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訊き返す、もう一度(2019年歌壇賞応募作)

あとであとがきのような記事を上げるかもしれません。
タイトル原案はのつちえこさんから。

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泣きながら生まれたなんてそれらしく人は生まれてから泣いたのに
初めから楔はあって砕けたら嫌いきれない部分が光る
違和感は無視しておこう死んでから明らかになる病のように
指と呼ぶ欠けた形を与えられ年少い子はなんでもつかむ
わかるだけ自分について書きつづり割り切れそうにない長い数
完璧であれよと己を責めるたび違う太さの月が明るむ
月 もはや固有名詞とは言い切れず特別近い一番の星
ひとりずつ生まれたことを悪夢だと思えば醒めるものともわかる
時々の公約数を渡しあうそれが約数かもあやふやな
定義する君の言葉を訊き返すソードラインのないテラス席
踏み切ってしまえば終わり またねって願い続けるのを厭うなら
問う意味は疑うけれど問いただす辞書的意味の正義を超えて
はりつけの時計の振り子が振れ続けちくちく伸びてゆく世界線
鶏肉をどうにもできるはずなのにナイフを持てば切り分けるのみ
何冊の辞書を詰めても口々に掬いきれない意味の笹舟
繰り返す、あれは正しくは月じゃなくみんなが月と呼びたがるだけ
吸殻のいつか怒りを忘れても怒ったことだけを忘れるな
群れ咲いてむしろ寂しい曼珠沙華この赤はこの眼にのみ映る
ひとしきりやり過ごしたら澄んできた波の底にも結ぶ月影
迂回して落ち合うために比喩はあり焔のそよぐ畦道をゆく(焔:ほむら)
寂しさは都度鮮やかに挿げ替えのうまくなるたび切れる鼻緒も
得心の束の間ゆるす落涙が連なりいつか穿石の雨
本数は問題でなくあたたかく曲がる絡ませやすい形だ
いつまでも欠けたところが多いから伝わるいくつもの接触を
石榴石せめて隣で覗きこみ熟れた葡萄の言にうなずく(石榴石:ガーネット)
稲光 踏まれる側だ 停電の夜更けにすさぶ雨脚にふと
立ちのぼる香をめぐらせてぬるむ血よ冷めてしまった茶を惜しまない
本名という思い込み全天にすべて星とはうつろう元素
何度でも探してしまう川底のわずかな金をその瞬間を
おしなべて波であること呼吸する胸は縮まりまたひらかれる

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