにはいきません。

「今、会社をたたむか」「会社を後継者に継がせるか」のような決断には、会社の財務状況であったり、社長個人がいくら金を持っているかといった外形に影響される面はたしかにあります。
しかし、最も強い影響を持つのが、社長本人の内側にある考え方や価値観です。その人の人生の軸です。
みなさん、何かを決断するときには、自分の内側に秘められた“ものさし”をつかって決断しているのです。

ゆえに、自分の人生の軸がしっかりしている人は、決断が早くしっかりしています。他人の声に惑わされたりしないし、決めたものがゆらぐこともありません。
逆の方は、答えをいつまでも出せなかったり、出した答えがすぐにゆらいだりします。

別に、一度決めたことは変えてはいけないと言いたいのではありません。必要があれば臨機応変に一度決定を下したことだって変えていくべきです。
問題視したいのは、自分の軸がしっかりしていないことです。軸がしっかりしていないのに重大な決断をしようとしているケースが往々にしてあります。
世間の常識や他者からの意見に流されて決断してしまうことだって・・・

決断すべきときにいつまでたっても決断できない社長、上っ面だけの思考で決断をして、すぐに揺らぐことになった社長をたくさん見てきました。みなそろって、自分の価値観や人生の軸が弱かったわけです。
しかも本人は自分自身に問題があるとは気づいていません。

あなたの本音が聞きたい


よくよく考えてみたら不思議なことではありませんか。
中小企業のオーナー社長なんて、みんなわがまま放題、好き勝手生きていそうなものです。明確な自分だけの哲学をもっているようにも思われるでしょう。でも、どうやらそんなことはないようです。

私の感覚では、世間の常識にとらわれてしまっているし、社長という立場の建前だけで生きてしまっています。会社の社長という立場に、その人の人格までも支配されているかのようです。
多くの社長が、会社と自分が一体化してしまっています。
これは悪いことではなく、社長がそれだけ仕事や役割に身を投じ、会社のために尽くしてきたことを意味しているのでしょう。

しかし、会社の着地という世界においては、個人としての本音、本心が大切です。一人の人間としての、希望や欲や美意識が、軸となりものさしとなるのです。
会社の着地は、社長が会社をやめる作業です。会社と社長を別々に切り離す取り組みです。だから社長には、個人としてのよりどころとなる軸が必要なのです。
この軸は、社長が会社と離れた後、どういう風に生きていくかの羅針盤にもなります。

会社の着地においては、会社だけを見ても足りません。社長個人レベルで、一人の人間としての本質を探り出すという取り組みも必要です。
社長の人生の良し悪しに直結していくテーマなのです。

なんだか今日も熱くなっていましました。ではまた次の講義でお会いしましょう。


《事務局からの連絡》


①今回の宿題

今回も、講義の感想を書き出すことを宿題とします。「私の去り際の美学は・・・」という書き出しから書き始めてもいいかもしれません。
宿題は、やるもやらぬも任意です。
でも実際に書いてみる効果は絶大です。

②入学金の納付手続きについて

入学金は随時受け付けつけております。
入学金というか、ヤメ大への寄付であり、奥村への応援です。
納付は、リンク先のシステムで決済してください。
  → 入学金決済システムへ

③次回の講義

次回の講義は「2024年2月9日(金)」です。

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