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アリババクラウドのカンファレンスで見た「テクノロジーの社会実装」最新事情【前編】

SNS、オンラインショッピング、ゲームに動画や音楽……我々が日々接しているインターネットサービスの多くは Amazon や Google、マイクロソフトなどが所有するコンピュータネットワークで動いています。こうした事業者向けに計算資源やストレージ、データベースなどを貸し出すサービスは「パブリッククラウド」と呼ばれており、インターネットになくてはならないものです。2019年8月23日にAmazon のパブリッククラウド ”Amazon Web Services (AWS)” の国内設備の一部に大規模な障害が発生したときには、数多くのサービスに影響が生じたことからも、多くのサービスがパブリッククラウドを活用していることがわかっています。

中国国内での事業をほとんど行っていないGoogle Cloud Platform (GCP) はさておき、中国でもAWSやマイクロソフトのAzureはサービスを行っています。しかし中国において圧倒的なシェアを持っているのはアリババのアリババクラウド(阿里雲)やテンセントのテンセントクラウド(騰訊雲)。今回は、2019年9月25日から3日間、中国杭州市で開催されたアリババクラウド最大のイベント ”Apsara Conference” (雲棲大会)に足を運び、アリババクラウドのサービスの特徴と中国における社会実装の実例を探ってきました。

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【写真】Apsara Conference の会場となった Yunqi International Convention Center (雲棲国際会展中心)

デジタルエコノミーの社会実装を紹介する場へと軸足を移してきたカンファレンス

Aspara Conference はその前身であるAlibaba Developer Conference(阿里巴巴開発者大会)から数えて今回でちょうど10年目です。当初はクラウドコンピューティングやビッグデータの基盤技術について、エンジニアリングを中心とした議論が主立ったテーマでした。その後、スマートフォンの爆発的な普及によりインターネットが社会により溶け込むようになった変化を経て、現在はデジタルエコノミーの社会実装が大きなテーマになっています。カンファレンスでは、金融、モビリティ、教育、販売、さらには行政サービスや治安維持業務に至るまで「デジタルテクノロジーを活用した実装例」が数多く提案されていました。

これはAWSやGoogleが主催するクラウドサービスのイベントとは大きく異なるものです。AmazonやGoogleのイベントは主にエンジニアやアーキテクト向けの新サービスの紹介とエンジニア同士での技術的な交流が重要視されており、大半のセッションでアーキテクチャやソースコード、管理画面などの紹介があります。一方、現在のAspara Conferenceでは意思決定層向けに「デジタルエコノミーの時代にあわせたビジネスのアップグレード」を支援する取り組みを紹介することが中心であり、ショーケース的なセッションが多くを占めていました。

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【写真】アリババクラウドがWFP(世界食糧計画)と共同で進めている「飢餓マップ」プロジェクト。紛争の発生状況や気候などを合成し、支援が必要な場所を絞り込むとともに支援物資の配送状況をモニタリングできるダッシュボードを開発。

クラウドによるソフトウェアパッケージの提供

近年のクラウドサービスはコンピュータやストレージなどの基礎インフラを提供するのみならず、画像認識や音声合成などのソフトウェア領域のサービス提供が増えています。これはAWSやGCPなどでも行われていることですが、特にアリババクラウドではソフトウェアコレクション、さらにソフトウェアとインフラ基盤を組み合わせた「クラウドエンドネットワーク」の提供に力をいれています。

例えばデジタル金融、すなわちフィンテックでは処理能力の高いコンピューティングインフラやストレージだけでなく、金融犯罪を防ぐためのリスクコントロールシステム、安全性と利便性を兼ね備えた生体認証システム、外部接続のコストを下げるためのブロックチェーン技術など、多くのサービスが必要になります。こうしたサービスをアリババクラウド上でパッケージ化して提供することにより、フィンテックスタートアップや伝統的な金融機関がデジタルテクノロジーを活用したサービスの展開をより低コスト、短期間、かつ安全に進めることができるのです。

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【写真】フィンテックの「5大要素技術」として、データインテリジェンス、リスクコントロール、ブロックチェーン、生体認証、プライバシー保護を掲げ、それぞれに対応するプロダクトを用意している。

多くのビジネスでデータとインテリジェンスを活用できるよう「アリババビジネスオペレーティングシステム」というセットも発表されています。OSといってもWindows や iOS のようにコンピュータの操作を司るものではなく、ビジネスにおけるデジタル活用、例えばCRM(顧客管理)や販売システム、サプライチェーン、ファイナンスなどのサービスをまとめてアリババクラウドが面倒をみるというものであり、各産業がデジタルエコノミーへ転換するための出発点と位置づけています。

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【写真】アリババビジネスオペレーティングシステムの概要。デジタルマーケティング、セールス、ブランディング、販売チャネル管理、プロダクト開発、製造などの各モジュール、さらに下位のレイヤーでは物流・サプライチェーン、金融をカバーしている。何れもアリババクラウドのプラットフォームを通じて利用することが可能。

ビジネス領域のみならず公共領域でもデジタル化を推し進めようとしています。公共領域向けにつくられた「データインテリジェンス駆動公共サービス」というパッケージでは住民登録や福祉などの窓口業務、道路や水道などの公共インフラ管理業務、警察や消防など安全にかかわる業務をクラウド上で動かし、データを一気通貫で活用できるようにしています。

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【写真】公共領域向けの「データインテリジェンス駆動公共サービス」パッケージ。「ワンストップサービス」「原則としてオンラインで完結」「多くとも一度足を運べばOK」などの原則に沿ってシステムが設計されている。

今回の会場を含む街区である杭州雲棲に導入したところ、駐車場の利用効率が5% 改善し、区域内の違法駐車は37.8%も減少したとの結果がでています。
こうしたテクノロジーもクラウド上の基盤で実現しているため、よい結果がでたソリューションを他の都市にも迅速に展開することができ、中国全土のデータを結合することでAIの精度を上げることにもつながります。

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【写真】駐車場などの都市のリソースをリアルタイムで管理するシステム。杭州雲棲 (カンファレンス会場のある街区) に導入したところ、駐車場の利用効率の向上と違法駐車の減少が実現した。

パッケージを実現するための地道な努力

他のクラウドサービスのイベントでありがちの「秒速 x 万トランサクションの処理能力のデータベースが xx 円から。今日リリース!」のようなWebエンジニアが喜びそうなプロダクトの発表こそありませんでしたが、日頃の技術研究の成果はいくつかのセッションで取り上げられていました。

アリババの研究機関であるDAMO Labs からはAI処理に特化したチップ Hanguang(含光)800のリリースがアナウンスされました。1つのチップで68本の監視カメラ映像を同時に処理することができ、実際に杭州の市街地での道路モニタリングからの映像を分析するデモが行われました。

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【写真】アリババが開発したNPU (Neural Processing Unit)である Hanguang (含光)800

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【写真】Hanguang800のデモ。1つで86本のHD監視カメラ映像上でのAI推論を同時に処理できる。

これらの取り組みはオープンソースコミュニティにも還元されており、これまでにLinuxやデータベース、AIなどの分野を中心に150万回を超えるコミットをオープンソースコミュニティに提供しています。

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【写真】アリババはビッグデータとAIのオープンソースコミュニティに対し150万ものコミットをしている。

こうした研究の取り組みは社会実装のパッケージングと両軸で進んでおり、パッケージに必要な技術をタイムリーに開発しているように思えます。社会実装ドリブンで開発されるテクノロジーはアリババの大きな特徴と言えるでしょう。

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【写真】仮想サーバーの管理ソフトウェアである Kubernetes はアリババの貢献によりパフォーマンスが大きく向上した。

デジタルエコノミーの間口を広げる「提案型」クラウド

アリババクラウドのプロダクト戦略を俯瞰してみると「企業にデジタルトランスフォーメーションを提案する」役割が非常に強く感じられました。AWS、Azure、GCPなどの欧米のクラウド事業者はコンピュータリソースやストレージ、データベースなどの個々のサービスの開発と販売に力をいれていました。これは「サービスをどう組み合わせればイノベーティブなプロダクトを作れるか」とすぐに思いつくような、テクノロジーに明るいスタートアップの経営者やソフトウェアエンジニアに向いている一方、テクノロジーの理解に乏しい層にとってクラウドの可能性を想像することは難しいものでした。アリババクラウドは「デジタルエコノミーによって何がもたらされるのか」という断面で、実現可能なスタックとともに提案することが非常にユニークです。

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【写真】AIカメラを組み込んだセルフレジのデモ。ビヘイビア(ふるまい)解析が実装され、スキャンの回避など不正行為 を検知して警告を発生させる。

次回はアリババクラウドよりブロックチェーンに関する提案を掘り下げて特集します。

[お知らせ]
中国のデジタルトランスフォーメーションの事情を掘り下げたセッションをインターネットプラス研究所のオンラインオープンデイ(ネット配信)で行います。

・日時: 2019/11/23 (土) 21:00 JST 【変更になりました】
・タイトル: 「アリババクラウドの提案からみる中国デジタルトランスフォーメーションの最新事情」
・出演: 澤田 翔 (インターネットプラス研究所) ほか
・費用: 無料
・参加方法: Zoom、YouTube Live、Twitter (Periscope)、Facebook Live でのライブ配信 (実会場はありません)

事前申込はこちらよりどうぞ。


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